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なつの夕凪短編集

セーラー服が風に揺れたら

作者: なつの夕凪
掲載日:2023/05/29

いつもありがとうございます。



 ビロードの隙間から差し込む暁の光は夜に別れを告げる。


 本棚の横の掛け時計を見ると、わたしが普段起きる時刻よりまだ三十分は早い。


 少し損をした気分になる。でももう眠れない。


 ベッドに寝転がったまま天井を見上げた後、隣で寝息と立てて眠る彼を見る。


 それは見慣れたいつもの光景――。


 大学一年の頃、サークルで知り合い、社会人二年目にチャペルの鐘を鳴らし、さらに二年が過ぎ今に至る。


 今のわたしは彼にとっての良い伴侶になれたかわからない。


 自分なりに頑張ってきたし、精一杯、彼に尽くしているつもりではいる。


 毎朝早起きしてお弁当を作るのは大変だけど、残さず食べてくれるのが嬉しい。

 

 仕事と家事の両立は大変だけど、愛する人のためなら苦労はいとわない。


 彼に、旦那には特に不満はない。


 仕事は遅くまで頑張ってるし、無駄遣いもせず、穏やかな性格は知り合った頃から変わらない。


 これからもずっと同じ時間を生きていきたい。


 強いて不満をあげるとするなら……


      

 このところ()()()()


 旦那はベッドに入るとさっさと寝てしまう。


 無理強いなんてできないから、わたしもそのまま眠る。


 もうわたしに飽きてしまったのだろうか。


 そう考えると苦しいし不安になる。


 愛してほしいなら、ただ待っているだけでは駄目だと思う。


 だからわたしなりに考え頑張ってみたが、旦那も慣れてきたのか、かわすのが上手い。


 そしてまた何もない夜が続く、これの繰り返し。


 周囲からは『子供はまだ?』とか『若いうちに産んでおいた方がいい』とかよく云われる。


 悪意がないのは分かっている。それでもわたしにとってプレッシャーでしかない。


 わたしだって子供は欲しい。


 好きな人の子供を早く産みたいし安心したい。


 旦那にもさりげなく話せば『わかっている』とは言ってくれるけど、実のところあまり関心がない。


 だから言葉返しで『慌てて子供を作る必要はない』と遠回しに言われる。

 

 旦那はわたしより年上だが、それでもまだ26でしかない。


 そろそろ落ち着いてもいい年齢だと思うが、子育てに時間を取られると思うと煩わしいのだろう。


 休日は、学生の頃から続けている硬式テニスに出かけてしまうので、わたしはいつも置いてけぼりになる。


 私も一人の時間を満喫したり、学生時代からの友達と出かけたりしているが、やはり寂しい。


 何とかして旦那にわたしを見てもらいたい。


 そのためなら、わたしはありとあらゆるを使う。

 

 先日のことだ、私は実家から高校の制服を持ち帰った。


 襟の三本線、清楚な紺の上下とスカーフのセーラー服


 私が大好きだった制服


 この制服に憧れて高校を選んだ。


 校則が厳しく、スカートを1cm短くすることも禁止で何かと不自由だったが、三年間この制服を着れたことに後悔はない。


 私は約七年ぶりに制服に袖を通した。


 肩ごしの柔らかなライン


 胸元の紺のスカーフ


 膝を包む縦プリーツ


 あの頃と何も変わらず高まる高揚感


 この制服が好きな私はまだどこかにいる……


 まだこの制服に憧れている。


 そう思うと涙が出そうになった。


 鏡で制服に身を包む今のわたしを見る勇気はない。


 体型はあの頃と変わっていないし、日ごろから毛先から爪まで気を配っている。


 それでも十代の輝きなどカケラも残ってない。


 変わらないのはあの頃の想いだけ。


 深いため息が出た後、制服を脱ぎクローゼットに大切にしまう。


 男の人は制服の女子が好きらしい。

 

