恋の魔法か
関を連れてモールに凱旋すると、普段は仲が悪いヤンキー共も歓声を上げて喜んでいた。しかし、生き残りが彼一人だけと知ると、自分たちだけ逃げてきたことを恥じているのか、みんな悔しそうに黙り込み、拳を握りしめて怒りを抑え込もうとしていた。
有理がそんな彼らに、昼間、張偉の石像を見つけたことと、ドラゴンが鳥目であることを伝えると、彼らは俄然やる気になっていた。すぐさま救助隊が組織され、夜を待って魔法学校へと忍び込む手筈となった。
志願者を募った結果、救助隊は大所帯になってしまったが、流石に大人数で学校に忍び込むのは相手が鳥目でもまずかろうということになり、改めて少数が内部に忍び込むこととなった。
いざという時のために、突入班には得意武器がもう判明していて魔法が使える者が選ばれ、その結果、有理と関とマナが、そして補助として南条が同行することとなった。どうして彼女が選ばれたのかと言えば、まあ、色々とバレバレだったのが主な理由なのだが、知らぬは本人ばかりのようだ。
手筈を整えると4人はみんなと別れてゲートを潜り、学校の敷地内へと潜入した。残った者たちは、彼らが逃げてきた来たとき邪魔されないよう、ゲート付近のモンスターを駆除する役である。
不思議なことに、外は雑魚モンスターでいっぱいなのに、学校の中は不気味なくらいに静かだった。ボス部屋、という特殊な環境のせいだろうか、それとも、他のモンスターもあれを恐れているからだろうか。ともあれ、横槍を入れられる心配は無いので、その点は本当に楽になった。
問題は、月が出ていることと、あちこち街灯で照らされていることだった。普通なら、暗がりの中で明かりを見ればホッとするものだが、今は煩わしくて仕方がない。可能であれば電源を落としたいところだが、流石にブレーカーがどこにあるのか探している余裕はなかった。
そんなわけで、出来るだけ街灯を避けながら、こそこそ研究棟へ近づいていけば、昼間発見した時と同じように、エントランスの前に張偉の石像は立っていた。しかし困ったことに、そのすぐ近くにあの大きなドラゴンが寝そべって、グースカ寝息を立てていた。どうやら、こいつはここを寝床にしているらしい。
エントランスを守るように、とぐろを巻いて寝る姿を見るからに、研究棟を調べるのはやはり無理そうだった。それにはいずれ、あれを排除する必要があるだろう。それで現実の世界に戻れればいいのであるが……
それはさておき、今は張偉を救出するのが先決である。4人はドラゴンに気づかれないよう、忍び足で近づいていくと、持ってきた台車に張偉の石像を載せようとした。それは見た目通り石で出来ていたらしくて、男二人が持ち上げようとしたがビクともせず、4人がかりでようやくちょっと浮かせるのがせいぜいだった。
仕方ないので彼らは張偉の石像を左右に振って歩かせ、最後、台車に乗せるときだけ力を合わせて持ち上げるようにした。そうして、なんとか台車に乗せることは出来たが、移動させようとしたら、重量オーバーか、硬いの地面のせいだろうか、ガタゴトと音を立てて肝を冷やした。
すぐ目の前でドラゴンが眠っているのに、音を立てないよう慎重に運ぶという行為は、信じられないくらい気力を削られた。気がつけば有理は全身汗だくとなっており、まるで何時間も続けているかのように疲労困憊だったが、振り返れば相変わらずそこにはドラゴンが寝息を立てていて、まだ全然進んでいないことを思い知らされて気が変になりそうだった。
実際、意識が朦朧としていたのだろう。その時、誰かの支える手が緩んで、石像がバランスを崩した。気が遠くなりかけていた有理はそれでハッと目を覚ますと、慌てて張偉を支えようとしたが間に合わず、石像は横転してその場にドスンと落っこちた。
倒れた石像がアスファルトの上をガランガランと盛大な音を立てながら転がっていき、有理は張偉の腕がもげちゃわないかと心配になったが……しかし、気にしなければならないのは、今は石像よりも背後で眠るドラゴンの方だった。
