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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第五章:俺のクラスに夏休みはない
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なんで叩くの!?

 椋露地(むくろじ)マナは胸にカバンを抱きながら、雑然とする廊下の隅を歩いていた。道行く学生はみんな彼女より大柄で、自然と端に追いやられるのだ。別に自分の教室がある階ならそこまで体格差はないのだが、この学校は中学から高校までがごちゃ混ぜだから、場所によってはこうなってしまうのだ。決して自分の発育が悪いわけじゃないのだ。


 現在、マナが向かっているのは有理や張偉が在籍する最年長クラスだった。理由は転校してきたばかりの誰かの世話を教師に押し付けられたからなのだが……以前にも一度来たことがあったが、このフロアに来ると自分の小ささを嫌でも思い知らされるから、出来れば近づきたくないのに、なんで自分に押し付けるのだろうかと彼女は呪った。


 そんな具合に年長者たちに見下されながら進んでいくと、目的地の教室の方から騒がしい声が聞こえてきた。近づくに連れ、それがどこかで聞いたことがある声だと気づいて、彼女は首を傾げた。


「はああ!? ありえないんですけどー!? ありえないんですけどー!?」

「そっちこそ、ありえないよ! 川路さんは絶対間違ってる!」

「間違ってるのはそっちじゃん! いいから早く謝んなよね! 土下座しろ土下座!」

「謝るのはそっちの方だよ! 私は絶対間違ってないもん!!」


 やけに耳に心地よく響くその声は、もしかして鴻ノ目里咲ではないか? 転校早々、いきなり揉め事に巻き込まれているのだろうか。ある意味、学級崩壊を起こしてるような底辺クラスだから、早速、陰キャの彼女が目をつけられたのかも知れない。マナは気を引き締めると、小走りに教室の中へと駆け込んでいった。


「きぃぃーーー! 話になんないわ! いい奴だと思ってたのに。あんたなんかもう知らない!」

「それは私のセリフだよ! こんなわからず屋だなんて思わなかった。絶交よ絶交!」

「ふたりとも、やめて……もうやめてよ」


 マナが教室に入っていくと、その教室の後ろの方で女生徒二人が揉めていた。予想した通り、片方は里咲で、もう片方は知らない顔だ。そんな二人の間で金髪の女生徒がオロオロしている。どうやら二人を止めようとしているみたいだった。


 ただ予想に反して、特に里咲が虐められてるというわけではなさそうだった。腕組みをした彼女が真っ赤な顔で相手に文句を言い、相手がそれを受けて罵倒し返す、要は口喧嘩だ。女同士の喧嘩だからか、ヤンキー共は知らんぷりを決め込んでいる。マナはそんな役立たず共を一瞥しながら、とにかく喧嘩を仲裁せねばと二人の元へ駆け寄っていった。


「ちょっと、あなた達。何があったか知らないけれど、喧嘩はやめなさいよね」

「あ! (むく)ちゃん、助けて!」


 金髪の生徒はマナがやって来たのに気づくなり、ぱっと表情を輝かせて助けを求めてきた。マナは、名前も知らない生徒に椋ちゃん呼ばわりされる覚えはないと抗議しようと思ったが、今はそんなこと気にしてる場合じゃないと二人の間に割って入り、相手の女生徒を押しのけて、里咲のことを引っ張った。


「鴻ノ目さん。少し落ち着きなさい」

「……え? あれ、生徒会長さん? 会長さんが、どうしてここに?」


 引きずり出された里咲は、まだ興奮冷めやらぬといった感じでフウフウ肩で息をしていたが、そのうち自分の手をマナが握っているのに気づいて、目をパチクリさせると、いつもの調子に戻った。


 とはいえ、血走った目には涙が滲んでおり、顔はまだ紅潮している。転校生にいきなり因縁をつけるなんて……


 呆れながら相手の女性を見れば、その相手は不服そうにフンとそっぽを向いていた。その態度から、多分こっちを問い詰めても何も答えてはくれないだろうと思ったマナは、出来るだけ優しい口調で里咲の方に尋ねた。


