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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第五章:俺のクラスに夏休みはない
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モンスターエンカウント

 突然、飛び出していったアストリアを追いかけて、有理も車から飛び降りると、いつの間にか周囲を奇妙な生物が取り囲んでいた。人間の子供程度の体格に、緑色の肌、そして真っ赤な目をした怪物、ゴブリンである。


 人間ならあるはずの、いわゆる白目が無くて、どこを見ているのか全く分からない不気味な容貌に、思わず背筋が凍るような怖気が走る。なんでこんなものが居るんだ? という戸惑いと同時に、そりゃああんなドラゴンが空を飛んでいるのだから、こいつらが居たっておかしくないだろうという妙な納得感もあり、複雑な感情が交互に去来しては、考えが追いつかなくなって、上手く身動きが取れなかった。


 そんな敵のど真ん中で棒立ちになっている男のことが、モンスターの目にはどう映っただろうか、その時、フリーズしている有理に向かって、一匹のゴブリンが矢を射かけてきた。


 それは有理の目にはスローモーションに映り、避けなきゃという危機回避の警告が脳の中で喧しく鳴り響いていたが、目前に矢じりが迫ってもなお体は反応せず、有理は痛みを受け入れる心の準備をするので精一杯だった。


 と、覚悟を決めた彼の視界に人影が飛び込んでくる。


 ようやく動き出した体で仰け反りながらその姿を追えば、いつの間にか後退していたアストリアが、今まさに有理に届く間一髪のところで矢を叩き落とした。すると身体を捩って受け身を取った彼の足元に、ジャーっと擦過音を立てながら何かが滑り込んでくる。


「物部! 受け取って!」


 何かと思えば、米軍の置き土産のコンバットナイフだ。顔を上げれば、彼に続いて車を飛び出してきたマナが弓を構えている。そんな彼女が弦を引くたび、どこからともなく矢が現われ、射出された魔法の矢が次々とモンスターを射抜いていった。


 有理はその姿を見て慌てて足元のナイフを拾い上げると、先に飛び込んでいったアストリアに続いて、自分も敵陣のど真ん中へと切り込んだ。さっきまで泡を食っていた男の突然の急襲に、モンスターたちもすかさず応戦しようとしたが、多勢に無勢のそんな状況でも有理の体は面白いように動いた。


 得意武器を握っただけで、体がステータスの影響を受けて、まるで別人のように勝手に動くのだ。まったく、ゲームの中だと分かっては居ても、さっきまではピクリともしなかった体が、いくらでも思い通りに動くのは理不尽極まりなかった。


 いや、そう思って良いのは、彼に相対したモンスターの方だろう。あれだけいたゴブリンの群れは、気がつけば三人の攻撃を前にバッタバッタと倒されていき、あっという間に居なくなってしまった。


 最後の一匹をナイフで貫くと、ゴブリンの体は分子崩壊するかのごとくバラバラになって、光の礫を残して消えてしまった。それはいつも遊んでいたあのVRゲームと同じエフェクトで、もはやここがゲームの世界であることは疑いようもなかった。なんで、こんなことになっているのかは分からなかったが、少なくとも、戦う手段があることだけはラッキーだったと素直に受け止めよう。


「depwutdild! ughealdeuebx!」


 と、有理が一息ついている時だった。何を言ってるか分からない、不思議なイントネーションの声が聞こえたと思ったら、いきなりアストリアが車とは反対方向へと駆けていった。どうしたんだ? と、その行く先を見れば、曲がり角の方からまた別のゴブリンの群れがこっちへ駆けてくるところだった。


 残党が居たのか? と慌てて彼女の後を追いかけると、それを追い越すようにピュンピュンと魔法の矢が飛んでいった。正確な射撃が次々と敵を打ち倒し、有理が加勢しようと辿り着いた時にはもう粗方片が付いていた。


 だが、無駄足だったわけじゃない。有理がアストリアに追いつくと、すぐまた曲がり角の向こう側から、次の集団が現われて、そしてそいつらを蹴散らすと、またおかわりが次から次へとやって来る。まるで無限湧きするモンスタースタンピードのようだ。


「二人とも、乗って!」


 そんないつ果てるとも知れない敵の襲来を、必死になって捌いていると、突然、背後からキキーッとブレーキ音を立てて、装甲車がドリフトしながら滑り込んできた。轢いたらどうするつもりだったんだと若干興奮しながら乗り込むと、続くアストリアの気配がない。


 見れば、彼女はまだ一心不乱にモンスターの群れと戦い続けている。言葉が通じないからこっちの様子に気づいてないのか、有理が慌てて飛び降りていって彼女の腕をぐいと引っ張ると、彼女は一瞬、邪魔するなと怒りに満ちた表情を見せたが、


