もしかして、あいつ
河川敷に置いてけぼりを食らった関を救出するために、南条に運転手を頼んだら、友達だからという理由で里咲も行くと言い出した。すると川路もビームが出せるからという理由で付いてきて、結局、学校に探索へ向かった時と同じメンバーでまた行動することになった。
別にそれはそれで構わないのだが、有理を除けば全員女子なのでやたら肩身が狭い。この学校は特殊なせいか、元々男女比率が2:1と偏っているので、普通なら男だらけになるはずなのだが、どうしてこんなに偏ってしまったんだろうか。これがモテ期というやつなのだろうか。
しかし女の中に男が一人というのは、実質男扱いされてないってだけなのかも知れない。容赦なくモンスターを轢き殺し続ける南条の助手席に座りながら、無感情にそんなことを考えていると、前方に多摩川にかかる鉄橋が見えてきた。
道路はそこで三車線から二車線に減少し、川沿いを走る生活道路とも合流するので、きっと普段はさぞかし混雑していることだろう。しかし今は一台の車も通っていなければ路上駐車も見当たらず、広い道路を快調に飛ばしてきた南条は、目的地に到着したことに気づかず、ただ眼の前のモンスターを追って橋の真ん中まで来てしまった。
「南条さん、行き過ぎ、行き過ぎ!」
耳元で怒鳴られて我に返った彼女は、その場でサイドブレーキを引いて車体を滑らせUターンすると、当たり前のように来た道を逆走し始めた。ゲームなんだから煩いことは言いたくないが、多分この女は高速道路でもやる。現実では絶対免許を取ってほしくないランキング1位に躍り出た瞬間だった。
それにしても……橋の真ん中まで来たことで東京側の様子も少し見えたが、橋の向こうも神奈川県と同じようにちゃんと町並みが続いていて、モンスターも徘徊しているようだった。今更確かめる気はないが、きっと都心も、大阪や名古屋など他の都市も、ちゃんと存在しているのだろう。それだけの膨大なデータをどこから集めてきて、どうやって処理しているのだろうか。
そんなことを考えていると、突然、どこかからクラクションの音が聞こえてきた。自分たち以外にそんな音を鳴らす者はいないはずだから、関からのSOS信号で間違いなかった。きっと盛大なブレーキ音を聞いて、橋を渡る装甲車の存在に気づいたのだ。
多摩川の両岸にはいわゆるスーパー堤防と呼ばれる広大な河川敷が存在しているが、その川岸辺りに何故かモンスターが密集している場所があった。それはモール前にいたモンスター軍団を彷彿とさせた。関はどうやらその中にいるようだ。有理はそれを運転席に伝えようとしたが、南条の方も既に気づいていたらしく、橋を渡りきるとハンドルを切って河川敷へと乗り入れ、一直線にモンハウ向けて突進した。
舗装されていないダートをガタガタと音を立てながら車が進むと、後部座席から悲鳴が上がった。助手席に座ってて良かったと思いつつ足を踏ん張って耐えていると、装甲車はモンスターたちをなぎ倒しながら横滑りし、勢い余って川の中へと突っ込んでしまったが、水の抵抗で勢いが殺されたお陰でなんとか戻れた。普通車だったら今頃大惨事だっただろう。
「もう、気をつけてよね!!」
後部座席で揉みくちゃにされていたマナは運転席に向かって怒鳴ると、すぐに後部ハッチを開いて外に飛び出していった。続いてアストリアと里咲と川路が続き、助手席に座っていた有理も這うようにしてその後に続いた。
有理たちが飛び出すと、河川敷にいたモンスターたちが襲いかかってきたが、南条の無謀な運転のお陰で、半分くらいは片付いていたので結構なんとかなった。
そうして5人が大立ち回りを演じること数分、ついに増援が途切れて、気がつけばさっきまでモンスターが集っていたところに、米軍の装甲車が姿を現した。
「わーん、パイセン! 死ぬかと思ったよー!」
有理たちが警戒しながら近づいていくと、間もなくその装甲車の中から泣きながら関が飛び出してきた。全身泥だらけで、顔は真っ黒、あちこち擦り傷や何やで血まみれだった。致命傷は負っていないようだが満身創痍であることには変わりなく、大丈夫か? と水を差し出すと彼はごくごく飲み干しながら、
「張偉が死んじまったんだ……金沢も、笠松も、中国人たちも! うわーん!」
