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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第一章:物部有理は魔法が使えない
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異世界人技能実習生の桜子さん

 管理人から渡された鍵の部屋までやって来たら、何故かその中に半裸の女性がいた。桜子と名乗るその異世界人は、まるでここが自分の部屋であるみたいにくつろぎ、冷蔵庫の中にあったビールを勝手に飲んでいた。その無法な姿勢もさることながら、その名前もやけに気になった。取りあえず、どこから突っ込んでいいかわからないから軽くジャブを打つ。


「はあ……桜子さん? そりゃまた古風な名前ですねえ」

「まあね」


 白髪で、西洋人っぽい見た目の彼女には、似合わないような、そうでもないような、そんな感じである。もしかして嘘をついてるんじゃないか? と思いもしたが、嘘をつく理由もないので、多分本当なんだろう。ところで、どうして彼女はここにいるのだ? その辺のところを尋ねてみたら、


「なんでここに居るのかってのは……あ、ビール取ってくれる?」


 続きは課金しないと見れないエロサイトみたいなことを言い出した。釈然としなかったが、どうせ自分の物でもないし、冷蔵庫からビールを一本取り出して渡すと、彼女はそれを美味そうにゴクゴク飲みながら窓際の方へと歩いていき、こっちへ来いとばかりに手招きした。


 なんだろう? と有理が近づいていくと、彼女は窓の外を指差しながら、


「ほら隣、工事やってるじゃない? あたし、あそこの現場仕切ってんだよね」

「あ、建設会社の人でしたか。現場監督?」

「親方って呼んでくれる? あたし、これでも大工の棟梁なのよ」

「え? 冗談でしょ?」


 こりゃまた似合わない。彼女がつるはしを握ってる姿を想像して、あまりの似合わなさに苦笑を漏らしていると、


「嘘じゃないってば。ほら、あたしらっていざとなったら空飛べるわけじゃない? それに、あんたたちと違って力持ちだし、鳶職って天職なのよね」

「ああ……」


 言われて思い出したが、異世界人は華奢に見えるが、実際にはものすごく頑丈で、しかも漏れなく魔法が使えるのだ。もっとも、副産物がヤバいから魔法を使うことは禁止されているのであるが、それを差し引いても、ガテン系の仕事で彼らの右に出るものはいなかった。


 お陰で、元々のブルーカラーとの間で軋轢が生まれ、面倒くさいことになっているそうだが……


 それはともかく、彼女が鳶の親方というのは本当のことだろう。異世界人は寿命も長いそうだから、見た目通りの年齢とは限らないはずだ。初対面の女性に年齢を聞くのはあれだから黙っているが、こう見えて100歳なんてことも十分あり得る。そんなことを考えていると彼女は続けて、


「実はこの寮を建てたのもあたしなのよね。だから勝手知ったる他人の我が家ってわけ」

「あ、そうだったんすか。ありがとうございます」

「それでね? 続けてそこの現場に移ったわけだけど、家に帰るの面倒くさいじゃない? ここって駅から遠いし」

「はあ……そうっすねえ」

「で、見たら隣に誰も住んでない空き家があるじゃない。全室シャワー完備。電気も通ってる。あ、ちょうどいいやって、ここで暮らしてたのよ。そしたら、一ヶ月くらい前から人が入居してきたから、そのうちここにも誰か来るかなあって思ってたら、今日君が来たんだよね」

「あんた無茶苦茶しますね……」


 ナチュラルに法を犯すそのアンタッチャブルな所業にツッコミを入れる隙がなかった。違法だ犯罪だと騒ぎ立てて逆に開き直られると怖いから黙っておく。


 それにしても見た目の可憐さから第一印象は素晴らしかったが、公募価格からストップ安を続ける新興企業みたいに残念な女である。しかも彼女の上場詐欺っぷりはこれに留まらなかった。


