キミだけのハッピーエンドを!
始まりのみです。続きは何も考えてないともいう。
世の中には多種多様なゲームが存在する。例えばアクションゲーム。例えばロールプレイングゲーム。例えばパズルゲーム。例を上げればきりがない。
その中でも恋愛ゲームというジャンルは現代においても一部の人を魅了し続けている。
『ハッピーニーズソーシャリティ〜君と私と花色と〜』もその一つ。爆発的にヒットしたわけでも、マニアックな要素があるわけでもない。
だがそれでも。多種多様なゲームの中でも、攻略や雑談掲示板やオフライン。つまりネットではなく、現実での交流イベントが活発に行われている。
それは、とあるゲームユーザーのおかげである一面もあるだろう。数ある個人攻略サイトの一つを開いているそのユーザーは、それぞれ個別ルートの検証やキャラ愛に溢れた投稿だけでなく、一つ一つの選択肢が後半に及ぼす些細な影響や、なかなか気づかないテキストの変更点等。
難しいとされながらも、ネタバレ防止対策をしながら攻略サイトに載せていたりと、ゲームを知らない人でも1から10まで楽しめるように配慮され、時にはネットニュースで話題になるほど、その名前を一部のだが世に轟かせていた。
そんな人物にはある噂も流れていた。曰く、とあるキャラに対しては不穏な物を感じるほど、熱量溢れた愛を溢していると。ゲーム開発公式が名指しでないにしても、その独特な愛を把握し心配している旨の匂わせをしていると。
☆
テレビ画面から漏れる光以外に光源がない暗い部屋。ただでさえ視力を落としそうなほどに近い距離に座っている人物は、目を見開き画面を凝視していた。
その人物。かろうじて少女だと判別できる人物の瞳には複数の男女がカーテンコールに応えている姿と、Congratulations!と本当に最後までありがとうございました!の文字が映し出されている。
その文字を目にし、意味を理解、咀嚼した瞬間。手にしていた最新ゲームハードのコントローラーを床に叩きつけるかのように投げ棄てる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
少女は被っていたパーカーのフードを乱暴に外し頭を両手で掻き乱す。爪は噛み跡ででこぼことなり、その爪の間には赤黒く染まった塊と髪の毛が挟まる。
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない」
壊れた音楽機器のように同じ言葉を紡ぐその唇はガサガサになり、掠れて喉の奥が切れているような聞くに耐えない声が部屋に響く。
「違うこんな結末は絶対に認めないそうだ絶対に違うだってまだたった170通りのエンディングを見ただけだまだたったの10000回の検証だけだあたしは検証を続けなければまだだまだ開発は何かを隠しているはずだいままでだってパッチ修正やアップデートを繰り返してきたあの開発が開発終了だって言ったからには絶対に何かあたしが見落としてきたイベントがあるはずなんだキミのエンディングはどこだ何をまちがったもう一度最初から全てをなぞるしかないメモはどこ」
少女がいる部屋の床には、乱雑にばら撒かれた色とりどりの紙や、黄色や黒の液体が入ったペットボトル、食べかけの変色した食べ物が入った弁当、衣服、下着の類、時計や先程投げ棄て破損したコントローラーが散乱していたがそれらを少女が気にする様子はない。
少女はのろのろと立ち上がり、その中からチラシやルーズリーフ、コピー用紙、ちり紙に牛乳パックを切り開いた物に至るまですべての紙を掻き集める。
「まずは主人公とメインヒーローの出会いの場面からだここでできるのはメニュー画面を開くか開かないか選択肢が出ても無視をして3分待つかだけどこのチャートではまず」
喉の奥が痛みだし舌で鉄の味が感じられるようになろうが、ブツブツと掠れた声で頭の中の情報と、紙に書かれたミミズの這うようなとても第三者には読めない情報を、口に出しながら整理していく少女。その目は淀んだ川の水のように光を返さない。
1時間、2時間と紙を見て新たなコントローラーを操作し、ゲームを続けていく少女。
メモにはなかった別のアプローチを試し、時にはテキスト全スキップ。時にはランダム以外の全要素の等倍回収。時にはセーブリセットを繰り返しランダムイベントを全て回収して、ゲームの裏要素や本編に影響の無いミニゲームを全て最高の状態で終わらせる等々。
少女はそのまま三日三晩睡眠も取らず、食事もクッキー1枚で進めて、ほぼ全ての時間をこのゲームに捧げていく。
1つの工程を終わらせて未知の部分が望まない形で判明するたびに、少女は絶望して頭を掻き毟る。
それでもテレビに向かい続けて、手を止めようとはしない。考えを止めようとはしない。彼女は必死だった。
まさしく狂気。そうとしか表現出来ない程に彼女は壊れている。だが、彼女はそれを自覚しながらも自分を止められない。
なぜなら彼女は。
「やだよキミだけが報われないなんてキミだけが救われないなんてキミだけがあたしを救ってくれたのにキミだけがキミだけが」
ただ1人のゲームキャラクターだけが彼女の世界そのものだったから。創作物でしかないゲームキャラクターを本気で救おうとしている。
テレビの中に映し出されている屈託なく笑うその人に画面越しに触れる少女は、赤く血走る目を潤ませ透明の雫を頬に伝わせる。
その雫が流れる間だけは、少女も瞳に光を宿す。
「どうしてどうしてキミだけが」
止まらない涙を赤黒く汚れた手で、泣き出した幼子の様に乱雑に拭う少女。
彼女は気づかない。既に前後不覚になり始めて意識が薄くなっている事を。
──────!!
