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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
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未来へのメッセンジャー

 新宿の展望レストランで、首尾よく宿院青葉との再会を果たした有理は、これまでに起きた出来事をくまなく彼女に話した。仮想空間で寝て起きたら、気がついたら高尾メリッサになってしまっていたこと。今日死ぬ運命にある彼女を助けようとしたが、不思議な強制力みたいなものに殺されたこと。おかしいと思ったら、それはどうも何者かの意思が介在しているらしいこと。それに抗おうとして学校に保護を求めようとしたら、今度はその敷地内で自衛官に射殺されたこと。


 流石にこれには彼女も困惑を隠しきれず、


「あの学校で自衛官に襲われたですって? いくらなんでも、そんなはずありませんよ。なんだかんだ言って、あそこは政府の機密機関ですから、職員もそれなりの面子が揃っているんです。もちろん、配属前にはちゃんと身辺調査がされていて、もしおかしな交友関係でもあれば除外されているはずです」

「でも、本当なんですよ。俺も寝耳に水っていうか、まったく想定外だったから1ミリも動けませんでした」

「信じられない……考えられるとしたら、ごく最近、何者かに弱みを握られた職員とかですかね……正直、考えたくないんですけど」

「よくわかんないんですけど。外部から入ってきた人間が自衛官のふりをしていたとかは?」

「仮にそうなら、どうして詰め所の中にいたあなたを、他の職員の目をかいくぐって、ピンポイントで殺せたんです?」

「それもそうですね……」


 難しいと言うより、ぶっちゃけ無理だ。となると、やはりあの時の自衛官は、元からあの施設内に勤務している人物ということになるが、


「なにか容貌に目立った特徴があったりとか、思い出せません?」

「いや、本当に一瞬だったから、殆ど覚えてないんですよ。ただ、割と年配だったかなあ……30代後半から50代前半までありそうな。流石に範囲が広すぎますか」

「いえ、それ結構重要な証言ですよ。それが本当なら、それなりの階級についてる人間ってことになります。そんなの……とても信じられませんね」


 それなりの階級ということは、それなりの勤続年数があるということだ。もしそんな人間がいたら、とっくに気づかれていなければおかしいだろう。


 以上を踏まえると、ますます相手が何者であるか分からなくなってくる。いっそゲームみたいに、量子論的な確率の収縮とか言われたほうが信じられるくらいだ。青葉はため息混じりに続けた。


「この件については、これ以上ここで考えてても仕方ないでしょうね。後のことは私達に任せてください。それで、その後、物部さんはどうなったんです?」

「それが前回だったんですけど……徃見教授を頼ることを思いついて、東大の教授のゼミに行ってみたんですよ。で、そこで知り合った学生さんとやり取りしているうちに、宿院さんの連絡先を見つけまして、こうしてコンタクトを取ってみたわけです」

「そうですか……前回っていうことは、また?」

「ええ、殺されました」


 有理はなんてことなくその言葉を口にしたが、青葉は若干引き攣った顔をしていた。この短期間に何度も殺されたせいで慣れてしまったが、普通に考えればかなり異常なことである。そろそろ自分もおかしくなってしまっているのかも知れない。


 だから今度こそ、このループを抜け出さなくてはならない。そのための鍵を、眼の前の彼女が握っているのだ。


「それで宿院さんには、この状況を打開するために協力して欲しいんです。お願いできませんか?」

「それは是非もありませんよ。私はあなたのお目付け役みたいなものですからね」


 面と向かって言われるのは初めてだが、やっぱりそうだったのか……彼女は続けて、


「それで私は何をすればいいんです?」

「まず、徃見教授に連絡して、今からゼミを開けてくれるよう頼んで貰えませんか」

「これからですか?」

「はい。これも前回ループで発見したことなんですけど、教授のゼミにあのヘルメット型コントローラーがあるんですよ。そこで前回、試しに使ってみたら、あのゲームの世界に入ることが出来まして……それも驚いたことに、繋がった先は、今この時間じゃなくて、数日後の未来だったんです」

「未来にですって!?」


 青葉は驚きの声をあげている。まあ、それが当然の反応だろう。


 何故なのかは分からないが、今の有理があのゲームにログインすると、未来に繋がるようなのだ。吉野の予想では、それは有理の本物の体が未来にあるからじゃないかという話だったが……つまり、それが今回の秘策というわけである。


「俺は今からあのゲームにログインするんで、宿院さんは、未来へのメッセンジャーになってくれませんか」


***


 青葉の運転する車に乗って本郷のキャンパスへ行くと、ゼミの前であの吉野が待っていた。どうやらすぐには来れない教授の代わりに使いっ走りにされたらしい。彼女にドアを開けてもらい、中に入って作業を始めたら、興味があるのか色々話しかけてきたので、包み隠さず全部話した。


 もちろん青葉は止めようとしていたが、彼女の人となりは既に知っていたので問題ないと思い、なんなら前回はお互いにアドレスを交換したんだと言って、スマホを見せてやったら、会話ログを見て驚いた彼女が、自分のスマホを確かめながら、


「……こっちには無いわね。もしもあったら、あなたの死に、私たちまで影響を受けてるってことになりかねないものね……興味深いわ」

「さすがにそこまでではなかったみたいですね。しかし……この現象って本当になんなんですかね?」

「さあて? 憶測を仮説と呼ぶわけにはいかないわ。それにしても、物部有理。話には聞いていたけど、次から次へとまたけったいな事件に巻き込まれてるわね。出来れば替わって欲しいくらいだわ」

