表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
122/239

まだ清い体でいたいんだ

 自分の身に起きている不可解な出来事の、その情報量の多さに圧倒されて、里咲はもう考えるのをやめた。


 考えたところで自分の頭では到底解決しそうもなかったし、少なくとも今はパニックになっている時ではない。もしこの体の中に別人が入っていることに気づかれたら、何が起きるかわからない。まずは落ち着いて打開策を見つけ、然る後に行動を起こしても遅くはないはずである。


 大丈夫、自分は声優……演じることのプロなのだから、そう簡単に気づかれることもあるまい。


 里咲はそう思って二人にバレないように振る舞い始めたのであるが……このフルダイブ型MMOの世界は思ったよりもずっと楽しかった。


「うひょーっ! お宝ざっくざくやでえ!」「物部さん、そっち行った」「あいよっ、イル ファイロ!」「ナイスだパイセン。俺の(エクスカリバー)を喰らえ」「このこのおおーーっ!」


 ゲームを始めて、最初のうちは何も分からず手探り状態だったが、そのうち自分が二人よりもレベルが高いことに気づき、二人が使える魔法は粗方使えることに気づいたら、後は早かった。


 どっちかが使った魔法の詠唱を、そっくりそのまま真似したら、同じ効果が出るのだから、こんなに簡単なことはない。それによく使う魔法は2~3個あれば事足りるから、思ったよりも覚えることは少なかった。物理攻撃の方もシステムの補助が効いているのか、ああしたいこうしたいとイメージすれば、体が勝手に動いてくれるから、慣れてしまえばもう戸惑うことは何もなかった。


 最初はあの分厚くて文字だらけのヘルプを読まなきゃいけないのかとうんざりしていたが……しなくて済んだ今はゲームが楽しくて仕方がなかった。


 そうして充実した時間を過ごしていると、グーッとお腹が鳴り出して、


「そう言えば、そろそろ下校時間だな。今日は食いっぱぐれないように、早めに切り上げようぜ」


 里咲がお腹を空かしていることに気付いた張偉の提案で、三人はゲームをやめて食事に行くことになった。ほんのちょっと名残惜しいが、背に腹は代えられない。


 またあの秘密基地を経由して、サーバールームで目覚めると、三人はヘルメットを取って部屋を出た。そこはどこかの研究施設の一角にあったらしく、張偉に言われるまま、フロントみたいなところにカードキーを持っていくと、制服を着た警備員にご苦労さまですと頭を下げられた。どうやら里咲はあの部屋の主だったらしい。


 建物から出ると、大学のキャンパスみたいな広大な敷地が広がっていて、どこに行くのかな? と思っていたら、どうやら三人とも同じ学生寮で暮らしているらしく、街路樹の立ち並ぶ舗装された道路を数分ほど歩いていくと、やがて12階建ての近代的なビル郡にたどり着いた。


 隣にもその隣にも同じビルが並んでいて、更にもう一棟が建設中のようである。玄関は全面ガラス張りになっていて、中のロビーが見えている。どこかのオフィスかと思ったが、ここが学生寮らしい。何気なく聞き出した情報によれば全室シャワー完備の個室らしく、とんでもなく恵まれているなと驚いていたら、出てきた料理が信じられないくらい美味しくて、もっと驚いた。


「うまっ! うまああーっ!! うまあああーーーーっっ!!!」


 3種類の献立から選べるというシステムにも驚いたが、なんとなく選んだトンカツの美味さには白目を向いた。衣のサクサク加減も完璧なら、なんとこの肉、口の中で溶けるのである。そのラードがシャリを包む甘さたるや、ソースをかけることさえ野暮に思えて、美味い美味いと舌鼓を打っていたら、そのリアクションが良かったのか、シェフが厨房から出てきてこれも食えあれも食えとどんどんサービスしてくれた。出てくる料理の数々に、舌だけでなく、脳まで溶けそうである。


 まさか食事でショック死しそうなほどの衝撃を味わうとは思わず、暫しロビーで放心した後、話の流れで大浴場で汗を流すことになった。なんとこの学生寮、部屋にシャワーがついてるくせに、そんなものまであるらしい。ここは是非、裸のお付き合いをせねば、ぐふふふ……と二人を誘えば、張偉はすぐ応じてくれたのに、関はなんだかんだ言いながらゴネていた。