彼女は気づかない。彼女の背後で黒煙が忍び寄り、隣の部屋から移った炎が背後で朱く燃えている事を。
──ま……あいつ……どけ……!!
彼女は気づかない。今も必死で彼女を自宅から連れ出そうとしている存在に。現実にも手を伸ばそうと藻掻いている理解者がいたことを。
「キミをキミのキミだけの」
彼女は気づく。薄れゆく意識の中、画面の向こう側の人物が笑顔を讃えてその命を散らしたことに。
そして、自身の背が熱く爛れているにも関わらずに、もうその感覚も殆ど感じることができなくなっていることに。
「ああ神様もしあたしの命を代償に願いを一つ叶えることが出来るのなら」
彼女は気づく。もうその命の火は炎に呑み込まれる事になると。背後で部屋に飛び込んできた誰かの慟哭を聞いて彼女は笑う。
「あたしの命なんかどうでもいい。どうなったって構わない。だから他の誰でもない。あたしを救ってくれたあの人の、彼・彼女だけのハッピーエンドを」
──迎えさせてあげてください
髪を振り乱し、赤く染まった液体を唇の端から流し、奇声を上げて頭を掻き毟り、目は血走り光を喪わせて、壊れた音声機器のように言葉を垂れ流していた彼女は最後に願う。
炎に呑み込まれ身を焦がすその瞬間まで、世界の誰よりも真摯で純粋な願いを捧げた少女は、痛みも熱さも感じずに、歩んできた人生で1番のとびきりの笑顔を、画面の向こう側の人物に向ける。
皮膚が爛れ、赤黒くなり、人かどうかも判別がつかなくなって意識も既に途切れても。愛おしそうに彼を画面越しに見つめ続け、画面に手を伸ばし続けた。
──しかと聞き届けた
少女は最期に声を聞く。それは現実の物か。それとも少女が生み出した幻か。
それを識る術は、もうない。
☆
自然豊かな公園。雲がゆらゆらと気持ちよさそうに漂い小鳥が楽しそうに泳ぐ青空の下、敷地内で遊ぶ数名の小さな子どもたち。
「おにごっこしようぜー!おまえ、おになー!」
「わぁーにげろー!」
「えー、またぼくなの?もー」
気の強そうな金髪ツンツンヘアーの幼い男の子が、黒みがかった茶髪で短髪の幼い子に鬼役を押し付けて一番に駆け出す。
他にも、炭に点いた淡い赤よりの橙色の火のような温かい赤髪短髪の女の子や、空のように冴えた明るい青色のセミロングの女の子。白髪に見えて光に照らされると銀色の艶を見せる長髪の女の子もその場から駆け出した。
そのうちの1人の女の子が前を見ずに走り出し、鉄棒の持ち手の部分に全力で頭をぶつけて地面に後頭部をぶつけるようにして倒れる。せっかくの綺麗な髪が砂埃でくすんでしまうと一瞬でも考えてしまった鬼役の子は我に返り、駆け寄る。
「いたそう……だいじょーぶ……?」
その様子を見ていた鬼役の幼い子は恐る恐る声をかける。女の子は痛みで呻いて蹲り頭を押さえていたが、鬼役の子の声に反応して顔をあげる。
その顔は痛みで歪んでいる。目は潤み、額には真っ赤になった横一線の鉄棒の跡。その跡と、後頭部を擦りながら立ち上がろうとしてその子を認識し──
「つきしろ……ゆう……?」
──目を見開いて、口の閉じ方を忘れたとばかりに開けていた。
驚愕の表情を浮かべる女の子は、痛みを忘れた様子で鬼役の幼い子を凝視している。
「え?……うん。どうしたの、さなちゃん」
「……そっか、これは」
「だ、だいじょーぶ?やっぱりいたい?」
何かを噛み締めるように呟き、俯いてしまったさなと呼ばれた女の子に困惑しながらも、鬼役をしていたつきしろゆうと呼ばれた子は心配して声を掛ける。
そんな2人の様子に、四方へと逃げていた男の子と女の子も駆け寄ってくる。
「……ようかわはる。りゅうがさきれい。みたむらきょうか」
「な、なんだよ?きゅうにどうしたんだ?」
「さな?」
駆け寄ってくる3人も、今のさなを見て困惑する。なぜ自分達の名前を呼ぶのか。怪我は大丈夫なのか。幼い自分達の考える事が多くて、今の状況を自分なりに飲み込むのが大変だということは傍目からでもわかる。
困惑する8つの目を向けられた女の子は顔を上げる。その目は赤く充血していて、頬に、顎に水滴が流れた跡が見られた。
4人は心配の色を瞳に宿し、それぞれ声を掛けようと口を開き──
「ごめんなさい……」
「お、おい、ほんとうにどうしたんだよ!?そんなにいたかったかのか?」
声を出す前に、謝罪とともにさなの目から、つ……っと流れ出した水滴がぽたりぽたりと地面を濡らす。そんな様子に慌てる男の子がハンカチを乱暴に差し出すが、さなは受け取らずに目を擦りながら必死に何かに向かって謝っていた。
