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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第五章:俺のクラスに夏休みはない
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太郎さんご来店でーす!

 関たち東京探検グループは、水と少しの保存食だけを持ち、2台の装甲車で旅立っていった。荷物が少ないのは途中どこかで調達すればいいという考えで、行儀は悪いが身軽な方が彼らも動きやすいから、ある程度は仕方ないだろう。


 二人並んで吹き抜けのエスカレーターを昇っていると、ガラス越しに装甲車が左折して消えていくのが見えた。それを見てほんのちょっと残念そうにしているマナに向かって、


「行きたいんなら椋露地さんも行ってきたら? 今ならスマホで呼び戻せるよ?」

「冗談はよしてよ。うるさい連中が居なくなってホッとしてたとこよ。大体、男だらけのところに、私一人なんて嫌すぎるわ」


 まあ確かに、東京に向かったのは男だらけで、女が一人では肩身も狭かろう。でも、だったら里咲あたりを誘ったら良かったんじゃないか、知らない仲でもないんだし……などと思っていると、3階のフードコートでその彼女が友だちと駄弁っているのを見つけた。


 一人はなんでこんな学校にいるんだ? と言った感じの金髪ゆるふわカールで、もう一人はメガネ女子である。異変が起きてから度々見かける組み合わせだったが、もしかしてもう仲良しグループが出来上がっているのだろうか。なんというか、自分とは違ってコミュ力高いなと感心していると、そんな彼女らがこちらに気づき、


「あ、椋ちゃーん! こっちおいでよ」

「だからムクちゃんて呼ばないで。マナはマナなんだからって言ってるでしょ」


 彼女は文句を垂れながらも近づいていく。有理もその後をついていと、彼女らはフードコートのテーブルの上にボードゲームを広げて遊んでいたようで、その周りには中華料理の皿が並んでいた。


 香ばしい香りが漂ってくると思ったら、どうやらキッチンの方で料理班が何やら作っているようだった。もう食事には困ってないから、暫くお役御免となったはずだが、どうしたんだろうか?


「モノポリーやってるんだけど、一緒にやる?」

「私、それ嫌いなのよね。大体みんな最後はギスギスするじゃない」


 そっちの方を気にしていると、マナは文句を言いながらテーブルについてサイコロを振り始めた。一人だけ学年とクラスが違うから平気かな? と思っていたが、様子からして、どうやら彼女はこのグループに混ぜてもらえたようである。


 これも里咲の人徳だろうか。なんか知らないが、気がつけばあっという間に彼女はクラスの中心人物になっていた。まだ転入してから数日しか経ってないはずだが、まるで最初から在籍していたかのような馴染みっぷりである。


 そんなことを考えつつ、邪魔しちゃ悪いとテーブルを離れて、さっきから気になっていたキッチンの方へ向かった。


 フードコートは3Fにあって、エントランスの吹き抜けをぐるりと囲むようにテーブルが並び、その端っこに複数の料理店が軒を並べているという作りだった。料理班がいたのはそのうちの一角で、牛丼でお馴染みの有名チェーン店の看板の下で、中華鍋を振るっている陳の姿が見えた。彼は有理が来たことに気づくと、顎をしゃくってカウンターを示し、


「メニューはそこだ。好きなのを選びな」

「いや、飯食いに来たわけじゃないんだけど」


 言われてカウンターに置かれた手書きのメニューを見れば、魚香肉絲、青椒肉絲、鶏豆花、麻婆豆腐、回鍋肉、上海炒麺、酸辣湯麺、大千干焼魚、杏仁豆腐と、どっかで見たことはあるけれど、ルビが振ってないと読めない漢字がズラッと並んでいる。


「どうしたの、これ? まるで中華料理屋でも始めたみたいだけど」


 と尋ねると、


「その通りだ。今日からはもう、クラスのために料理をする必要がないんだろう? と言っても、他にやることがないから、暇つぶしにここで店を出すことにしたんだ」

「へえ、そうなんだ……にしても本格的なんだな」

「元々、親父も中華屋だったし、子供の頃からいつか町中華をやるのが夢だったんだよ。まあ、こんなことになっちまったから、諦めてたけど」


 中華鍋を振りながら、陳はしみじみと語っている。こんなこととは今回の異変のことではなく、魔法学校に入学させられたことだろう。元アスリートの張偉もそうだが、第2世代はみんな将来のことでハンデを負っているのだ。多分、彼も下積みは出来ても、店を任されるほどにはならなかっただろう。