 清楚に見えるからだろうか


――この制服を着れば、旦那が喜ぶかもしれない。 


 よこしまなことを考えて安易に制服を纏った自分に吐き気がする。


 この制服は今も私の誇りだ。


 汚すことは許されない。


 二度とこんなことはしない。もう袖を通すのも止めよう。


 空しいだけ


 ほんとバカみたいだ……


◇◇◇◇


 定時で終わる予定だった会議が長引き、仕事帰りが遅くなった金曜の夜のこと、疲れきったわたしは、座って帰るために新宿からの始発電車を一本待ちに乗ることにした。


 先頭車両は、時間帯によって女性専用車両になっている。

 

 ラッシュ時間帯以外は、他の車両と同じで男女兼用となる。


 女性専用車両のイメージが強いせいか、男性も乗ってはいるものの女性が圧倒的に多い。


 いつも乗っている人はそのことを知っているから、ますます先頭車両に女性が集まる。


 代わりに二番車両は男性専用車両と言っていいくらい男性だらけになる。


 社会には見えないルールが存在し、ルールを破れば迫害される。


 わたしは迫害する側にも、される側にもなりたくないから、常識と良識の間のつまらない日常を過ごす。

 

 特別なものはいらない。


 在り来たりな小さな幸せがあればいい。


 この時はまだそう思っていた。


 あの少女に出会うまでは……



 先頭車両反対側ドアの角の席に座る。


 電車が出発するまで五分ほどあったので、友達からきたLIMEライムをチェックしていると、急に眠気が襲ってきた。


 普段使っている私鉄の座席は柔らか過ぎず、硬過ぎずで眠気を誘発させる。


 ひょっとしたら世界一寝心地の良い電車かもしれない。


 わたしはこれまでも何度も寝てしまい、下車駅を通り過ぎてしまったことがある。


 いつも眠らないように気を付けているが、疲れた身体はどうにも云う事を聞いてくれない。


 瞬きの数はまるで眠りへといざなう魔法のようで何度目かの後、最期は瞼を上げる力すらなく、そのまま眠りに堕ちていく――


――――――


――――


――


 意識が戻ったのは、自宅のある登戸のぼりと駅から二つ手前の狛江こまえ駅への到着を告げる車内アナウンスだった。


 意識が少しずつクリアになる中、私は右肩にかかるわずかな重みとシトラスのような柑橘系の甘い香りが鼻をくすぐった。


 ゆっくりと目を開けると隣の席の少女はわたしに寄り添うように眠っている。


 甘い香りは少女の長く輝くような黒髪からだった。


 互いの肩から肘まで重なり合い、少女の左手は私の右手をしっかり握っている。


 そして肩と胸は小さな寝息に合わせ、上下する。


 涙が引っ掛かりそうな長い睫毛


 左目下の泣きぼくろ


 形のいい小さな鼻


 桜の花びらのような小さな唇


 それらを収める小顔と華奢な身体を包む、わたしがよく知るセーラー服


 それはあまりにも可憐で


 無防備で


 気が付けば、その輝きにわたしは心を奪われていた。


 少女以外の乗車客も


 電車の駆動音も


 誰かのスマホの音さえも


 まるでテレビの向こう側のようで


 わたしと少女だけが世界から切り離されて、ふたりだけでいつまでも揺られていたい。


 まるで白昼夢のように……


 そんなことを願いたくなるほど、少女は美しかった。


 しかし歪んだ願いは現実が許さない。


 見ず知らずの少女は何かの間違えで、わたしの手を握っているのだから早く離さないといけない。


 わたしが下車する登戸駅に到着するまで、あと五分ほどかかる。


 少女はきっと疲れている、今起こすのもかわいそうだ。

 

 せめてギリギリまでは少女を寝かせてあげることにしよう。


 ……そう自分に言い訳をした。


 なんてズルいのだろう。


 このセーラー服を着ているということは、わたしの後輩になる。


 学校は国立くにたちにあるため、この私鉄沿線からは遠く、在校生を見かける事は珍しい。


 先日このセーラー服を着たばかりだから、余計に意識しているのかもしれない。


 今、高校生ならこの少女の友達になれたのだろうか。


 友達になったわたしたちは何をするのだろうか。


 少女とわたしの待つ未来はどこに繋がっていくのか。

 