「ごめんなさい……わ、わた……わたしの……わたしのせいで……!」
「さなちゃん……?」
「こんなざんこくなことって……あんまりだ、かみさま……!さなが……ごめんなさい……!」
理由の分からない謝罪を受けて困惑する4人は、それでもとりあえず遊んでいる場合じゃないと判断して、公園近くにあるさなの家に付き添い連れて行く事にした。
「さなちゃんがてつぼうにあたまをぶつけちゃって、それで……」
「そう……わかった。みんな、この子のためにありがとうね。今日はせっかくのお休みだけど、こんな事になってごめんなさい。良ければまた遊んであげてね」
「……うん」
どこか様子のおかしいさなを、さなの母親に事情をたどたどしく伝えてから預けて4人は帰宅する。
全員がさなを心配しながらも、その日の晩にはその気持ちも薄らいでいく。明日には元通りだろうと、そう思っていたから。
でも、それは勘違いであったと。楽観視していたと、彼・彼女らは知ることになる。黒咲紗凪、彼女によって。
☆
黒咲紗凪。彼女の様子が変わってしまったのはこの日からだったと、彼女と親交を深めていた者達は口を揃えて告げる。
光に照らされると誰もが目を惹かれるほど美しかったその銀髪はくすみ、さらりと流れる長髪はバッサリと切られて見る影もない。
なにより、仲の良かった陽川晴や龍ヶ崎怜、三田村杏果そして月城侑を避けるようになったのが大きい。
「さなちゃん、あの」
「……」
「おい、むしすんなよ!」
「あんた……なにかあった?うちらがなんかした?」
「おはなししようよ、さな。いってくれなきゃわかんない」
「……ほうっておいて。はなしかけないで」
彼女は本当に人が変わってしまった。元々おとなしい方だが、気を許した相手には明るく笑顔を振りまくような人物であった。
しかし、様子が変わってからは陰鬱な雰囲気を纏い、仲が良かった人物を避けるようになってしまった。そう4人が感じるだけでなく、周囲もなんとなく感じ取っている。
そんな中で、元の仲良しな5人に戻りたいと焦る晴が話を、こちらを見ろとばかりに腕を掴もうとして手を弾かれる。
「っ!」
「ってぇ!なにす……」
「ごめんなさいごめんなさいゆるしてそんなつもりじゃなかったのごめんなさいごめんなさいごめんなさいあたしがわるいのごめんなさいもうしないでおねがいゆるしてごめんなさいごめんなさいさなゆるしてごめんなさい!!」
「あ、おい!なんだってんだ……?」
「さ、さなちゃん……?」
頭を抱えて喚きあげながら泣きじゃくり、そのまま走り逃げていった姿を呆然と見送る4人。
その日を境に更に避けるようになり、家庭の事情があったとはいえ、元の関係についぞ戻らないまま彼女は引っ越ししていき、疎遠となってしまった。
☆
時は流れて、彼・彼女らが高校2年生に進学した春。
1人の学生が桜華高等学校の正門前に、なぜか顔を俯かせて立っていた。
「……わかってる。逃げた所で何も変わらないって事くらい。悔しいけど、【あたし】は【あたし】の運命を変えることはできなかったみたい。人間関係は大きく変わってしまったみたいだけれど」
周りには誰も居ない。固く閉ざされた門はまるでお前だけは通さないとばかりに、冷たく威圧感を放っているようにその学生には感じられた。
「戻って来たんだ。自分で選択したつもりで、でも結局は一本道だったから、戻ってきたというのもおかしな話」
ブツブツと独りごちる人物に、真っ当な感覚の持ち主なら薄気味悪さを感じるだろうが、その何者かはいない。なぜなら不思議な事に、人っ子一人通る気配はないからだ。
「あたしは……ううん。もう逃げない。あいつ等とは関わりたくないけど、でも……」
白く細い指が赤くなるほど、ギュッと握った拳を胸の前に持ってきて顔を上げる。
すっかりお馴染みになってしまった、ショートにしたばかりの黒髪が風に少し靡く。
「【あたし】なんかの救いになってくれた、キミだから。【あたし】の最期の願い。彼・彼女だけのハッピーエンドを迎える為に、あたしは頑張るから」
決意を聞いたからか、はたまた自動的に時間で開くための偶然か。固く閉ざされた門が、ひとりでに開いていく。
その光景に驚くこともなく。歩みを一つ、また一つと進めて──
その人物が敷地に足を踏み入れた次の瞬間には、門は再び固く閉じられて、周囲は再び静寂に包まれた。
読んでいただき、ありがとうございました。