第四十二話
吉川は寝ようと思ったが、宗桂のおっさんのいびきが邪魔をして寝付けなかった。
明日はいよいよ江戸に向けて出発か。これで本物の月の小面も家康に返せたし、あとは再転生できるかどうかだな。
令和の事件は解決できているのだろうか。
吉川の背中で寝息を立てている宗古の右手を見るとスマホを持ったままだ。
スマホの画面を見ると集音装置機能のアイコンがいくつか並んでいた。
吉川は何となく淀君を選んでみたら、声が聞こえた。
「大野。
今宵で最後。今まで以上に私の中に注ぎ込んでおくれ」
女の激しい嬌声の後に男の声が聞こえた。
「淀君、忍びの月は来電が仕留めそこなったようです。
生きています」
「接触はできるのか。その者と」
「はい。月に接触している夜盗の中に私の子飼いの間諜がおります」
「もう月の小面はどうでもよい。もっと直接的な手でまだ見ぬ我が子の地位を盤石なものにしたい。家康が頭痛の種よ。私は何も知らないし話してもいない。
わかるな、大野」
「承知仕りました。
この大野が全責任を持って対処します。
忍びの月にはもう一度名誉挽回の機会を与えたいと存じます」
「任せた。わたしは何も知らない。
さあ、最後の最後にもう一度私に注いでおくれ」
再び甲高い女の声と野獣の声が入りまじり静かになった。
「まだ寝てなかったの。聞いたわよ」
「いつから起きていたのだ」
「淀君の最初から」
あのいやらしい声を聞いたら普通目が覚めるわ。
向こうのほうで宗桂のおっさんはいびきをかいたままだ。
「家康の命が危ないな。歴史上でも確か大野修理は家康暗殺未遂の疑いをかけられていたはず」
鶏の声がした。
朝になったようだ。
出発の準備をして城の外で待機をしていると、
「父上。私は江戸に参ります。江戸で見聞を広めたい。
このまま遠江にいると気が病んでくるような気がします」
「また、命を落とすような怖いことが起きるかもしれない」
「堀尾吉晴殿がよければ、家康がしばらく預かっても構わぬが。
このまま気を落として井戸に飛び込まれても困るだろう。
江戸の男に会えば気持ちも変わるかもしれぬ」
「家康様の命でございましたら、承知いたしました。
よろしくお願いいたします」
小那姫の顔に精気が戻ったようだ。
「男は依然好きではありませんが、中性的な顔立ちなら例外もいます。
私を救ってくれたさつきさんはきっと私への愛に違いありません。
女中にはなってくれませんでしたが、私は気にしていません」
堀尾吉晴も吉川に向いて「娘をよろしく頼む。」と頭を下げた。
宗古が憤然としている
「井戸に落ちて気絶すればよかったのに。
近づかないでよ。ラミアというあの我儘悪役令嬢に」
午後には淀君も伏見に向けて出発するようだ。
今は姿を見せていない。
大野修理は家康の横で話しかけている。
「家康殿、道中や江戸ではお気をつけて。
物騒な世の中ですから。
私は午後にも淀君を伏見までお送りいたします」
宗桂と算砂は盤面を無しの状態で言葉だけで対局をしているようだ。
二人とも江戸で家康の前で対局をするらしい。
勝吉が夜盗らしき者を尋問している。
「別の夜盗が吐いたが、お前は今朝、林の奥で忍びの月に会っていたそうだな。
忍びの月はどこに行ったのだ。
何を話した」
捕まった夜盗は勝吉ではなく遠くにいる大野修理を見ているようだ。
その視線に気づいた大野修理が勝吉に近づいてきた。
勝吉が尋問していた夜盗の首をめがけて大野修理は刀を振り落した。
夜盗が倒れた。
「大野殿、まだ尋問中だったのですが」
「申し訳ない。こいつは私を睨んだので。それに忍びの知り合いなら悪党に違いない」
切り殺された夜盗は、昨日大野修理が話していた間諜ではないのか。
「そのようね」
宗古は吉川の考えが分かったかのように話しかけてきた。
家康の家来が叫んだ。
「遠江の湊に、修繕が終わった安宅船が到着しました。
ここを出発します」
江戸に向けて宗古と吉川たちも浜松城を後にした。




