薙ぎ払え!
海老名駅前の大通りを車でものの5分も行けば、すぐに厚木基地へと到着する。神奈川県大和市と綾瀬市にまたがるその基地は、実は厚木市とは縁もゆかりも無いという。厚木基地とはこれいかに。
東名高速の高架をくぐって、金網沿いに暫く進むと、日米の国旗のイラストが描かれた動物園みたいなゲートがあって、そこをくぐればもう治外法権である。一行はそこで車を降りて徒歩で基地に侵入した。
中に入ると駐車場と公園みたいな広場があって、日本のどの街角でも見かけるコンビニの看板も見えるから、一瞬来る場所を間違えたか? と思いもしたが、直ぐ側には見たことがない海外のスーパーマーケットも並んでいたから、ここで間違いないらしい。
カーディーラーにバーに銀行に、生活に必要な商店が何でも揃っているのは、ここが在日米軍の居住区だからだろう。そう思ってよく見てみれば、奥の方にはそれっぽい宿舎も建っていた。となると、この辺を探索しても何も見つからないだろう。
そう思って先を急ごうとしたのだが、ふらりと入った建物の中で目的のブツはあっさり見つかってしまった。オフィスの受付っぽい隙間に銃が立てかけてあったから、もしやと思って調べてみたら、しっかり弾が入っていたのだ。
さすが銃社会……というわけでもないだろう。今みんなが乗り回している装甲車も、元は研究棟の前に停まっていたものだが、直前まで誰かが乗っていたような形跡があった。それと同じように、この厚木基地もついさっきまで普通に稼働していたような雰囲気がする。
おそらく、気のせいではないだろう。人々は、この瞬間、消えてしまったのだ。もしくは、この世界が、その瞬間を写し取ったか……
探してみると、弾は結構あちこちにあって、これだけでももう十分なくらいだった。とはいえ、こんなバラ売りみたいに持ち帰るのも嵩張るし、絶対どこかに武器庫はあるだろうから、もうちょっと探してみようと探索を続けた。
そうやって建物から建物へと移動していくと、やがて滑走路へとたどり着いた。全長3キロくらいありそうなだだっ広い空間を取り囲むようにハンガーが並んでおり、中央には管制塔も建っている。
よく見れば雨ざらしのまま多数の航空機も駐機しており、
「おほー!? 装甲車の次は戦闘機まで手に入れちゃうの!」
お調子者の関が喜々としてタラップを駆け上がっていったが、外からコクピットを見てすぐ帰ってきた。そりゃまあそうだろう。素人が飛行機の操縦なんて出来るわけがない。
あちこちのハンガーにあるであろうマニア垂涎の戦闘機たちも、今の自分達には無用の長物である。こうなると広い滑走路はただ捜索の手間を増やすばかりで、小一時間ほどしてようやく武器庫を見つけた時には、みんなくたくたになっていた。
装甲車を乗り付けようと来た道を戻り始めたが、滑走路の真ん中あたりで力尽きて、休憩することにした。こんなところにいたら熱中症になりそうだが、空がセピアになってからは気温もそこそこなので問題ない。紫外線も飛んでいないと、敏感肌の里咲が自信満々に言っていた。そう言えば、あのスタジオに通っていた時は、いつも日傘が手放せなかった。今となってはあの日々も、どこか懐かしいように感じる。
因みに、ここに来るまでの基地内にも当然モンスターは生息していて、もちろん滑走路にも徘徊していた。こんな遮蔽物もない場所だから、すぐに見つかってタゲられてしまうのだが、あっちが到着する前に銃適性持ちたちが始末してくれるので問題なかった。何しろ彼らの銃撃は、補正が掛かって百発百中なのだ。
そう考えると、この場所はトレーニングに持って来いなのかも知れない。必要になったら弾薬の補充もすぐ出来るし、いい狩り場を見つけたもんだと彼らの射撃をぼんやり見てたら、同じように退屈そうにそれを見ていた川路と目が合った。
「そういえば、川路さんだったよね?」
「え……なに?」
「レーザービームぶっ放したの。あれって魔法だよね? どうやったの?」
「どうやったって言われても……」
川路はいきなり話しかけられてしどろもどろにキョドっている。その姿には親近感が湧いてそっとしておいてあげたかったが、今はそんなことも言ってられない。なんで川路の魔法はこの世界のルールを無視していたのか。もしかして、元々ああいう魔法が使えたのだろうか。彼女固有の第二世代魔法とか?
