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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
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証拠と言われても……

 魔法研究所内にある有理の研究室で、わけも分からぬまま一晩中ゲームに付き合わされていた椋露地マナは、ヘルメット型コントローラーを乱暴に取り外すと、リクライニングチェアにどっと体重を預けた。


 ほんの少し前まで、一ヶ月もの間その世界に閉じ込められていたというのに、久しぶりに繋いでみたら、たった一晩がやけに長く感じられた。あの時と今とで、何がそんなに違うんだろう? と思いもしたが、それは多分、目的だろうなと彼女は思った。


 あの時は、閉じ込められた世界で否応なく生きていかなければならなかったから、生きるというのが最大の目的であり、無理をしないのがそのための指標となった。でも今回はレベルアップが目的なので、なんならポーションをがぶ飲みしてでも無理をするのがセオリーだから、根本からゲームスタイルが違ったのだ。


 こうなると普段からゲームばかりしているゲーマーと、普通の人間とでは疲れ方がまるで違った。なにしろ彼らの頭には効率よくmobを狩ることしかなく、どこかでゴブリンの群れを倒したと思ったら、もう探索魔法で次の群れを見つけて行動を開始しているのだ。そんな連中の後にくっついて行って、言われるままに魔法を打ちまくっていたら、疲れるのが当たり前だろう。


 MPが尽きるとはこういうことかと、マナは身を持って体感していた。そんなステータスは存在しないのだけれども……


 それにしても意外だったのは、こんな廃人どもの強行軍に、鴻ノ目里咲が苦も無くついていけてることだった。話をした限り、彼女は大分どん臭そうだったから、てっきり自分と同類かと思いきや、ゲームを始めるや否や生き生きと躍動し始めた姿には驚かされた。


 なんなら、普段からこのゲームをやり込んでいる有理や張偉よりも上手なくらいで、レベルを上げなければならないその有理を気にしながら、まごついているマナには的確に指示し、張偉と二人で敵に切り込んでいく姿はまるで別人だった。張偉にはさすが本職と言われていたが、そんな職業があるのだろうか……? よく分からなかったが、彼女のお陰で何度もピンチを脱したから良しとしよう。


 そんなこんなで、一晩中、有理につき合ってレベル上げをさせられていたわけだが、その間、肝心の彼はパーティーのタンクとして敵の攻撃を引き付けながら、なにやら色々と新魔法を作ろうとして試行錯誤していた。


 そして夜明け頃には、どんな攻撃にも耐えられる魔法を身に着け、何度かわざと攻撃を受けたりして、それを確かめた彼は満足そうに、


「それじゃ、ちょっと殺されてくるわ」


 と言ってログアウトしていった。


 どうも話に聞く限りでは、彼は過去の世界で何度も殺されてはループする体験を繰り返しているらしい。つくづくおかしな事件に巻き込まれる男であるが、今回も無事に乗り切れればいいのだが……


「まったく……一晩中、こんなことに付き合わされるなんて溜まったもんじゃないわ。取り敢えず、おつかれ。あんたも大変だったわね」


 そんなことを考えつつ、マナはヘルメットを脇に寄せて、その彼……の中に入っている里咲に声を掛けたつもりだった。すると、彼はまるで寝起きの人が目の焦点を合わせているかのように、目をパチパチと瞬かせてから、


