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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第一章:物部有理は魔法が使えない
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右手が……右手が疼く

 グラウンドへと向かいながら、クラスメートの顔をチラ見する。一応、有理が配属されるくらいだから、このクラスの年齢層は全体的に高く、だいたい高校2~3年といったところだろうか。ただし、この学校内で相対的にというだけで、もちろん全員年下みたいだった。


 そんなクラスメートたちに囲まれながら待っていると、胸筋が浮き出るようなピッタリのシャツをこれ見よがしに着た鈴木がやって来た。今日は取り立てて暑くもないのにすでに汗ばんでいる。どうして体育会系はどいつもこいつも暑苦しいのだろうか。


「では、今日はオリエンテーションを兼ねて、魔法のテストを行う。どれくらい魔法が使えるようになったか、先生に見せてくれ。みんなも、友達がどのくらいの能力者なのかをよく見ておくように」


 鈴木はキョロキョロと辺りを見回し始めたかと思うと、やがてその視線は有理の顔で止まった。ヤンキーの後ろに隠れようと思ったがもう遅かった。


「それじゃ物部、前に出てきてお手本を見せてくれないか」


 こいつは何を言ってるんだろう。本気で頭がおかしいんじゃないだろうか。


「いやいやいや、無理ですよ。あんた知ってるでしょう? 俺はただの地球人ですよ? 魔法なんて生まれてこの方見たこともなければ、使ったこともないんですよ?」

「でも魔法力測定検査は抜きん出ているそうじゃないか」

「だからそれは何かの間違いじゃないのかって言ってるんで……」


 口答えしてても埒が明きそうもないので、有理はため息交じりに前に出てくと、


「とにかく、俺は魔法なんて使ったことも無ければ、どうすれば使えるのかすら知らないんですよ。なのにお手本も糞もありませんよ」

「そうか。物部は魔法童貞なんだな」

「どどどど童貞ちゃうわ!」


 クラスメートたちから失笑が漏れる。こいつ喧嘩を売ってるんだろうか。有理が不貞腐れていると、鈴木も言い方を間違えたと反省したのか、


「じゃあ、まずは先生がお手本を見せるから、物部は先生の言った通りに詠唱を繰り返してみろ」

「それだけでいいの?」

「そうだ。詠唱が正しく、術者に魔力があれば、誰にだって魔法は使える。この時、旧式だと放射能が発生しちゃうから、お漏らしがないか確かめるためにも、今日はみんなに魔法を使って欲しいんだよ」


 へえ、そうなんだ……そういうことなら断る理由もないだろう。


 実を言えば、自分がどのくらい魔法が使えるのか知りたくもあった。この学校にいつまでも居る気はさらさらないが、実際問題、防衛省の言う通り、いつ発動するかわからない力を秘めてるかも知れないのに、知らんぷりするのは多少気が引けていたのだ。ちゃんと魔法を制御する力を学んで、それからゆっくりおさらばしてもいいだろう。


「それじゃあ、先生、ゆっくり詠唱するからな。よく聞いておくように」


 鈴木はそう言うと、何も無い虚空に向けて右手が……右手が疼くとでも言わんばかりに手を差し伸べた。


 その瞬間、クラスメートたちから緊張感が伝わってきた。ただの筋肉ダルマだと思っていたが、その様子からするにどうやら彼は相当な使い手であるらしい。思い返せば、あの無軌道なヤンキー共を一人で制圧出来るくらいなのだから、実力の程は確かだろう。果たしてどれだけ凄いものを見せてくれるんだろうか……そう思ってドキドキ期待しながら見守っていると、


「yhxuyss'rpvlc qzmivrtin! oajiip'qlms!」


 鈴木が何かを口走った直後、彼の腕の先から渦巻く炎が現れて、運動場の真ん中あたりでドドンと炸裂した。熱風が押し寄せてきて頬を焦がし、チリチリと髪の毛が焼ける臭いがする。鼻毛かも知れない。それはともかく……


 今、この男は何をしたのだ?


 有理が今体験したのは、文章にするとこんな感じである。腕を真っ直ぐ構える鈴木の体が、ゆらゆらと陽炎のように揺れていた。すると、なんとなく耳障りな、掠れるような高周波を含んだ音が、どこからともなく突然脳にぐいっと侵入してくるような、そんな奇妙な違和感がしたかと思えば、とても人間には発音できないような不確かな音が鈴木の口から飛び出してきて、最終的に彼の腕の周りに炎を生み出したのである。非常に拙い表現であることは認めるが、まさにこんな感じだった。


 有理がその分けの分からなさに唖然としていると、鈴木は満足げにふーっと息を吐いてから、


「それじゃあ物部、先生が今やった通りにやってみろ」

「出来るかっ!!!!」


 彼は顔を真っ赤にしながら地団駄を踏んだ。


「なんだよ、今の! 人間が出していい音声じゃないだろう!? 何言ってるのかも分からなければ、どうやって発音してるのかも分かんねえよ!!」

「な、なにぃ? みんなにも分かりやすく、もの凄くゆっくり発音したんだがな」

「分かんねえよ! つーか何語だよ!? マシン語とかオランウータン語とか、そういう類のものだろう! 人語を使え、人語を!」


 すると鈴木は珍しく不快そうに眉をひそめて、


「異世界語だって、立派な人間の言葉に決まってるじゃないか。先生、そういう差別的な物言いは好きになれないな」

「異世界……語? ……今のが?」


 初めて聞いた。


 桜子さんと話していたせいですっかり忘れてしまっていたが、そう言えば、異世界人は元々こっちの世界の住人とは言葉が通じなかったのだ。彼らは独自の言語を持ち、独自の文化を持ち、こっちの世界に適応するのにかなりの時間を要した。その言語が今のあれなんだろう。