「いいから逃げるぞ! 早くっ!!」


 有理が負けじと怒鳴り返したら、こちらの意図が通じたらしく、彼女は頷くと有理と共に車に向かって駆け出した。その車の後部ハッチから、乗り出すようにしてマナが射撃し、二人に追いすがる敵を正確に撃ち抜いていく。走り出した車内から川路と里咲が手を差し伸べている。その手を掴み、引っ張り上げる力を借りて二人が車内に転がり込んだ瞬間、後部ハッチがバタンと閉じて、同時に南条がアクセルを踏み込んだ。


 ぐんぐん加速していく重力を背中で感じながら、たった今閉じたハッチの小さな窓から覗いたら、装甲車を追いかけてくるモンスターの群れが見えた。それは最初に現われたゴブリンだけではなく、犬の魔物のコボルトやウェアウルフ、巨大コウモリに巨大ミミズに、どこかで見たことがあるようなモンスターが、数え切れないくらいゴロゴロしていた。


 あのまま戦い続けていたら、今頃どうなっていただろうか? 冷や汗を垂らしていると、突然、車体が揺れて洗濯機の中の衣服みたいに反対側の壁に激突した。


「いきなり何すんのさ!?」


 有理を下敷きにした川路が運転席に向かって怒鳴る。ハンドルを握っていた南条は、


「急に何かが飛び出してきて……これ、全部敵ですの?」


 その言葉に、這うようにして運転席の窓を見れば、今まさに車が走っている車道に、さっきと同じようなモンスターたちがうようよ蠢いていた。


 それらは目的もなくさまよい歩いているように見えたが、ある程度車が近づくとこちらの存在に気づいて、一目散に向かってくる。まるで、RPGの敵モンスターの挙動そのもの、いわゆるタゲを取るという処理のように見えた。


 思い返してみると、あのVRゲーム、アストリアオンラインでも同じような挙動をしていたが、あっちはここまで露骨に感じなかった。それはあそこが森の国で、遮蔽物がたくさんあるから目立たなかっただけで、ここみたいに見通しの良い直線道路が多い場所なら、やはり同じように感じていたかも知れない。


「駄目ですわ! 敵が道を塞いでいて、このままではモールまで帰れませんわ!」

「そんならもう轢き殺しちゃえば?」


 敵に阻まれて狼狽えている南条に、川路が投げやりに答える。その言葉に彼女は少し考えた後、それもそうねと言わんばかりにアクセルを踏んだ。有理は、いくら装甲車と言ってもダメージを負うのはマズイと、慌てて止めようとしたが、


「あら……? 意外と手応えがありませんわね」


 加速した装甲車が敵に接触すると、その瞬間、轢死したモンスターが光となって消えてしまうので、思ったよりダメージは受けないようだった。彼女はそれで味を占めたのか、急に無言になると、アクセルを踏み込んでまるでそうするのが当たり前のように、次々とモンスターを轢き殺していった。


 どうやら彼女はハンドルを握らせちゃ駄目な類の人間だったらしい……


 後部座席の面々がドン引きしていると、その時、有理の携帯が鳴り出した。見れば、着信画面に関の名前が表示されている。東京に向かったはずの連中がこのタイミングで? 嫌な予感を感じながら、有理が慌てて通話ボタンを押すと、いきなりスピーカーから、


『うわあああああーーーーっっ!!』


 という、ものすごい悲鳴のような声が響いてきて、


『パイセンか!? 助けてくれ! 張がっっ!!』


 と彼が何かを伝えようとした瞬間、ブツッと通話は途切れてしまった。


「おい、関! ……関っ!」


 呼びかけても既に通話は切れており、慌てて掛け直しても、相手が出る気配はなかった。何かが起こったのは明白だったが、ここからではどうしようもない。


「張くんがどうかされたんですの!?」


 通話音が別段大きかったわけではないが、あの悲鳴は運転席まで届いたようだ。有理はチラチラとこちらを気にする南条に、前を向けと指さしながら、


「聞く前に切れちゃったから分からないけど、何があったかは、なんとなく分かる気がするんじゃないか?」


 有理はさっき研究棟の前で見つけた張偉の石像のことを思い出しながら遠回しに言った。まるで生きているかのような石像を調べようとした瞬間、ドラゴンが現われて調べられなくなってしまったのだが、やはりあれはただの石像ではなかったらしい。


 みんなも同じものを思い出しているのか、車内は沈黙に包まれた。有理は黙りこくってしまった運転手に向かって、


「石像のことも気になるけど、今はモールに戻った方がいい。ここがこの様子では、今頃あっちも大変なことになってるんじゃないか。拠点が無くなっては、調べるものも調べられなくなるよ」

「……そうですわね。少し飛ばしますわよ」


 彼女はそう言うなりアクセルをベタ踏みした。いきなりの加速についていけなかった後部座席の面々が転げ回る。


「くれぐれも安全運転で頼むよ?」


 有理は慌てて運転手に言ったが、彼女の耳にはもう届いていないようだった。彼は、この世界で死んだらどうなるんだろうということを、自分の身で証明しないで済むように祈るしかなかった。


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