泣き崩れる関を宥めすかして、ようやく落ち着きを取り戻してきた彼はポツポツと当時の出来事を話し始めた。
先にモールへ帰ってきた連中も言っていたように、昼頃、ここへ辿り着いた一行は、川を渡る前に腹ごしらえしようと河川敷でバーベキューを始めたらしい。
最初は何事もなかったのだが、その内、誰かの悲鳴が聞こえて、気がつけば彼らはモンスターの群れに囲まれていた。唐突に現われた邪悪な怪物に、さしものヤンキーたちもビビって身動きが取れずにいたが、そんな中でも張偉がいち早く動き出して、みんなに逃げろと叫んだ。
その叫び声を合図に時間を取り戻した面々は、すぐに逃げ出そうと走り出したが、既に周囲はモンスターの大群に囲まれており、車で強引に突破するしか道は無かった。それで車に乗れた者は良かったが、乗りそびれた者たちはモンスターに追いかけ回されて行き場をなくし、川を渡って対岸へ逃げようとした。
張偉はそんな連中をも逃がそうとして孤軍奮闘していたが、多勢に無勢で遂に力尽きてしまった。それを見ていた関は、自分も魔法が使えることを思い出し、張偉を助けようと戦い始めた。たまたま、他にも実験の協力者がいたので、彼らは応戦を始めたのだが、モンスターはいくら倒しても湧き出してくる感じで、一人倒れ、また一人倒れてと、戦える者はどんどん居なくなっていった。
すると、モンスターにボコボコにされていた張偉が、突然、光に包まれて消えてしまい、見れば川の中州に取り残されていた連中も、追いかけてきたモンスターたちに次々と殺され、光となって消えていき……関はもはやこれまでと停まっていた装甲車に飛び乗り、エンジンをかけようとしたがモンスターに取りつかれて動かせず、ひとりこの場に残されてしまった。その時、助けを求めてかけてきたのが、あの電話だったらしい。
「みんな殺られたと思ったら、光にかき消されるかのように居なくなっちまったんだ。まるでゲームみたいだなって思ってたんだけど……」
「その通りだ、関。実はここ、ゲームの中だったんだよ」
「……え?」
驚いている関に事情を話すと、最初は呆気にとられた顔をしていた彼も、みるみる内に生気を取り戻していって、
「それじゃ、死んだと思ったみんなは、実は生きてるのか??」
有理は頷いて、
「多分な。リスポーンしたかどうかはまだ分からないんだが、実は俺たち学校の中で張くんの石像を見つけたんだよ。あの時はここで何が起きたか知らなかったから、スルーしちまったんだけど、多分、あれは本人だったんじゃないかって、今は思ってる」
「ホントか!? 本当なら今すぐ俺を連れてってくれ!」
「いや、慌てるなって。見つけたはいいけども、困ったことにそこには強力なモンスターが住み着いてて近づけないんだよ。どうにかしてあれを排除しなきゃならないんだけど、とてもじゃないが今は敵いそうもないんだ」
「そんなあ……なんとかならないのかよ!?」
関は責任を感じているのか奥歯を噛み締めて悔しがっている。有理だって出来ることなら今すぐにでも助けに行きたいところだが、いかんせん相手が悪すぎた。
あのゼフィルナというドラゴンは、張偉と里咲の三人がかりでも歯が立たなかったのだ。その張偉が居なくなっては、マナとアストリアが加わったところで焼け石に水だろう。とはいえ、このまま彼を放ったらかしにするわけにも行かないし……と悩んでいると、
「flvlkeoqdeile」
いきなりクイクイと袖口を引っ張られたかと思えば、アストリアが聞き取れない不思議な言葉で何かを必死に伝えようとしていた。異世界語はわからないので、どうしたものかと戸惑っていると、彼女は徐ろにジェスチャーを始めて、自分の目を指さしたかと思ったら、続けて両手を横でバタバタさせたり、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、かと思えば目をつぶってすやすやとしてみせた。
最初の内は何をしているのかさっぱり分からなかったのだが、
「……もしかして、あいつ、鳥目なの?」
その言葉を口にすると、アストリアの顔がパーっと輝いて、何度もコクコクと頷いた。どうやら彼女はあのドラゴンが鳥目だと伝えたかったらしい。
つまり、昼間はとても太刀打ちできないが、夜ならなんとかなるんだろうか?