「……ん、ああ……お疲れ様、椋露地さん……ここは? 二人が揃っているってことは、研究室か?」


 彼は本当に寝ぼけたかのようなことを言っている。それを見た張偉はすぐ何が起きたか察して、


「物部さん、もしかして戻ったのか?」

「ああ、たった今、犯人に刺し殺されてきたところなんだけど……こっちはまだ早朝なんだな。もしかして、今レベリングを終えたばかりなの?」

「ああ、そうだ。たった今、あんたと別れてログアウトしたばかりだ。物部さんが戻ったってことは、それじゃ高尾メリッサは助かったんだな?」

「俺がここにいるってことはそう言うことだと思うけど……詳しいことはこれから第三学生寮に行って、本人から直接聞いてみようか」

「ちょっと待ちなさいよ」


 有理が第三寮に匿われているはずの里咲のところへ向かおうとすると、堪らずマナが彼のことを止めた。


「あんたと違って、こっちはこれから学校なのよ。少しでも寝ておきたいんだから、そういうのは後にしてくれない?」

「あっ、そうか……俺とは時間感覚が違うけど、二人は一晩中ゲームした後だったな。それじゃ、話はまた放課後にでもしようか」


 有理はそう言った瞬間、自分も疲れを思い出したとでも言いたげに、盛大な欠伸をかましながらリクライニングチェアを倒し、


「意識したら俺も眠くなってきたよ。この体も相当疲れてるらしいから、午後まで寝ることにするわ。それじゃ二人共お休み」

「きったねえの……」


 張偉はそんな授業免除者の姿を見ながら愚痴をこぼした。マナは無言でその椅子を蹴飛ばしてから出ていった。


***


 その後、寮で仮眠を取ったあと、寝不足のまま学校へ行ったマナは、授業中に何度も船を漕いでは先生に注意されてしまった。クラスメートや生徒会役員共にも心配されたが、寝不足の理由を話したらまた変な勘ぐりをされると思って黙っていると、携帯の通知音が鳴ってその原因からIMが届いた。


 見れば、桜子さんと第三学生寮の屋上でバーベキューをやってるから、好きな時間に来てくれと、缶ビールで乾杯する二人の写真がついていた。入学当初は彼の境遇に同情もしたが、最近はやりたい放題だなと呆れていると、スクリーンを背後から覗かれ、生徒会役員共に結局からかわれる羽目になった。あれと同類と思われるのは本当に嫌なのでやめて欲しい。


 とはいえ、プライバシーを侵害された代わりに、彼女らにもこちらの事情が分かり、今日はもう帰っていいよと、早退させて貰えることになった。しかし、このまま帰って寝られるならいいのだが、どうせ有理に付き合うことになるのだから、殆ど変わらないのではないかと眉間に皺を寄せながら歩いていると、張偉に出くわした。


 あっちも丁度、待ち合わせ場所に向かっているところらしく、欠伸を噛み殺しながら、授業中少しは眠れたか? と問いかける彼に対し、眠れるわけないでしょと愚痴りながら、長い階段をひいこら上っていき、やっと屋上に着いたと思ったら、本当にそこでパリピがバーベキューをやっていた。


「あ、二人ともいらっしゃーい。うぇーい!」「うぇーい!」

「あんたらねえ……ここが学校だってこと忘れてるんじゃないの? 他の生徒だっているんだから、少しは自重しなさいよ」


 桜子さんと有理の二人は、真っ昼間っから缶ビールを傾けて、すでに顔が赤くなっていた。意味もなくハイタッチする二人に対し、呆れ果てたマナが目を覆っていると


「だって他に飲める場所がないんだもん。ていうか、遠慮してるからこうして隣のビルの屋上まで出張ってきてるんじゃん」

「俺達だって、外に行けるなら外に飲みに行くよ? それをその学校が駄目だって言ってるんだから、仕方ないじゃないか」

「そうだそうだ! 官憲の横暴だ!」

「まったく、いつまでこんな不自由な生活を続けなきゃならんのだ」


 酔っ払いどもは自分たちに都合のいい主張ばかり並べ立てている。頭にきたマナは反論をしようと口を開きかけたが、その時、背後から気配を感じ、彼女は振り返ってそれを確かめると、文句の代わりに自分が塞いでしまっていた屋上のドアの前を退きながら、


「あんたのせいで、もっと不自由な目に遭ってる人がいるんだから、我慢しなさいよ。ほら……出てきなさい」


 そう言って彼女が場所を開けると、ドアの向こうからおっかなびっくり屋上の様子を窺っていた、鴻ノ目里咲が姿があった。その後ろには、宿院青葉の姿も見える。


「あ、どうも……この度は本当にお世話になりました」


 完全アウェーの雰囲気を感じ、出るに出られず様子を窺っていた里咲は、マナに促されると、まるで居酒屋の御用聞きみたいな態度でペコペコ頭を下げながら屋上へと現れた。


 多分、青葉から支給されたのであろう真新しい学校指定のジャージに身を包み、髪はドライヤーをせずに眠ってしまったかのようにボサボサで、前髪が目に掛かって鬱陶しく、猫背で姿勢が悪いせいかスタイルも悪く見えて、ついでに腰が低いせいでやけに頼りなくも見えた。