 それにしたって、あまりにも違和感バリバリの発音に、こんなの他の生徒たちだって出来やしないだろうと思って周り見渡せば、何故かクラスメートたちから軽蔑の眼差しが突き刺さってきた。


 なんでそんな目で見られなきゃいけないんだろうと、ちょっとたじろいだところで失言に気づいた。有理だけは例外であるが、この魔法学校に通っているということは、みんな魔法が使えるのだ。魔法が使えるということは、彼らはみんな異世界人のハーフやクォーターで、中には異世界語を母語にしている者だっているのだろう。


 しまったと思った時には後の祭りで、有理は完全に言葉を失っていた。それを察したのか、鈴木は話題を変えるように、生徒たちの輪に向かって言った。


「それじゃあ、代わりに張。やってみろ」


 鈴木がそう呼びかけると、学生たちの輪から外れて、面倒くさそうにウンコ座りしていた中国人の一人が、面倒くさそうに舌打ちをした。実に反抗的な態度であったが、彼も鈴木に逆らったら面倒くさいことになると分かっているのだろうか、抵抗せず諦めたように手をかざすと、


「yhxuyss'rpvlc qzmivrtin! oajiip'qlms!」


 また例の謎言語が飛び出したかと思えば、炎が飛び出して空中で炸裂した。


 その威力は見た感じ鈴木と大差なく、彼がかなりの使い手であることを示していた。それを証明するかのように、学生たちの中から「おお~~」という歓声が上がる。鈴木も満足そうに笑みを浮かべると、


「うむ。張はもうすっかり詠唱をマスターしたな」


 彼はそう言ってから有理の方へと向き直ると、


「物部、彼だって元々は異世界語を話すことが出来なかったんだ。だが訓練することで、ここまで出来るようになった。おまえだって努力すれば、彼のようになれるんだぞ」

「いや、無理でしょ。何言ってるのかすらわからないのに」

「そうやって最初から決めつけるなよ。それに多少音を外しても魔法は使えるんだ。そうだな……よし、今度は関、おまえがやってみろ」


 鈴木がそう言うと、今度はさっき有理に話しかけてきたヤンキーが前に進み出てきた。彼はこれ見よがしにニヤリとした厭らしい笑みを浮かべると、


「xhyuzzs'rpvrc~qsmivrtjn! $oajiiq'plms!」

「わちゃっ!!」


 彼が詠唱するなり、有理のすぐ目の前で炎が爆発した。びっくりして尻もちをついてると、周囲から笑いが漏れた。


「こらあーっ! 人に向かって魔法を使っちゃいかんといつも言っているだろう!!」

「すんません、わざとじゃないっすよ」


 ヤンキーはヘラヘラ笑っている。有理は反射的にカッとなったが、立ち上がったところでやれることは何もなかった。ヤンキーの世界は弱肉強食。さっきまでパイセンパイセン言って媚びへつらって来たくせに、どうやら彼の中で序列が変わってしまったのだろう。ものすごく不愉快だったが、思ったところでどうにもならない。


「ほら物部、おまえもやってみろ。今見た通り、多少発音がまずくても魔法は発動するからな」


 鈴木はなおも有理に絡んでくる。正直もう御免被りたかったが、たった今ヤンキーにあんなものを見せられては、こっちも黙っていられなかった。有理はプンスカしながら鈴木の真似をして腕を差し伸べると、


「……なんでしたっけ?」

「yhxuyss'rpvlc qzmivrtin! oajiip'qlms! だ」

「あー……いふくすぃっするぷぶるくずみんぶちん……」


 言い終わる前に、周囲は爆笑の渦に包まれていた。有理はそのど真ん中で、顔を真っ赤にして涙を堪えるしか出来なかった。というか、ぶっちゃけ泣いていた。


「こらーっ! おまえら! クラスメートを馬鹿にするんじゃないっ!!」


 鈴木が怒鳴り散らしているが、もうそれで収まるような雰囲気じゃなかった。


 その後、この羞恥プレイのような時間は1時間に渡って続いたが、その間、有理は一度として魔法を使うことが出来なかった。これには流石の鈴木も根負けしたらしく、


「うーん……どうやら物部にはまだ難しかったようだな」

「………………」

「だが安心しろ。魔法には無詠唱ってのもあるんだ。これなら物部にも出来るかも知れない」


 鈴木はそう言ってから深呼吸のようなそうでないような不可思議な呼吸を始めて、


「いいか? 先生のやることをよく見てろよ。まずはこう、丹田に意識を集中し、ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、体中の血液に酸素を行き渡らせるような、なんというかオーラを感じながら、そして研ぎ澄まされた一振りの刀のごとく神経を研ぎ澄ませ数えるんだ。いち……にの……さん!」


 鈴木が掛け声とともにジャンプすると、彼は有理の頭の上を飛び越えて、更に数メートル上空に着地した。そしてその場にビタッと吸い付くように留まったまま、あんぐりと口を開けて見上げている有理を見下ろしながら、


「どうだ、やってみろ」

「出来るかっ!」


 ツッコミの声だけがグラウンドに虚しく響く。因みにこの無詠唱魔法。もちろん、普通に詠唱するよりずっと難しくて、他の生徒だって出来ないような代物であった。


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よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
今まではアニメ等でよく見る豪快キャラってことで読んでたけど、これじゃただのクソ教師だなw
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