why what!?
メリッサへの攻撃を撃退してから2日後、魔法学校は前期過程をすべて終え、終業式を迎えていた。明日から二ヶ月に渡り続く長期休暇を前に、学校全体がソワソワした雰囲気に包まれていた。
流石に終業式くらい出ておこうかと、有理もその日は朝から学校に来ていた。メガフロートへの亡命の準備で、昨日は夜遅くまでパッキングをしていて少々寝不足気味だった。亡命と言うだけあって、実はパスポートを所持しておらず、終業式が終わったら、羽田から専用機に乗ってこっそり出国する予定となっていた。そんなヤバげなシチュエーションに内心緊張してたのだろうか、昨夜はなかなか寝付けなかったのだ。
因みに同行者の里咲は亡命の件を伝えると、「わーい、南国リゾートだ、バカンスだ」と能天気に喜んでいたので、その点に関しては気が楽だった。
そんな彼女は早速仲良くなった友達とぺちゃくちゃおしゃべりをしていたが、本当なら彼女らとの夏休みがあったかも知れないと思うと、巻き込んでしまって申し訳なかった。それどころか、いつになったら本業に帰れるか、その当てもまだ見つかってないのだ。彼女にどうやったら埋め合わせが出来るのか、考えると頭が痛かった。
一方。
桜子さんは有理と共に、今日の午後から一時帰国する予定だったから、その日は朝から引き継ぎ作業に余念がなかった。自分が受け持っている高所作業のチェックのために、朝礼前からビルのあちこちを飛び回り、まだ骨組みだけの屋上を点検していた時、彼女はふと視界の隅に見慣れぬものを捕らえた。
魔法学校の敷地は広いが、12階建てのビルの上からなら全体がよく見渡せた。それは敷地の外側もで、よく見るとエントランスゲートの向こう側に、見慣れぬ車両が何台も止まっていた。詰め所から自衛官が何人も出ていて、その来訪者と押し問答のようなことをしている。
何かトラブルでもあったのだろうか? と更に目を凝らしてみれば、どうもその車の側面に見覚えのある文字列が見えるような気がする。まさかと思って作業を中断し、慌てて地上へ降りて駆けていくと、普段は閉めっぱなしのゲートが開かれ、そこからさっき見えた車両が続々と侵入してきた。
ここまで近づけば、はっきり分かった。ゴツい車体の厚い装甲板には、確かにUSNAVYの文字列がプリントされていた。その装甲車は桜子さんの眼の前で魔法研究所に横付けすると、青い迷彩柄の軍服の兵士たちが次々降りてきて、まるで自分たちの家であるかのように、さっさと建物の中へと入っていった。
これは尋常ではないと驚いた彼女が、彼らの行動を咎めようと走っていくと、米兵と一緒にここの基地司令も居て、彼は桜子さんに気づくなり、
「殿下! お待ち下さい!」
「これは何の騒ぎですか? 米兵が研究所に何の用です。あなたが居ながら、どうしてこのような真似を許しているんですか」
呼び止められた桜子さんが抗議しながら駆け寄っていくと、自衛官は困ったような表情で眉根を寄せながら、
「ごもっともなのですが、これは正規の手続きを踏んだ正式の巡察なんですよ」
「巡察? どうして他国の軍隊が、日本の施設を巡察するんですか」
一応、日米関係については知っては居たが……桜子さんが呆れていると、彼は顔に出ないように、しらばっくれながら、
「それがその、私はよく知らないんですけど……アメリカの巨大ECサイトがハッキングを受けた事件をご存知ですか? 彼らはその犯人がこの建物からアクセスしてきたんじゃないかと言ってるんです。私はまさかそんなはずは無いと言っているのですが、彼らは証拠ならあると言って聞かなくて……」
桜子さんはそれを聞いて言葉を飲み込むと、米兵に聞かれないように顔を近づけて、
「……そんなの、向こうが先にやって来たんだから、こっちだけ文句言われる筋合いは無いんじゃないの?」
「そうなんですけど……地位協定の関係上、向こうはこっちを調べられても、こっちは向こうを調べることが出来ないんですよ。おまけに彼らは、自衛隊の装備が使われたんじゃないかと脅しも掛けてきています。もし、この件まで調べられてしまうと、相当まずいことになりかねなくて……」