「それで、何があったの? 喧嘩の原因を教えてくれない? 力になるわよ」

「え? あ、はい。いえ、そんな喧嘩って程じゃないんですけど……」

「いいから教えて。揉め事は、出来るだけ生徒の間で解決するのが生徒会の方針だから」

「はあ……」


 マナが重ねて問い詰めると、里咲は困ったなといった感じに、


「……今日転校してきたら、そこの川路さんが親切にしてくれて、すぐにお友達になったんです。話してみると趣味も同じで、読んでる漫画や見てるアニメも一緒だったから話も弾んで」

「それがどうして喧嘩に?」

「それで、その……二人とも好きなゲームがあって、推しについて話していたら、段々とヒートアップして来ちゃって……」

「はあ……」


 マナは自然と溜息をついていた。


 もしかして、これはアレじゃないか? オタク特有の、推しが誰だとか、カップリングがどうだとかで意見が違って、そのまま口論が始まる、そんな感じの。だとしたら、心配して損した。イジメでも始まったんじゃないかと鼻息荒く駆けつけたのに……


「男の子と男の子が結婚するなら和式がいいか洋式がいいかで意見が食い違って」


 バチンッッ!!!! っと、大きな音が教室中に響き渡って、無視を決め込んでいたヤンキーたちまでビクッとして振り返った。


「あいたーーーっ!! なんで叩くの!?」

「……ごめんなさい。本当に無意識で。あまりにスムーズに体が動くものだから、途中で止められなかったの」


 マナはヒリヒリする自分の手のひらを呆然と見つめながら言った。里咲は理不尽だと言いたげに涙目になりながら、


「会長さんが話せって言ったのに、酷いよ」

「だから悪かったわよ。まさかそんなくだらない理由で喧嘩してるなんて思わなかったから、つい」

「くだらなくなんてないよ。愛する二人の大事な式は……いたっ! また打った!? ひどいっ!」


 マナは半分感覚がなくなった自分の手のひらをブンブン振りながら振り返ると、相手の女生徒に向かって、


「事情は分かったわ。いきなり転校生と揉めてるものだから、てっきりイジメかと勘ぐっちゃったけど」

「そんなことしないわよ。このあとも、一緒にお茶する約束してたくらい」

「そうなの? なら、ごめんなさい。仲良くしてくれてありがたいんだけど、彼女、このあと引っ越しの手続きとか色々あるから、今日はこれで失礼させてくれる?」

「あ、そうなんだ。あたしはいいけど。南条は?」

「どうして私に聞くのかしら……」


 金髪の女生徒は何故かツンケンしている。よくわからなかったが、お茶ならまた明日すればいいと話しがまとまって、


「それじゃ、里咲。また明日ね」「ごきげんよう、鴻ノ目さん……ふん」「うん、川路さん、南条さん。またね」「あと椋ちゃんも」「椋ちゃん言うな!」


 里咲は胸のあたりで控えめに手を振っている。マナが川路に怒声で返すと、二人はケタケタと笑いながら帰っていった。正直、見た目はちょっと意地悪そうにも見えたのだが、中身はさっぱりした女子だったみたいで、マナはホッとした。いや、親でもなんでもないんだから、ホッとする理由がわからないのだが。


 ともあれ、騒ぎのせいで少し目立ってしまった彼女は、これ以上目立たないよう里咲の手を引っ張って教室を出ると、ひそひそ声で、


「いま言った通り、あんた今日引っ越しするから、これから寮に帰るわよ。いいわね?」

「あ、はい……先生から聞いてます」

「その割にはお茶に行こうとしてたじゃない」

「その後でもいいかなと思って……会長さんが来るの知らなかったんで」

「あんたがあそこに隠れ住んでるの、知ってる人少ないから、押し付けられたのよ」

「なんかすみません」


 里咲はペコペコあとをついてくる。そんな二人が廊下を歩いていると、思いの外たくさんの生徒が彼女に話しかけてきた。


「鴻ノ目さん、さようならー」「あ、どうも」「里咲っち、じゃあね!」「あ、あ、はい」「鴻ノ目さん、いま帰り?」「あ、そです」「さよならー」「あ、あ、さよなら」


 今日、転校してきたばかりのくせに、もうかなり認知されているようである。身だしなみはだらしないわ、人と目を合わせないわ、ボソボソ喋るわ、見た目はコミュ障のくせに、もしかしてとんでもないコミュ力おばけなんじゃないだろうか? マナは内心舌を巻きつつ、そんな有名人を従えながら校舎を出た。


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