 脱衣所で男子の着替えをネットリ観察した後は、腰にタオルを巻かずにあれをブラブラさせながら湯船にダイブした。女子だったらこんなことは出来なかったであろう、なんという開放感だろうか。


 湯船に浸かると口から自然と、あ゛い゛ーとか、う゛え゛ーとか、江戸っ子みたいな声が出てきた。女子には出せない野太い声が腹に響いて面白く、腹筋を意識しながらアエイウエオアオと発声練習していたら、張偉が、


「なにしてるんだ?」


 と隣に寄ってきた。男同士だから、まったく隠す素振りがない、男同士だから、まったく隠す素振りがない。ちらり覗き込んでみれば、見事なシックスパックである。下腹部のなんかその辺も見事である。自分のと、どっちが大きいかなあ? と見比べていたら、気づけば、何故か関が遠くのほうで縮こまっている。


「おい関、なんでそんな端っこいるんだよ。お前もこっちこいよ」

「俺はいいんだよ」


 関はなんだか歯切れが悪い。お調子者の関くんらしくない。よく見ればけしからんことに、腰にタオルを巻いているから、


「君きみ、タオルを湯船に入れるのはマナー違反だぞ? それを取りなさい」

「バカ、やめろよ!」

「警察だ! タオル違反の現行犯で逮捕だ逮捕だ!」

「やめろっつってんだろ!?」


 クロールで近づいていってタオルに手を伸ばしたら物凄い勢いで回避してきたので、なんだかテンションが上ってきてしまって、二人でバチャバチャと湯船をかき混ぜていたら、それまで黙って浸かっていた張偉が不機嫌そうに立ち上がって、


「ええいっ、鬱陶しい! おまえもいい加減に観念しろ」


 目の前を通り過ぎようとした瞬間、張偉が有無を言わさぬスピードで関のタオルを引っ剥がすと……するとベールの向こう側からボロンと……本当にボロンと効果音が鳴るかのような勢いでご立派が(まろ)び出てきた。


「OH! U・TA・MA・RO!」

「ぎゃああーーーっ!! 見んなバカ! 見んなバカ! ふざけんなよ、張!!」


 ネイティブな発音で下腹部をガン見する里咲を蹴り飛ばしながら、関は涙目で張偉に抗議する。


「……すんません。関さん」


 張偉は首を竦めるようにしてちょこんと頭を下げると、腰にタオルを巻いてから、湯船の端っこの方へ行って縮こまってしまった。


 その日から暫くの間、関は男子からさん付けで呼ばれるようになった。


***


「眼福眼福」


 関が怒って帰ってしまったので風呂を出て、自販機のコーヒー牛乳を飲んでまったりしてから部屋へと戻った。部屋の場所が分からなかったが、何気なく張偉に尋ねたら、特に怪しまれもせず教えてくれた。どうやら、他のことで頭が一杯だったようである。


 最上階だと言うのでエレベーターを待っていたら、何でか知らないが大浴場に来た他の学生たちから次々と挨拶された。まだキャラクターが読み込めてないが、どうもこの体の持ち主はここでは有名人らしい。ボロが出ないように気を引き締めなければ……


 エレベーターに乗っていると他の階はどこもかしこも動物園みたいにうるさかったが、最上階にたどり着くと急に静かになった。元から人が少ないのか、それとも精神年齢が高いからだろうか。あまり煩いと眠れないからありがたいと思いつつ、部屋番号を確かめながら廊下を行く。


 取り敢えず、今日は乗り越えられたようだが、明日からはまたどうすればいいだろうか……? 結局のところ、まだ何が起こってるのかさっぱり分からず、誰に相談していいかもよく分からなかった。


 今日1日過ごした感じでは、相談できそうな相手は張偉くらいしか思い浮かばなかったが、果たして体の中身が入れ替わっていると言って、信じてくれるだろうか。また、信じてくれたとしても、張偉はこの体の持ち主と仲が良かったわけだから、中に入ってる里咲を好ましく思わないかも知れない。そうなった時、味方どころか敵になりかねないから、カミングアウトするにしても慎重にするに越したことはないだろう。