「ま、そんなわけだから、これからよろしくね」

「……はあ?」


 よろしくって、まさかこの女、このまま居座り続けるつもりじゃないだろうな? 流石にそれはないだろうと思ったが、どうも冗談じゃないらしく、


「完成したらたら隣に移るからさ、それまで頼むよ。後もう一軒建てる予定なの。今年中に」

「いやいやいや、何言ってんの、あんた!? 駄目に決まってんだろ」

「そこをなんとか」

「駄目だって言ってんだろ! 人が入ってきたなら出てけよ。それか、どっか他にも空き部屋あるだろ?」

「ここ、職場の目の前で通勤1分掛からないし、住心地良いんだよね。ビールもさ、もうこんなキンキンに冷えちゃってるし」

「知らねえよ! つーか他人の冷蔵庫占拠してんなよ!」

「ところがどっこい! この冷蔵庫、あたしのなのよ。至れり尽くせりの寮だけど、冷蔵庫だけは無かったんだよね」

「何私物まで持ち込んでんの!? じゃあもういいよ。それ持って出てけよ、さっさと!」

「えー、お願いだよー……オナニーするときはちゃんと出てくから、ね?」

「バッ……あんた、何言ってんの!? そんなことしないからね! 気なんか使わなくていいんだからね!」

「あれ、もしかして見てて欲しい系? しょうがないにゃあ」

「もうやだホントこの女……」


 二人がそんな押し問答をしているときだった。天井のスピーカーから、キーンとノイズが走って、続いてアナウンスが流れてきた。


『食堂から連絡です。あと10分で食堂を閉めます。まだの人は速やかに夕食を取ってください。食堂から連絡です……』


 それを聞いて時計を見たら、もう結構な時間が経っていた。確か食堂は案内人の鈴木が絶賛していた施設である。それを思い出したら腹がグーと暴れ出した。


 そういえば、今日は朝から部屋に立て籠もったり、1日中移動したりして、何も食べていなかった。流石に丸一日メシ抜きはきつい。どうしようかと迷っていたら、


「ほらほら、早く行かないと食堂終わっちゃうよ。ここの食堂、美味しいって評判だよ」


 彼女は話を切り上げたくて仕方ないといった感じでニヤニヤしている。鼻の穴がピクピクしてるのが非常にムカつく。意地でも言うことを聞くものかと思ったが、しかし、これを逃したら食いっぱぐれてしまうのも本当である。有理はギリギリと歯ぎしりしながら、


「ええいっ! 俺が帰って来るまでに、部屋片付けて出てく準備しとけよ?!」

「ごゆっくり~」


 彼女は純真無垢な少女のように弾ける笑顔でパタパタ手を振っている。本当に清々しいくらい美しいのがムカついた。叩きつけるようにドアを閉め、肩を怒らせ食堂へ急ぐ……ところで食堂ってどこにあるんだ?


***


 一階ロビーでウロチョロしている人の流れから当たりをつけ、滑り込みセーフで辛うじて残り物をゲットしてがらがらのテーブルに持っていくと、何故か広い食堂のずっと端っこの方からヤンキー集団がメンチを切って来た。怖い。


 昼間目撃した時も何となく感じたのだが、どうもここのヤンキー共は二組に分かれて抗争中らしい。多分、どっちがこの学校の主導権を握るかを争っているのだろう。どうせシャバには出ていけないのだから、どっちでもいいだろうに。猿山の猿にもちゃんと序列があるというから、第三のチンパンジーたる彼らもそうせずにはいられないのだろうか。


 時折、背後から聞こえてくる怒鳴り声を警戒しながらだと、食事は殆ど味がしなかった。腹を満たすだけのかき込むような早食いで、トレーを返すと、音を立てないように食堂を後にする。


 部屋に戻ると室内は真っ暗だった。あの異世界人、やっと出ていったかとホッとしたのもつかの間、備え付けのベッドの上でゴオオゴオオと盛大なイビキを立てていた。ちょっと待って欲しい。こいつ、本気でここで暮らすつもりなのか?


 叩き起こしてやろうかとも思ったが、なんとなく気が引けた。何しろとんでもなく美形なのだ。ガラス細工みたいで触れたら壊れてしまいそうだった。きっと、この世の全ての男が彼女に恋をするだろう。そのくらいの説得力があった。


 でもそれでいてドキドキするかといえば、全然そんなことはなかった。名画に欲情する馬鹿はいない。もしくは洋物ポルノのがっかり感みたいなものだろうか。人は案外人種が違うというだけで、何かがしっくりこなくなるものだ。ましてや彼女とは世界が違う。文字通りの意味で。


 その幸せそうな寝顔を見ていたら何もかもが馬鹿らしくなってきた。どうせ、ここに長居するつもりはないのだ。彼女を追い出すのではなく、さっさと自分が出ていくことを考えた方が建設的だろう。


 有理はそう思うと、床にごろりと寝っ転がった。疲れていたみたいで、すぐに眠くなってきた。こんな生活はいつまでも続かないだろう。身体がもたない。精神も。続いてたまるものか……


 イライラとそんなことを考えている内に、いつの間にか眠りに落ちていた。


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