「代金はどうするんだ? 金を貰っても意味ないだろう」

「ああ、代金は皿洗いをしてけばそれでいいぜ。ここではセルフサービスってこった」

「なるほどな」


 今は純粋に人手不足もあるから、一石二鳥なのだろう。彼らは料理を作りたいが、それには食べてくれる人も必要だ。そんなことを考えていると、大量の皿を乗せたトレーを重そうに持った里咲がやって来て、


「……負けました」


 悲しそうにそう呟くと、じゃぶじゃぶ皿を洗い始めた。テーブルの方を振り返れば、他の三人が勝ち誇った顔をしながら雑談に興じていた。どうやら罰ゲームをさせられているらしい。


「物部も暇なら手伝えよ。野菜を切るくらいなら出来るだろ」

「いや、暇じゃあないんだけどね……まあ、少しくらいなら」


 せっかくだから里咲と並んで流しに立つと、大量のじゃがいも押し付けられた。立ってるものは親でも使えというが、こんなに皮むき出来るかな? と思いつつ、包丁片手に悪戦苦闘していると、その里咲が話しかけてきた。


「物部さんはこれからどうするんですか? 張くんとか関さんとか、男の子たちはみんな出てっちゃいましたけど」

「俺は一度学校に戻って、研究所の方を調べてこようかと思ってる」

「研究所ですか?」

「ああ、椋露地さんの話では、米軍は研究所で何かと戦っていたようなんだ。一昨日見た限りでは何も見つからなかったけど、やっぱり一番怪しいかなって。それに、今はみんな落ち着いて見えるけど、この生活も長く続けばどうなるかわからない。病気なんかされたらお手上げだし。一日でも早く元の世界に戻れるよう、さっさと原因を探らなきゃって思ってね」


 皿を洗っていた里咲は手を止めて、申し訳無さそうにこちらを見ながら、


「そうだったんですか……すみません、遊んでばかりいて、役に立たなくて」

「いや全然。今回はみんなが居てくれて、とても助かってるよ。寧ろみんなこそ大したもんだと思うよ。普通ならこんな異常事態に巻き込まれたら不平不満を言ったりパニックになりそうなものなのに、誰一人として文句も言わずに協力してくれてるもんな」

「何いってんだ、それ全部おまえのお陰だろう?」


 二人がそんな話をしていると、横で聞いていた陳が呆れるような声で言った。有理が驚いてどういうことかと尋ねると、


「みんな最初は普通にパニクってただろうが。誰も自分から行動しようともせず、文句言ったり、武器を見つけても隠したり、俺も仕事を押し付けられそうになったから、喧嘩になりそうになってたんだろ。それをおまえが止めてくれたんじゃないか」

「あれは……普通、止めるだろう?」

「そうかも知れないが、その時、おまえが嫌なことは嫌って言っていいんだよって言ってくれたのが良かったんだよ。あれで相当楽になった。そう思うだろ?」


 陳が同意を求めると、里咲もうんうんと頷いている。


「おまえなんてクラスじゃ最弱のくせに、そんなおまえが一番落ち着いてて、大丈夫だ、絶対帰れるって言ってるんだから、俺達だってパニックになってる場合じゃないだろう。さっきだって、そこの店で揉めてた連中の仲裁を買って出てたじゃないか。そういうの見てっから、みんななんやかんや、お前のこと頼りにしてんだよ」

「そうか……」


 そういう風に思っててくれるなら嬉しいが、なんというか、面と向かってそう言われるとこそばゆい。有理がどうリアクションを取っていいか分からず、ぽりぽりとほっぺたを指で引っ掻いていると、陳はそんな彼の手元を見ながら感心した素振りで、


「それにしても、おまえ包丁うまいな」

「え?」

「プロでもそこまでのはなかなか居ないぜ」


 なんのことを言ってるんだろう? と思って下を向いたら、いつの間にか手元のボウルの中には、綺麗に皮が剥かれたじゃがいもが山のように積まれていた。話をしていたから、そっちに意識が向いていなかったが、本当にこれだけの量を無意識に剥いていたんだろうか? 我がことながら信じられなかった。


 というのも、彼は別段、料理が得意というわけじゃないのだ。普段はまったく料理なんかしなくて、母の手伝いをしたこともなければ、じゃがいもの皮むきなんて殆ど初めてみたいなものだった。家庭科の授業以来ではないか? それに、あの時はピーラーを使っていた。


