第五十八話 レベル10
伏見稲荷大社の巨大な大鳥居をくぐり、宗古は吉川の手を強く握りながら、千本鳥居の闇へと踏み入れた。背後には正吉と家康の精鋭たちが、抜き身の殺気を放ちながら警戒を続けている。
宗古が震える指先でスマホの風神・雷神アイコンを同時にスワイプした。その瞬間、静寂だった稲荷山に異変が起きた。
「吉川さん、見て……!」
北の夜空に北斗七星が鋭く瞬いたかと思うと、天空を割るように暗雲が急速に渦を巻き、激しい暴風が吹き荒れた。直後、漆黒の雲に呑み込まれる寸前の夜空を、数十もの巨大な流れ星が銀色の剣のごとく貫いていった。戦国時代の澄み切った空を切り裂く、双子座流星群の壮麗な輝き。それが合図だった。
宗古は正吉に小さく会釈をすると、吉川と二人だけで、幾千もの朱塗りの鳥居が連なる迷宮へと歩みを進めた。
「……スマホが、鳴ってるわ」
吉川が覗き込んだ画面は、もはや発光体そのものだった。幾何学的な電脳の回路が空中にまで溢れ出し、バチバチと火花を散らす。
ドォォォォォォン!!
足元を揺らすほどの重低音とともに、画面が爆発的な黄金の光を放った。
『LEVEL 10 / 10 ―― 完遂』 狐のアイコンが神々しく咆哮し、眩い文字が空中に浮かび上がる。
『鍵を習得。目指すべきは――大岩大神』
「……稲荷山の頂ね。行きましょう、吉川さん!」
アンテナは最大まで立ち、スマホからは「イナリ……」という、異次元からのノイズのような声がかすかに漏れ聞こえる。二人は正吉に山麓での待機を命じると、夜の稲荷山を駆け上がった。
大晦日の深夜、静まり返った参道は異界の入り口そのものだった。竹林を叩く風の音、凍てつくような白い吐息。二人は右手の細い急坂を選び、大岩大神へと続く険しい道を進む。
「はぁ、はぁ……あそこよ!」
宗古の苦しげな呼吸が、氷のような夜気に白く溶ける。ついにたどり着いた大岩大神の神殿は、人知を超えた圧倒的な威圧感に包まれていた。周囲には人影一つなく、ただ神聖な沈黙だけが支配している。
二人が拝殿で深く額を下げたその時、宗古の持つ『鍵』と『狐』のアイコンが、夜闇を焼き尽くすほどの金色の輝きを放ち始めた。光は二人を円形に囲み、周囲の景色を強引に遮断していく。
宗古は震える手で懐から『月の小面』を取り出し、天に掲げた。 「……月を持つ伏見の女と王子の男が合わさるとき、大晦日の夜に伏見から王子への扉が開かれる!」
宗古は吉川の目の前に立ち、ゆっくりと大きな瞳を閉じて、その潤んだ唇を少しだけ上へと向けた。
吉川は激しく脈打つ心臓の音を耳元に感じながら、覚悟を決めて彼女の細い腰を引き寄せた。正絹の正装越しでも伝わる、宗古のしなやかで熱い肉体の曲線。吸い付くような肌の温もりと、むせ返るような少女の香りが、凍える夜気にさらされた吉川の五感を狂わせる。
吉川は自身の唇を、宗古の柔らかく甘い唇へと重ねようとした。 重なり合う吐息、触れ合う柔らかな肉の感触はもうすぐだ。
強く抱きしめ合う二人のシルエットが、黄金の光の中で完全に一つに溶け合っていく。二人の鼓動が激しく共鳴し、臨界点に達したその瞬間――。
視界が真っ白な閃光に包まれ、吉川の意識は深い闇の底へと落ちていった。