「そんな一方的な同盟関係がある?」
「普通はそんなことはありませんよ。でも今は、ほら、大統領があれですから」
基地司令は苦り切った顔を浮かべている。桜子さんはまだ文句を言い足りなかったが、彼に言っても仕方ないと気を取り直すと、
「とにかく、彼らが何をしようとしてるのかだけでも探らないと。ちょっと行って、中の様子を確かめてきます」
「ですから殿下、穏便に……」
「彼らが用事があるのは、どうせユーリの研究室でしょう? あそこの機材は全部あたしが買ったものだから、その点を突けば彼らも文句を言えないはずです。我が国とアメリカは対等のはずだから」
「しかし殿下、今のあなたはどう見てもただの土方ですよ? 話を聞いてくれるかどうか」
「うっ……」
言われて桜子さんは自分の服を見下ろした。確かに、こんな工事現場の姉ちゃんが抗議に来ても、彼らは取り合ってくれないかも知れない。普段、身分を隠していたのが裏目に出てしまったか……
「桜子さん! これは何の騒ぎですか?」
彼女が歯噛みしていると、学校の方から生徒会長の椋露地マナが走ってきた。マナは物々しい雰囲気に気圧されながら、
「講堂で準備をしていたら、外が騒がしくなったんで様子を見に来たんだけど……これ、終業式を始めても大丈夫なんですか?」
「マナ! ちょうどいいところに来てくれたわ。実はアメリカ軍がユーリの研究室に来ていて……多分、彼らの狙いはメリッサよ。このことをユーリに伝えてくれないかな?」
「ええ!? アメリカ軍??」
マナは現実離れしたその単語がすんなりと頭に入ってこず、暫く目をパチパチさせていたが、やがてそこにある車両にUSNAVYの表記を見つけると表情を固くし、
「何か分からないけど、分かりました。すぐ物部を呼んできます!」
「呼ばなくていいわ! 状況を伝えてくれるだけでいいから!」
桜子さんは駆けていくマナの背中にそう叫んでから、今度こそ中に入ろうと研究所に向かって歩き始めた。そんな彼女のすぐ後に自衛官が続いて、
「殿下、ですからやめましょうって。その格好では無理ですよ」
「でも抗議しないわけにはいかないわよ。身分の方はあなたが保証してくれればいいじゃない」
「率直に言って揉めたくないんですよ、私は……」
「情けないわね」
「Excuse me, ma'am」
桜子さんが腕まくりして歩いていくと、研究所の入口を阻むように立っていた歩哨に早速止められた。
「This is off-limits. please leave」
「えー、あー……」
呼び止められた彼女は、すぐに言い返そうとしたが、よく考えれば今はメリッサが停止中で通訳してくれないから、相手が何を言っているのか、どう返事すればいいのかも分からなかった。困った彼女は、
「ちょっと、あんた、通訳してよ」
「無理ですよ」
「英語出来るでしょ? 合同訓練とかあるんじゃないの?」
「私は合同訓練の日はお腹が痛くなるんで有名なんです」
「そんな事言わずに、頼むわよ」
「だから無理ですってば」
そんな感じで二人が一般的日本人の如く押し付けあいをしている時だった。
不意に、建物の中からパパパパパパン!! っと銃声が轟いて、続けてゴゴンッ! ゴゴンッ! と、地響きまで聞こえてきて、驚いた歩哨が二人のことを押しのけた。
銃声は断続的に続いて、中からは怒号のような声も聞こえてくる。歩哨は一瞬フリーズしていたが、すぐに我を取り戻すと、担いでいた銃を構えてセーフティーを外し、仲間を助けに建物内へと入ろうと駆け出したが、
「why what!?」
しかし、数歩もしないうちに彼は何かにぶつかるように、その場に尻もちをついてしまった。
驚いた桜子さんも歩哨の彼の真似をして、姿勢を低くしながら、中の様子を確かめようとして近づいていくと、丁度自動ドアの辺りで何か見えない壁のようなものにぶつかった。
「……なに、これ?」
戸惑う彼女の眼の前、研究所のエントランスホールでは、米兵たちが銃を乱射し、翼の生えた爬虫類かなにかそのような獣と戦っている。しかし彼女は見えない壁に阻まれて、それを見ていることしか出来なかった。