「いやいや、滅相もないです。あんな魔法、現実じゃ使えないです。なんか知らんけど、いきなり使えた感じで」
「ふーん。今ステータスってどうなってる? メニューに魔法って項目あるでしょ?」
「あー……それなんだけど、実はあたしも気になってて」
どうやら彼女はあの魔法を発動してすぐにステータスを確認していたらしい。もしかしたら、習得した魔法が表示されてるかも知れないと思ったそうだが、見てみたら謎の文字列が並んでいるだけでさっぱり意味が分からなかったので、そのまま黙っていたらしい。黙ってんなよ。
「その文字列って、どんなの? まったく読めない感じ?」
「えーっと、ローマ字。英語かなって思ったけど、一個も読めない」
「ちょっと、書き出して貰える?」
ローマ字、つまりアルファベットということは、エスペラント語ではないか? そうして彼女が書いたのは、『lumo』『kolekti』『tavolo』『brilo』『kaj』の5つだった。
有理はスマホでエスペラント語の辞書を開くと、早速その単語を検索してみた。
「やっぱり、みんなエスペラント語だ。lumoは光。集める。重ねる。輝く。最後のkajはそして、つまりandのことだ。多分、内部的にはこれらの語を使って、あの魔法を発動してたんだろうな」
「あのー……どゆこと?」
「えーっとね、川路さん、試しに今から並べる順で読んでみてくれない? brilo lumo kaj kolekti kaj tavolo」
意味的には光よ輝け、そして集めて重ねろ……くらいのものだろうか。レーザー光線とは、同じ位相の光を束ねたものだから、イメージ的にはこんな感じになるはずだ。
果たして、川路が半信半疑に語を口にしたところ、彼女の前でパッと光が閃き、そしてレーザー光線となって飛んでいった。狙い通りの効果を出すことに成功した有理は満足気に頷いていたが、
「でも、これ、あたしのイメージとは全然違うんだけど?」
「イメージ? そういえば……」
ドラゴンに襲われた時、彼女が放ったレーザービームはもっと凶悪で、馬鹿みたいにキラキラ輝いていた。しかし今のはせいぜいレーザーポインターと言ったところで、とても殺傷力があるとは思えない。何が違うんだろうか? 組み合わせや順番とか? などと頭を悩ませていると、川路はおほんと咳払いしてから、
「あたしが撃ったのはもっとこう、溜めて溜めて、ね? 巨神兵が……」
彼女は両拳を握りしめて、如何にも力を込めてますといった感じに全身をプルプル震わせながら、
「ドーーーーーーーーーン!!」
叫んだ瞬間、彼女の口から光が溢れて、七色に輝く怪光線となって飛んでいった。それはだだっ広い滑走路の先まで届き、彼女が首を振ると、その動きに合わせて水平に移動して、その途中で接触したモンスターたちを全て跡形もなく焼き払い、本当にドーーーーーーーーーン!! っと巨大な音を立てて爆散した。
無数の光の礫が粉雪のように舞い上がっていく。その美しい光景に、鴨撃ちをしていたクラスメートたちも思わず手を止めて、「おぉーー……」と感嘆の息を吐きながら拍手をしていた。
それを受けて川路はドヤ顔を決めていたが……有理は余計にわけが分からなくなった。
「すげえな。まさに必ず殺すと書いて必殺技じゃないか」
「でしょでしょ」
「でも、なんで川路さんだけこんな魔法が使えるんだろう? 普通は、同じ詠唱をすれば同じ現象が起きるはずでしょ。確か、現実の魔法もそういうルールだったじゃないか」
「そんなことあたしに言われても……うーん、多分だけど、イメージが違うんじゃないかな」
「イメージ?」
「みんなが考えてるのって、なんていうか、巨神兵がドーンってイメージでしょ?」
それ以外の何があるというのか……首を傾げていると、彼女は更に婉曲な説明を始めた。
曰く、彼女が出しているあのビームは、風の谷のナウシカで巨神兵が放った例のビームではない。大昔のサブカル番組の登場人物が、話を強引にぶった切るエフェクトとして口から吐き出すビームというのが元ネタだったらしい。
それはいわゆるトーク番組で、ゲストの会話が迷走したり滑ったりしたときに、司会者が『巨神兵がドーン!』と叫ぶと、ビビビビビっと画面いっぱいにビームが飛び交って、スタジオは爆笑の渦に包まれるという演出だったそうである。
そのシーンが、強烈なインパクトとして幼い彼女の心に残っていて、あの時、モールでみんなが話し合っている最中に、なんとなく口に出してみたら、本当に出てきて彼女もビックリしたそうだ。
「あの後、みんなが真似して、出ない出ないって言ってたときも、イメージしてるものが違うんだよなあ……って思いながら見てたんだけど、こんな説明したくないじゃん? それで黙ってたんだけど」
「はあ」
「それに本物の巨神兵だったら、ドーン! は無いでしょ。薙ぎ払え! と言うのが筋じゃない」
「君、意外とそっちの方いけるみたいだし、このまま語り合いたいとこだけど、そうか……イメージか」
そう言われてみれば確かに、有理も今の今まで巨神兵がドーン! とビームを発するようなイメージをしていた。しかし、彼女が考えていたのは全然別物なのだから、いくらやっても同じ効果が現われなかったというわけだ。
だが、仮にイメージが違ったとしても、まったく効果が現われなかったのはなんでだろうか。少なくとも詠唱する際、みんなレーザー光線が飛んでいくようなイメージは持っていたはずだ。あの凶悪な光線は出なくとも、ビーム自体は出ても良いのではないか。
いや、逆に考えるのだ。こんなわけの分からない現象なんてものは、ありのまま受け入れるしかないのだ。そもそも、世界がこんなことになってる状況で、なんで? なんて考えるだけ無駄なのだ。
単に、彼女の考えていたイメージと、我々の考えていたイメージは違っていたのだ。その結果、同じ詠唱をしても同じ効果は得られなかった。呪文とイメージが違えば魔法は発動しない。今はそうやって、起きたことを受け入れるしかない。
「しかし、イメージね……」
有理は今までに起きたことを踏まえながら、ふと試したくなった。
川路は、確固たるイメージを持ちながら、あるキーワードを口にしてみた。そしたらそのイメージ通りの魔法が発動した。彼女と同じ魔法は使えないが、その現象自体なら再現出来るのではないか。
つまりはこういうことである。彼は、某国民的RPGのまほうつかいみたいに、五本の指を開いて両手を掲げて、
「ギラ!」
と叫んでみた。するとどこからともなく火炎の弾が飛び出してきて、ちょうどモンスター1グループくらいの範囲が炎に包まれた。続けて、
「メラ!」
と唱えてみたら、火炎の弾が飛び出すところまでは一緒だったけれども、今度は敵1匹分くらいの範囲しか燃えなかった。
「間違いないな……」
それを見て、彼はひとりごちた。どうやら魔法に関するルールが変わっているらしい。もうエスペラント語でなくとも、語魔法は発動するみたいだった。