 それがこれだけの量を捌いた上に、ただ皮を剥いただけでなく、芽まできっちりくり抜いてある。こんなことを無意識にやっていたなんて、とても思えなかった。


 何かおかしい……有理が自分がやったことが信じられずに戸惑っていると、その時、急に隣に立っていた里咲が、わけが分からない事を言いだした。


「あ、太郎さんだ。料理長、太郎さんご来店でーす!」


 彼女は壁に向かっておかしなことを言っている。元々、ちょっと変わった子だと思っていたが、今日もある意味平常運転である。陳も最初は何いってんだこの女といった顔をしていたが、すぐに何かに気づいたように顔を顰めると、


「ちっ、あの野郎……やっぱ飲食店はしゃあねえな」


 彼はぶつくさ言いながら、流しの下にあった殺虫剤を取り出した。有理もそれを見て何が起きたか察すると、その時、奥の方で作業をしていた女子もまたそれに気づいて、


「きゃああああああーーーーっっ!!! ゴキブリッ!!」


 と悲鳴をあげた。その悲鳴に、隣で作業をしていた別の女子に恐怖が伝播して、また新たな悲鳴が上がる。


 パニックになった彼女たちが、手元にあった食材や何やをぶんぶん振り回し、小麦粉が舞い、水が弾け飛び、崩れた食器が盛大な音を立てた。陳が落ち着けと叫びながら殺虫剤を散布する。


 侵入者はそんな愚かな人類を嘲笑うかのように、大混乱に陥った厨房の中を縦横無尽に駆け回り、彼女らの攻撃を交わしてテーブルから棚、棚からコンロへと素早く移動し続けた。


 ところで、ゴキブリへの恐怖はDNAに植え付けられた情報ではないかという説もあるくらい、人間は極端に彼らのことを恐れているが、彼らの真の恐ろしさと言えば、寧ろ追い詰められた時に発揮される、普通の動物なら尻尾を巻いて逃げ出すところを、何故か突進してくるあれではないか。


 その関ケ原の島津軍がごとき敵中突破を食らったことがあるなら、誰もが同意することだろう。この狭い厨房の中で、あっちで悲鳴をあげられ、こっちで殺虫剤を向けられたGはあろうことか、突然、翅を広げて、ブーンと羽音を立てながら、一直線に有理の顔面めがけてダイブしてきたのだ。


 その瞬間、世界をスローに感じながら、さしもの有理も悲鳴をあげて体をよじった。黒光りするGの体は目前に迫り、このままではキッスをしてしまう。


 ところが、そうやって体をよじっていた有理は、と同時に、奇妙な感覚をも覚えていた。体は本当に条件反射的に逃げようとしているのに、何故か自分の右手だけがそれとは逆方向に向かっていくような、そんな気がしたのだ。


 あれ? っと思った彼は、目だけでその右手を追った。


 すると右手はまるで意思があるかのように勝手に動きだし、信じられないことに、その先にしっかと握られた包丁が、空中を羽ばたいているゴキブリを一刀両断し、更に手首を返して十文字に切り落としたのである。


 そのあまりの早業に、有理は唖然とするよりも恐怖を覚えた。そしてゴキブリを追いかけていた陳もまたそれを目の当たりにして、悲鳴のような声をあげた。


「うわっ! おまえ、なんつーことすんだよ!? その包丁、もう使えねえだろ!? 早く洗えよ! いや、もう使わねえけど! ああ……いや、すげえけど! いや、すごすぎんだろ!? ええええええ!??」


 陳は混乱して目を回している。視線を床に向けると、体を4つに分断されたゴキブリが、まだ自分が死んだことに気づいてないといった感じに、ばらばらのまま脚をバタつかせていた。その断面はレーザーメスで切ったかのごとく鋭利で、内臓まで綺麗に見えている。なんなら、そのままくっつけたら元通り生き返りそうなくらいであった。


 それは使っていた包丁がよく手入れされていたとか、それだけでは説明出来ない代物だった。それこそ外科医が握るレーザーメスか、居合抜きの達人でも無い限り不可能だろう。もちろん有理はそのどちらでもない。


 いま現実に眼の前で起きた現象は、体が勝手にやったとしか思えなかった。本当に、無意識に、体が勝手に動いたのだ。


 こんなことがあり得るだろうか? 普通に考えれば、もちろんあり得ないだろう。だが……


 有理はその現象に、どことなく既視感を覚えていた。こんな風に、体が勝手に動く現象には心当たりがあった。だから彼は、まさかと思いつつも呼吸を整えると、恐る恐るその言葉を口にしてみた。


「ステータス!」


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