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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
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研究室ではお静かに

 体育の授業で汚名返上したまでは良かったものの、ものすっごい睨んできたあの女子はなんだったのだろうか……? 疑問に思いながら教室に戻ってきたら、すると今度は、何故かクラスが揉めていた。


 見ればさっきの授業と同じように、クラスが半々に分かれて、なにやら揉めているようである。流石に里咲も、なんとなくこのクラスには派閥があるなと察してはいたが、それが急に衝突し出したのは何故だろうか。取り敢えず、巻き込まれないように大人しく自分の席に座ってようと思い、彼女はこそこそしながら席についたが……


 均衡が破れる時には、それなりの理由があるものである。着席するなり、隣の席の関が助けを求めてきた。


「あーん、パイセン、助けてくれよう。こいつらが俺のこと裏切り者、裏切り者って虐めるんだよう」


 関は里咲の背中に隠れて泣きべそをかいている。巻き込まないで欲しかったが、言うよりも先に、バッドなボーイズに取り囲まれていた。彼らはみんな憎々しげに彼女……というかその後ろにいる関のことを見下ろしている。映画とかだと、このあと殴り合ったり友情が芽生えたりする場面だろうか? そんなことを他人事みたいに考えながら対応する。


「どけよ、物部。俺たちそいつに用があるんだ」

「まあまあ、まずは理由を聞かせてよ」

「お前には関係ないだろ」

「そんなこと言わずに」

「すっこんでろ」


 男はけんもほろろな態度で、まったく取り付く島がない。何を言っても黙ってろと返されるので、里咲はどうしたら話してくれるだろうかと困ってしまったが、しかし彼はその後何事もなかったかのように、すぐに理由を話してくれた。語彙力……と思いながら、彼女は黙ってそれを聞いた。


 それで判明したところによると……どうやら、このクラスは入学した当時から、日本系のグループと中国系のグループとで覇権争いを続けているらしかった。彼らは日頃、どちらがこのクラスの中心なのかと競い合っていたようだが、ところが最近、関がグループから抜けて、中国人の張偉と仲良くしているから、みんな苦々しく思っていたようだ。それでたった今、関はどっちにつくのかと詰められていたらしい。アナルの締りが良い、もとい、ケツの穴がちっちゃい奴らである。


 余談ではあるが、それは今日、彼女が有理の体で無双したせいだった。普段なら気にも留めない相手が、いきなり活躍したので刺激してしまったのだろう。因みに、中国系グループも同じ理由で張偉のことを責めていたようだが、


「知るか。俺は物部さんと友達だから、いつも一緒にいるだけだ。そこに関が勝手に絡んでくるんだよ」


 といって軽く収めていた。彼は中国グループのリーダー格のようだから、それでまとまったようであるが……となると、全ての元凶は関にあるということになる。なんとか言えよと、クラスメートの視線を一身に浴びた関は里咲の背中に隠れながら、


「だって、二人が研究所でやってるゲームが、面白すぎんだもんよ。いや、マジで凄いんだから。お前らだってやってみれば分かるっての」

「そうなのか?」


 日本人グループが聞いてくる。里咲は、ゲームってあれだよねと思い浮かべながら、


「うん。面白いね。気がつけば時間を忘れて夢中になっちゃう」

「そうなんだよ! だから別に俺はやつと仲良くなったわけじゃないんだって。そうだ! お前らもこれから研究室行ってやってみろよ。そしたら分かるから。パイセンもいいだろ? な? な?」

「え? うん、いいよ。みんなでやったらもっと楽しいんじゃないかな」


 関は必死の形相で懇願してくる。面白そうだと思った里咲が承諾すると、張偉の方は、え? いいのか? と驚いていたようだったが、


「……まあ、物部さんの研究室だから、俺がとやかく言うことじゃないか」


 ということで、放課後はクラスメートたちみんなで、あのVRMMOの世界で遊ぶことになった。


***


 放課後になり、みんなでぞろぞろと研究塔へ入っていったら、いきなり現れた学ラン集団に守衛が眉を顰めていた。煩くしませんからと約束してカードキーを受け取り、サーバールームに入っていくと、例のAIが勝手に挨拶を始めて、驚いたクラスメートたちが早速騒ぎ出した。自分の声だから、なかなか慣れない。


 部屋は3人だと広すぎるくらいだったが、流石にこの人数では狭かった。かといって外に出したら苦情が来そうだからギュウギュウ詰めの中でゲームを始めると、そこで起きた現象を見た彼らは怒号のような歓声をあげた。