 しかしそうなると、いつまでこの嘘をつき続けなければいけないんだろうか? それとも、また別の相談相手を見つけたほうがいいだろうか……そんなことを考えながら歩いていたら、教えられた部屋の前にたどり着いた。


 ポケットに無造作に入っていた鍵を取り出し鍵穴に差してぐるりと回す。


「あ、有理、おかえりー」


 すると、部屋のドアを開けた瞬間、備え付けのベッドの上でパイオツカイデーチャンネーが寝そべってる姿が目に飛び込んできた。なにかの間違いかも知れないので、一旦ドアを閉じ、再度開ける。


「何やってんの、早く入んなよ」


 ドアを開け閉めしたところで、チャンネーが消えてることはなかった。


 あれれー? おっかしーぞう? ちゃんと教えてもらった部屋番号だし、持ってた鍵で開いたのだから間違いない。なのにどうしてその部屋に先客がいるのだろうか。というか、ここは全室個室の男子寮ではなかったのか?


「あの……ここ、俺の部屋で間違いないっすよね?」

「うん。また今日からよろしくね。いやー、ようやく帰ってこれた……あっちは大変だったよ。諸外国のお歴々が集まって船頭の多いラフティングしてるみたいに、決まるものも何も決まらないまま時間だけが過ぎてって、ホントうんざり。あ、そうそう、メリッサのことだけど、知人の大使たち片っ端から紹介したけど凄い評判良かったよ。アプリばらまいといたから、暫くしたら向こうからコンタクト取ってくるんじゃないかな。張偉と相談して対応してね。なにか困ったことあったら言ってね、相談に乗るよ。相談だけだけど」


 女性は里咲には何のことだかさっぱり分からない話を、一方的にべらべら投げつけてくる。その中の、メリッサという単語も気になったが、それよりもっと気になったのは、


「また今日からよろしくって……え? この狭い部屋に、住むの? 一緒に?」

「そうだよ。なによ。ずっと一緒に暮らしてきたじゃない」


 女性はどうかしたの? といった感じに小首を傾げている。


 ずっと一緒って、マジか……


 この男、薄々只者じゃないんじゃないかとは思っていたが、まさか男子寮に女性を連れ込み、囲っていただなんて……


 里咲がドン引きしていると、女性は急に何かに気づいたように、


「あ、もしかして、あたしがいない間はベッド使ってたから、そこをどけって言いたいのね。そうならそうと早く言いなさいよ。いいよ、別に、あたしとしてはこれから同じベッドで寝るのも吝かでないわ。さあ、お姉さんの胸に飛び込んできなさい」


 女性はそう言って艶めかしい表情を浮かべ、ショートパンツの裾をスカートみたいにチラチラと捲って見せる。そうされてみると、もともと丸見えだった真っ白な肌が、やけに嫌らしく見えた。


 里咲の背筋に怖気が走る。あれ? この女性……もしかしてヤラナイカと言っているのか?


「あ、いや、私はそんな……どこで寝ようが構いませんので……お構いなくっ!!」


 彼女は間合いを測るようにジリジリと後退すると、閉まるドアの隙間に向かってそう叫んでから、脱兎のごとく駆け出した。


 男になってからまだ半日しか経ってないのに、いきなりおセッセッなんて、いくらなんでも早すぎるだろう。自分はまだ清い体(どうてい)でいたいんだ!


 桜子さんはバタバタと物凄い足音を立てて廊下を駆けていく有理を見送りながら、やがてドアがバタンと閉じた部屋の中でビールをグビッと傾けた。


「ありゃ? なんか珍しい反応するなあ。ちょっとからかい過ぎちゃったかな?」


 そんな彼女の独り言にスマホから聞こえる声が答える。


「はい。有理は今日1日、何故か様子がおかしいようです」

「ふーん……何があったか知らないけど、またトラブってるなら、メリッサ、あんたが代わりに様子を見ててあげてよ」

「わかりました」


 桜子さんはそう言うと、もう今のことは忘れて、ベッドに寝そべって漫画の続きを読み始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
https://hobbyjapan.co.jp/books/book/b638911.html
よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
早く続き読みたいから毎秒更新してほしい|д゜)チラッ
ギャグパート楽しい
上のコメントがうまい棒さんなのウケる。108本束ねたくらいの関のイチモツ。 あと、大事な事でも二回言わなくていいわ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