 そう夢想をすると、自然と鼓動が早くなる。


(……どうかしてる、わたし)


 そんな願いなど叶うはずもないのだから……


 神奈川へ続く鉄橋を越えれば、すぐに登戸駅に着く。その前にわたしは眠り姫のままの少女をそっと起こすことにした。 


「ごめんなさい。起きてください」

 

 誰にも聞こえないような小さな声と肩をわずかに揺らし少女を起こそうと試みる。


 深く閉じられていたその瞳は、ゆっくりと開き、二度、三度と瞬きをすると琥珀の瞳に私の顔が映りこむ。


「はい……」


 少女から小さな声が漏れる。


 わたしは少女を落ち着かせるように僅かに笑みを浮かべ続けて声をかけた。


「あと、手を離してもらっても良いですか」


「……本当に離していいの? 恭子ちゃん」

 

 それは突然のことだった。


 少女の口から自然にわたしの名前が出てきたのだ。


 その甘い声でわたしの心臓は跳ねるのと同時に悪寒が全身に広がる。


 たとえ少女だろうと知らない人に名前を知られているのは恐い。


「わたしのこと知ってるの?」 


「恭子ちゃんは私のことを忘れてしまったんだね……仕方ないか」

 

 少女はわたしの手を握ったまま、囁くように告げる。


 わたしは恐ろしくなり、慌ててその手を振り解いた。


 少女は残念そうに自分の左手を見つめ…そして


「恭子ちゃん、私はあなたのことを愛してるの、あなたが私を愛しているのと同じようにね」


 他に乗車客がいることを全く気にとめず、少女は突然、愛をうたってみせた。


 わたしはその言葉の意味を昇華できず、沈黙する。

 

 たまたま乗った電車の隣に座っていた女子高生に告白される。


 有り得ないことだし、全く意味がわからない。


 心の中にもやが広がっていく。


 周囲もわたしたちの異変に気付き、知らない同性達の視線が少女に集中する。


 少女はたじろくこともなく、何かを期待するようにわたしだけを見つめている。


 ただし左目の泣きぼくろだけは泣いているように映る。


(どうして、そんなに哀しそうなの?)


 わたしには何一つ分からない。


 その時、電車がちょうど登戸駅に到着したので、わたしは先ほど離した少女の手を掴み慌てて下車した。


 これ以上関わないほうが良かったのかもしれない。


 それでも少女をこのまま電車に乗せておけなかった。


 いや……もっと少女の事を知りたかったのかもしれない。


 少女は先ほど寝ていた時と同じようにわたしに身を預け、大人しくついてきた。


 余計な厄介ごとに巻き込まれたくないのか、下車した後は誰も私たちに視線を向ける事はなかった。知り合い同士の痴話げんかととらえたのかもしれない。


 ただ一人、わたしだけが少女への畏怖とよくわからない高揚感で心が壊れそうだった。


 わたしたちだけが登戸駅の下り線の先頭車両付近のフォームに残った。


「あなたは誰?」


 呼吸を整え、わたしはもう一度少女に尋ねる。


「私はあなただよ、宮姫恭子みやひめきょうこちゃん」


 澄んだ琥珀の瞳の少女はそう告げる。


 下り線フォームに包む五月の柔らかな風が少女のセーラー服のスカートとスカーフを揺らす。

 

 どこか儚さを感じる少女の姿にわたしはまた心を奪われそうになる。


 わたしたちの始まりは突然であり、後に少女が云うには必然だった。


 破戒と裏切りが私の心に芽吹いていたことにも気づかずに……

お越しいただきありがとうございます。


学生の頃、セーラー服を着て見たかったです。


完結しませんでした。続きを書けたらと思います。

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