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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第五章:俺のクラスに夏休みはない
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セイ! サンキュー!

 10万人を収容できるという巨大ドームの中に、いま全てのシートを埋め尽くしてもなお入り切らないほどの群衆が詰めかけていた。それはグラミー賞を総なめにしたアーティストのコンサートでも、オリンピックやワールドカップのようなメジャースポーツの世界大会でもなく、ある一人の男の政治集会のために集まった群衆だった。


 昨年、第60代アメリカ合衆国大統領に返り咲いたマグナム・スミスは、今から3期前の57代大統領でもあった。当時40代という若さとハリウッド俳優なみのルックスで人気を博し、史上最高得票数を引っ提げて大統領に就任した彼は、きっと人々の生活を刺激的で幸福に満ち溢れたものへと変えてくれると誰もが期待した。


 ところが、蓋を開けてみれば彼は誰でも思いつくような手堅い政策に終始し、改善どころか改悪を繰り返し、当選前の公約に至っては殆どが手つかずという状態だった。それは、人気だけで当選した彼には政治的なバックボーンがまだ形成されておらず、効果的な政策を打ち出す力が不足していたため、彼は党内の有力者の助力を得るために政治家の顔色ばかりを窺って、国民の方を見ていなかったからだった。


 そんな体たらくであったから、中間選挙までには支持率が低迷し、政権後期にはもう何も出来なくなって、彼は史上最低の大統領の烙印を押されて国民からはそっぽを向かれ、無能のレッテルを貼られて党からも追い出された。


 こうして政界から身を引くしかなくなった彼は、大統領時代の心労が祟って体調を崩し、精神を病んで、極端なくらいカメラに怯える姿がタブロイド紙に掲載された後、表舞台から姿を消した。そんな彼のことを国民も顧みることはなく、新たな大統領を迎えると、米国は4年間の停滞を取り戻すかのように新政権の下で躍進するのだった。


 それから約20年が経過した。


 長い間、アメリカ経済を下支えしていた軌道エレベーター建設もついに終りが見えてきて、アメリカの景気は停滞期を迎えようとしていた。資本家たちは新たな投資先を探してマーケットはまだ活発だったが、かつての勢いのあった時代とは違い、これといったものも見つからず、またアメリカを筆頭とする先進諸国はツギハギみたいな金融政策を連発したせいで、どの国もインフレに悩まされていた。


 そのインフレが生んだ格差は深刻な社会問題となり、持てるものと持たざるものの間で諍いが絶えない、そんな時代が来ようとしていた。政治家たちは美辞麗句を並べて、経済を復活させ弱者を救うと息巻いたが、どこにもそんな保証はなかった。底辺を彷徨う人々は病院に掛かる費用はおろか、その日の食費にも困る有り様だった。


 そんな時代に、SNSで大っぴらに、移民排斥と中国バッシングを繰り返していたスミスは世間の注目を惹いた。彼は国民が苦しんでいるのは、無能な政治家どもが弱者救済の名目で乱発した社会保障が原因で、移民こそがその癌だと声高に主張した。更には、台頭しつつあった中国経済を敵視し、今すぐにでも潰さないとアメリカの富が全部奪われてしまうと国民の警戒心を煽った。


 それは彼が言わずとも、どこにでもありふれた主張であり、よくネトウヨが鬱憤晴らしに書き散らしているような、そんな他愛もない戯言に過ぎなかった。しかし、そのネトウヨの戯言を、大統領経験者が大真面目に繰り広げているさまは、日々の暮らしに疲れ果てていた大衆のルサンチマンを刺激した。


 テレビを点ければセレブが目を吊り上げているから、みんな口には出来なかったが、心の底ではうんざりしていたのだ。自分たちの暮らしは苦しくなる一方なのに、どうして移民なんかに俺達の血税を使ってるんだ? 俺達の仕事がないのは、低賃金で奴隷のように働く中国人のせいだ。スミスの言葉に人々は熱狂した。


 もちろん、そんな暴言をポリコレが放って置くわけはなかった。すぐに彼の大統領時代の失策を材料に、人格否定キャンペーンを繰り返し彼を黙らせようとした。だが、以前の彼ならいざ知らず、そんなことで今の彼を止めることは出来なかった。他ならぬその世間からのバッシングが、彼を老獪な戦士に変えてしまっていたのだ。


 復活した彼は大統領時代の優男のような風貌はすっかり鳴りを潜め、静かな怒りを秘めた眼差しを湛えた老人へと変貌していた。その低音でしゃがれた声から発する言葉は重く、敵は必ず殺してやるという響きが込められていた。攻撃を受けた彼は寧ろそのポリコレたちの悪辣な手法を糾弾し、自分の大統領時代が上手く行かなかったのはみんなポリコレのせいだと反撃した。それは多分に真実を孕んでいたから、群衆はすぐに彼の味方になった。


 攻撃者は躍起になって彼を黙らせようとしたが、彼は決して黙ることがなかった。少しでも気に入らないと相手を徹底的に愚弄し、たとえ自分が間違っていても決して非を認めず、何の根拠が無くとも全てお前のせいだと断定して、逆に相手に非を認めさせようとした。