 まあ、気持ちは分からなくもない。アニメや漫画の中にしか存在しないはずの、本物のフルダイブ型VRシステムがそこにあるのだ。実際に、オンラインに繋がった者は、今まさにそれを体感しているわけだから、驚きもひとしおだろう。彼らは次は俺、次は俺とヘルメット型コントローラーを奪い合い、次々とゲーム内にダイブしていった。


 そうして全員が一回りした後、インストラクターとしてゲームに繋いだ関が魔法を使ったりモンスターを倒したりして見せると、騒ぎは最高潮に達した。みんな、自分も魔法を使ってみたいと言うのだが、残念なことにコントローラーは3個しかないから一斉には入れず、順番待ちのクラスメートたちがオフラインで別のゲームを始めたり、飲み物買ってくると言って勝手に部屋の出入りを始めると、コンコンと研究室のドアがノックされ、


「生徒会です! うちの生徒がこちらで迷惑を掛けてるって苦情が来てるんですけど!」


 生徒会が怒鳴り込んできた。


 流石にこれだけ騒いでいては申し開きも出来ず、慌てて謝罪に出てみれば、なんとそこにいたのは例の睨みつけ女生徒で、


「物部有理! 申請していない部活動は禁止だって前に説明したでしょう!? なんで私が同じことで呼び出されなきゃなんないのよ!!」

「ひっ……ひいいぃぃーーっっ!! ごめんなさーーいっ!!」


 彼女は小さい体に不釣り合いなほど大きな声で、キャンキャン怒鳴りつけてきた。その雰囲気ですぐに察したが、どうやら彼女とこの男は知り合いだったようだ。怒られた里咲が小さくなっていると、室内にいたヤンキーどもが、


「ちっ、ガタガタうっせえな。生徒会長がそんなに偉いのかよ」

「なんですってえ」


 里咲を睨みつけていた生徒会長は、口を挟んできたヤンキーをロックオンすると、


「あんたの顔は覚えたわよ」

「なにィ?」

「もういっぺん同じこと言ってみなさいよ! ……この人の前で」


 そう言って彼女はドアの前から半歩ずれた。すると、おっかなびっくり部屋の中を覗いている生徒会役員共の更に後ろから、体育教師の鈴木先生がぬっと現れ、


「……貴様らあ……先生、他所様に迷惑を掛けるんじゃないと、毎日言ってるのに……まあだ、わからんかあああ!」

「げええ!? 鈴木ぃーーっ!?」

「全員そこに並べ! その精根叩き直してやるわっ!!」


 そして飛び込んできた鈴木先生によって、サーバールームは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。里咲は今までの人生の中で、見たことのないような暴力を目の当たりにし、隅っこで震えていることしか出来なかった。


 鈴木が腕を振るうたびに、ヤンキー共が紙吹雪のように舞っていく。そして吹き飛ばされたヤンキーがサーバーラックに衝突するたび、張偉が真っ青になってやめてくれと叫んでいたが、先生はそんな彼もろとも問答無用で叩きのめすと、最後は江戸時代の下手人みたいに全員をロープで数珠つなぎにして部屋から引きずり出していった。


 部屋の外から、ご迷惑して申し訳ございませんという大げさな声が聞こえてくる。全員、土下座でもさせられているのだろうか、くぐもった声が生々しい。一人取り残された里咲が空っぽになった部屋の中で呆然とその様子を窺っていると、突然、彼女の足に鋭い痛みが走り、


「あいたーっ!?」


 見れば生徒会長が鬼の形相で仁王立ちして、里咲の足を踏みつけていた。彼女は涙目の里咲の襟首をぐいと掴むと、くっつきそうなくらい顔を近づけて、


「あんたねえ……昨日はなにしてたのよ! 私との約束忘れたの!? おまけに、こんな大勢を巻き込むような真似して、もしこいつらが全員、魔法を外に持ち出したらどうするつもりだったのよ。頭いかれてるんじゃないの!?」


 生徒会長は、その迫力のある形相とは対象的に、里咲にしか聞こえないくらい小さな声でそんなことを言ってきた。しかし、何のことかさっぱりわからない彼女が返事も出来ずにまごついてると、会長は怒りを込めて、踏んづけていた足にもう一度体重を乗せて、


「すぐチャット見なさいよ。いいわね? 今日もすっぽかしたら今度こそ本気で殺すからね」


 彼女は掴んでいた手をまるで殴るように突き放すと、ドスドスと足音を立てながら部屋から出ていった。なんで彼女はあんなに怒っているんだろう……? 理由がわからない里咲は、その後姿をただ恐怖に震えて見送るしかなかった。


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