「いいんですか。何度も死ぬんですよ?」

「それは……嫌ね」

「あのー……お二人共、話が弾んでるところ申し訳ないんですけど、そろそろ私のやることについて説明していただけませんか?」


 有理が吉野と会話しながら作業を進めていると、一人蚊帳の外だった青葉が話しかけてきた。有理はそのまま作業する手を休ませずに、


「あ、はい。繰り返しになりますが、まずは少し遡って……俺は今から数日後の未来、このゲームで遊んでいたところ、気づいたらこうして過去に戻って高尾メリッサになってしまっていました。きっと彼女を助けることが出来れば未来に帰れるんだと思って、彼女の死を回避しようと行動を始めたんですが、ところがいくら行動を変えてみても、事故や事件、ついには謎の勢力まで出てきて殺されてしまった。もしかしてこのループからは一生抜け出せないのかとも思ったのですが……


 でも、いま思い返してみれば、俺は未来で彼女の姿を目撃していたんですよ。実は死んだと思った彼女は、ちゃんと生きて今日を乗り越え、学生寮に匿われていたんです。つまり、彼女が生き延びる方法は必ずあるわけです。


 そこで、宿院さんの出番です。さっき言った通り、これから俺がここの機械を使ってゲームにログインしたら、また数日後の未来に繋がると思うんですよ。そして、そこには今日を生き延びた高尾さんが居るはず……


 ですんで、宿院さんはそこに匿われている高尾さんと会って、どうやって今日を乗り越えることが出来たのか? 聞いてきて貰えませんか。そして、今からその未来へ行く俺に、その方法を教えて欲しいんです」


 青葉は理解したといった感じに頷いた。


「なるほど、それで未来へのメッセンジャーってわけですか」

「でも、それって矛盾が生じない? あなたは未来の高尾メリッサの情報がなければ生き延びられない。でも、そもそもあなたが生き伸びられなければ情報は得られない。情報が先か、生存が先か。鶏が先か、卵が先か。よくある因果律のジレンマってやつよね」


 話を聞いていた吉野が横槍を入れる。有理はそんな彼女に頷き返して、


「そうですね。もしかするとこの方法は無理かも知れない。でも、だからってやらない理由にはならないでしょう? やって上手くいったら儲けもので、やらずに後悔するよりよっぽどマシです。それに、仮に失敗したところで、どうせ俺が死ぬだけですから。そしたらまた別の方法を試せばいいんです」

「そう……ね。そうかも。つまんないことを言ったわ。忘れてちょうだい」


 有理がケロリとした顔でそう言うと、吉野は肩をすくめて軽口を詫びた。行動するのは彼なのだ、命を張っている相手に軽率な言葉を口にするべきではないだろう。


 有理は最終調整を終えるとヘルメットを被り、


「さて……それじゃ、本当に上手くいくか分かりませんが、ちょっくら未来に行ってきます」


 そうして彼はゲームにログインした。


 いつものように眼の前がグルグル周りだして、唐突に眠気のような感覚に襲われる。ふわふわとした浮遊感に漂いながら、朦朧とする意識が次第にはっきりしてくると、さっきまでボヤケていた視界が徐々にクリアになってきて……そして有理は、またあのだだっ広い草原の中に立っていた。


 どうやら、今回もまた秘密基地の中にログインしたようだった。しかし周辺の様子を窺ってみると、よく見ればそこには前回と違って別荘が建てられていて、地形をエディットして出来た丘や、適当な木々を植えた前庭と魚が泳ぐ池があった。どうもあれからまた少し時間が経った後らしい。


 どのくらい後なのかなと思いつつ、そういえば青葉と待ち合わせ場所を決めてなかったけど、どこに行けばいいんだろうか……? いや、これから過去に戻って決めればいいのか。あれ? でも、その場合もどこに行けばいいんだ? などと、思考の無限ループにハマりかけていた有理が何気なく家の中に入っていくと……


「あれ?」


 家の中に動く人影があると思いきや、そこにいたのは宿院青葉ではなく……何故か張偉と椋露地マナがいて、更にもう一人、まったくもって意外な人物が待っていた。


***


 一方……ゲーム外では有理がログインしてから数時間が経過していた。


 まるでちょっとそこまでと言わんばかりに、軽い口調で入っていったから、てっきりすぐに戻ってくると思っていたが……何もリアクションが無いまま時間だけが過ぎていき、外に残された二人はそろそろ不安になってきていた。


 このゲームは本当なら、プレイ画面が外からモニター出来るようになっているのだが、今はディスプレイが真っ黒のままだった。考えても見れば、彼が繋いだゲームの世界は未来にあるのだから、見えてしまってはおかしなことになるのかも知れない。


 そんなことを考えつつ、まんじりともせず彼の帰還を待ち続けていた青葉は、もしかしてこの時間軸の彼と同じように、ゲームの中に閉じ込められてしまったのではないかと不安になっていたが、ついに夜が明けて空が白み始めた頃、ヘルメットを被る有理の体がピクリと動き、ようやく彼は帰還した。


「どうでした?」


 戻ってきた彼はまだ視界が定まらないのか、暫く呆けたように辺りを見回していたが、やがて意識を取り戻すと青葉の声に答えた。


「それが宿院さん……なんかおかしなことになってて……」


 彼は浮かない顔をしている。もしかして、上手く行かなかったのだろうか。だとしたら、彼はまたこれから理不尽な死を迎えなければならないので、その表情も頷けるのだが……


 しかし、青葉がなんて声を掛けたら良いだろうかと躊躇っていると、ふいに有理はにやりとした笑みを浮かべ、


「でもそれは、今日を乗り越えてから考えましょうか?」


 彼はそう言ってサムズアップして見せるのだった。


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