「グオ……グモモモオオォォ……」
突然、背後から獣が息を吐く音と同時に、そんな唸り声が聞こえてきた。ヤバいと思って振り返ると、ドラゴンがうっすら目を開けてこっちの様子を窺っていた。
寝起きのせいか、鳥目のせいか、まだこちらには気づいていないようだが、これだけ至近距離では気づかれるのは時間の問題だった。有理は逃げるべきか判断に迷ったが、
「逃げろ!!」
彼が決断するより前に、関が叫んで一目散に駆け出した。その後にマナが続いて、慌てて有理も駆け出そうとしたが、ふと石像の傍に佇む南条に気づいて足を止めた。見れば彼女は石像とドラゴンを交互に見つめて、まだ迷っているようだった。
気持ちは分かるが、既に二人が逃げてしまった以上、その石像を台車に乗せるのは不可能だ。
「南条さん、逃げよう!」
有理は咄嗟に彼女の手を掴んで引っ張ったが、ところが南条は思いがけず強い力でそれを振りほどいてしゃがみこんだかと思えば、
「ドスコイーーーーーッ!!」
と気合一閃、張偉の石像をバーベルみたいに高々と担ぎ上げ、そのままテケテケ走り出した。
「ええええええええええーーー!?」
驚いた有理が目を剥いている前を、彼女はものすごい勢いで駆けていく。唖然としていると、その声が大きかったのか、
「グオオオオオオオオオオーーーーッッ!!!」
っと、猛烈な獣臭が背後から迫ってきて、完全に目が覚めたドラゴンが翼を広げてこっちをギラリと睨んでいた。
「やばっ!」
慌てて台車を掴んで駆け出すと、ドラゴンはバッサバッサと翼を羽ばたかせて上空へとゆっくり昇っていった。
「南条さん!」
「ドスコイーーーーーッ!!」
有理が横に並ぶと、それに気づいた南条は台車の上に張偉を下ろして、今度は台車ごとグイグイ押し始めた。火事場の馬鹿力か恋の魔法か、わけの分からない力を発揮する彼女に押されて、台車はぐんぐん加速していく。有理も必死になって、石像がまた落ちてしまわないよう支えながら、なんとかそれに食らいついていた。
「早くっ! あとちょっとだ!!」
上空へ昇っていったドラゴンは、研究棟の屋上まで到達すると羽ばたくのを止めて、滑空して一気に加速し始めた。ものすごい勢いでドラゴンが迫る。そんな二人をゲートの向こうのみんなが必死に呼んでいる。二人は血管が千切れそうなくらい顔を真っ赤にしながら駆け続け、どうにかこうにかゲートをくぐり抜けた。
「グオオオオオーーーッッ!!」
その瞬間、背後に迫っていたドラゴンが何かを避けるように急停止し、エントランスゲートを舐めるように上昇していった。前回、謎のオーラにぶつかったことで学習したのだろう。悔しそうな咆哮を響かせながら、ドラゴンは上空を旋回し始めた。
「ぐえっ!」
ど迫力の咆哮にみんなが気を取られる中で、飛び出してきた二人はその勢いのままアスファルトの上を転がった。台車の張偉が倒れてきて、有理を押しつぶすと、彼はカエルみたいな声をあげた。それに気づいたアストリアが慌てて駆け寄ってきたが、
「俺はいいから、こっちを頼む」
彼はそう言って自分にのしかかっている石像を指差すと、彼女は分かったと言わんばかりに頷いてから、なにやら異世界語の呪文を唱え始めた。
間もなく、彼女の声に呼応するかのように光が集まってきたかと思うと、石像を包み込んだ。すると急に有理を押しつぶしていた重圧が軽くなってきたかと思えば、その光の中からかすかに張偉のうめき声が聞こえてきた。
「ん……あ? ここは……」
「気がついたか!?」
「俺は確か……死んだはずだが……これは一体?」
有理が咄嗟に声を掛けると、彼は目を瞬かせ、首を傾げてぽかんとしていた。そんな彼のもとに、救助隊の面々が駆けつけてくる。
お祭り騒ぎのような歓声が沸き起こり、ゲート前の広場は騒然となった。そんなことをしていたらモンスターを呼び寄せてしまうだけなのだが、それが分かっていても、今は誰もその喜びを止めることが出来なかった。