 まともな人間であればあるほど、彼がまともでないことを痛感していたが、それで黙ってしまうと彼の正当性を認めてしまうことになるので、敵対者はただ疲弊するばかりだった。そしてついに否定する者は居なくなり、彼が声高に勝利宣言をすると、彼の支持者は熱狂的に喜びの声をあげた。そして注目を浴びると、インフルエンサーやセレブがやってきて彼に媚を売り始めた。それまでのやり取りを見て、彼を攻撃するよりは味方に付けておいたほうが得だと思ったのだろう。彼は礼賛者たちを受け入れた。


 こうして支持者を得た彼は、以前彼を追放した政党とは逆の政党に取り入り、また大統領候補にまで上り詰めた。そして選挙キャンペーンが始まると、彼はあらゆる場面で勝利し、全ての激戦州を制して再選を決めたのだ。


 選挙中、対立候補はセオリー通りに、元大統領が犯した政治的失策を突いたのだが、今や彼が決して失敗を認めないということを、相手は学んでいなかったのだ。彼は相手に攻撃されるとこう言い返した。「前回はおまえのとこから出馬したんだろう。おまえらが足を引っ張ったんだこの野郎」そう言われてしまえば、ぐうの音も出なかった。


 そして大統領に就任した彼は、SNSで言い続けていたことを本当に実行に移した。すなわち、移民たちを捕まえて、国境の外へと追い立てたのだ。その哀れな姿はテレビカメラにしっかり記録され、世界中に拡散されたが、非難の声は殆ど聞かれなかった。思慮のある人々は反撃されるのを怖がったのだ。逆に支持者たちは、公約をすぐに実行した大統領を両手を上げて称賛した。


 長いこと自分たちを苦しめてきた移民をついに追い出すことが出来た。惜しむらくは、中国人を懲らしめることが出来なかったことだが、何故か奴らは内乱で自滅してるから急がなくてもいいだろう。


 支持者たちは大統領の強力なリーダーシップにウットリしていた。実際のところ、移民を追い出しても、中国が自滅しても、自分たちの生活は何一つ変わっていないのだが……でも、そんなのは些細なことだ。それよりも今は、新たに始まったアメリカンドリームに酔いしれていたい。


 我々は勝利したのだ。


「諸君! この勝利は君たちのものだ! 諸君は最高だ! 今日、集まってくれたみんなはグレートだ! 私のために集まってくれた、諸君を私は誇りに思う。ここに集まってくれた全ての志ある者たちに私は敬意を払うだろう。最高の君たちがステイツを偉大なる国へ、悪を打ち倒し、悪を打倒し、グレートなステイツを取り戻す主人公なのだ。聞いて欲しい。ステイツは愚かな前政権のせいで破滅の危機にあった。前政権のせいで権威は失墜し、前政権のせいで舐められ、今までステイツのお陰で儲かってきた国はそっぽを向いて敬意を払わなくなった。馬鹿な前任者が全てを台無しにしたからだ。だが、私が立ったからには全てがうまくいく。私は成功の秘訣を知ってるからだ。私だけがこの国を救うことが出来る。その方法とは、本来ステイツはグレートなのだ。ステイツが本来の力を取り戻せば、そもそも景気など悪くなるはずがなかった。景気が悪くなったのは、前政権が我々の力を他国に売り渡していたせいだ。前政権は綺麗事を並べ、国を他国に売り飛ばしていた。私は今こそ奪われたものを全て取り戻し、グレートなステイツを取り戻す。何故なら、ステイツはスーパーだからだ。スーパーとは、グレートのことだ。グレートなステイツを取り戻せば、世界は思い出すだろう。ステイツはグレートなことに。また同盟国は、ステイツの核の傘の下で平和を享受してきた。それなのに、私たちに寄生し、奪うばかりで、今まで感謝すらしてこなかった。こんなのが本当に同盟と呼べるのか。恩を受けたのなら感謝の言葉を口にするのが先だろう。前任者のせいで舐められてたのだ。今こそ、私たちは彼らに立場を分からせてやらねばならない。全ての国は、ステイツに感謝しろ! 20世紀21世紀の安全保障は、我が国のお陰だった。だからこの偉大なるステイツに、同盟国は感謝をしなければならない。セイ! サンキュー!」


 壇上の男が顔を真っ赤にし狂ったように叫ぶと、彼を取り巻くセレブたちもまた気が触れたように叫んだ。


「セイ! サンキュー!」


 するとドームに集まった10万を超える群衆も子どものように無邪気に叫んだ。


「セイ! サンキュー!」「セイ! サンキュー!」「セイ! サンキュー!」


 そんな光景を、各国から集まったテレビカメラが映し出した。世界中の人々はみんな頭を抱えた。


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません


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ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
https://hobbyjapan.co.jp/books/book/b638911.html
よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
えっ、これってノンフィクション!?
誰とは言わんが再現度高いなオイ
待ってました! セイ!サンキュー!
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