 そこに居たのは確かに昨日ゲームの中で出会った美少女で間違いなかったが……こうして実物と会ってみると、あの時に感じたオーラがまるで感じられず、マナは首を傾げてしまった。あの時はその美しさに見惚れて、特別な友達が出来たことを密かに喜んでいたくらいであったが、今はそんな気持ちは微塵も感じなかった。彼女はマナより年上のはずだが、なんならそれより幼く感じる。


 因みに、それは中身が違うせいなのだが……どうしてこんなに雰囲気が違って見えるのだろう? とマナが不思議に思っていると、同じように感じていたのだろうか、張偉が彼女の顔をしげしげと見ながら、


「あんたが本物の高尾メリッサか。未だに信じられないんだが……本当に物部さんと入れ替わってたんだな」

「あ、はい。騙すような真似をしてすみませんでした」

「いや、気付けなかったこっちが悪いんだ。気にしないでくれ。でも、本当に入れ替わっていたのか? 何か証拠はあるのか?」

「え、証拠!? 証拠と言われても……」


 張偉は何の気なしに聞いたつもりだったが、言われた里咲の方はテンパってしまった。何か証拠と言われても、こんな前代未聞の出来事に証拠もクソもない。彼女はどうしようかと記憶をぐるぐると引っ掻き回していたら、はっと思いついて、


「えーっと、証拠、証拠は、えっと……あ、そうだ! ご立派なものをお持ちで……って、ああっ!」


 彼女はそれを口にした瞬間に後悔したが、気づいた時にはもう後の祭りだった。張偉はそう言われても、最初は何のことだか意味がわからなかったが、そのうち段々とその意味が分かってくると、みるみる内に顔が青ざめていき、


「あ……ああ……あああああ……ああああああああああ……」


 彼は両手に顔を埋めて言葉にならない声を発すると、そのまま屋上の端っこの方まで歩いて行って蹲ってしまった。


「大丈夫です! 大丈夫ですよ!?」


 里咲は必死に声を掛けていたが、余計に彼を追い詰めるだけだった。マナはそんな二人の様子を、胡乱な目つきで眺めていたが、やがて好奇心より眠気が勝ったか、思い出したように欠伸をしながら有理に向かうと、


「なんか知らないけど、まあいいわ。それより、そろそろ総括を始めてくれないかしら。こっちは早く帰りたくて仕方ないのよ」

「え? そうなの? お肉いっぱい用意してあるんだけど……」

「知らないわよ。いいから早く始めなさい」

「と言っても、何から話し始めればいいんだかね。椋露地さんは聞きたいことある?」

「そうね……」


 彼女は腕組みしながら、


「まず、あんたはどうやってループを抜けることが出来たのか。それから、どうしてパワーレベリングなんてしたのか。そもそも、彼女は何故狙われていたのか。入れ替わりはどうやって起きたのか? ……こんなところかしらね」


 有理は彼女に頷き返して、


「うん、そうだね。まず、彼女が狙われた理由については、今現在その犯人が取り調べられてるわけだから、それを待ったほうがいいだろうね。同じく、入れ替わりについても……今のところはまだ分からない」

「今のところはって?」

「ある程度、予想はつけられるかも知れない。でも確実な証拠はないから、それは憶測に過ぎない。憶測を仮説と呼ぶわけにはいかないでしょう? ……だから、それ以外について話していこうと思う。まずは、どうやって俺はループを抜けることが出来たのか、その切っ掛けから」


 そして有理は話し始めた。


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反応が青いな。超絶美少女にtntn見られるなんてむしろご褒美だろう ところで敵さんの組織力や本気度を思うに、屋上で呑みながらバーベキューしてる今なんて絶好の暗殺チャンスだと思うんだけど……
"張偉はどこかのタイミングでそれに気づいた瞬間、絶望することになるだろう……"の伏線がもう回収されてるw
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