第四十話
小那姫の部屋に忍び込んだ者は、寝具に横たわっていた女の首を右手で締め上げて、左手で将棋盤の上にあった能の小面を掴んだ。
「それまでだ」
寝具に横たわっている女から声が発せられたかと思うと、女は忍びの者を背負い投げした。
投げ飛ばされた忍びの者はひらりと体を一回転して着地をした。左手には小面を握っている。
「誰?」
女は白塗りで顔を染めた中性的な顔立ちのイケメンの吉川だ。
小那姫に成りすまし、忍びの者を待っていた。
「忍びの月、もう逃げられないぞ」
「小那姫ではないな。お前には用は無い」
忍びの者と吉川は、小那姫の部屋でにらみ合っていた。
部屋には兵と勝吉が加勢をしに飛び込んだ。
「もう逃げられないぞ。天井もすでに兵を配備した」
小那姫の部屋の出入り口を家来で固めてある勝吉が言った。
吉川と勝吉は小那姫の部屋の奥に、忍びの月を追い詰めた。
忍びの者は凄みを帯びた顔に不敵な笑みを浮かべ、紐を取り出すと天井に駆け上がり、天井裏には上がらず部屋の上を移動し、部屋の上のほうにある換気孔の格子を右手で外した。
「その換気孔は、城外の空中にしか繋がっていない。転落死するだけだ。降りて降参せよ」
勝吉が落ち着いた声で、忍びの月に話しかけた。
小那姫の部屋の城外は優に高度40メートル以上はあるはずだ。
落ちたらひとたまりもないはず。
「月。その小面は月ではない。よく見るがよい。
月の小面は私が持っている。」
小那姫が突然部屋の外から、換気孔の下に走ってきた。
「小那姫様、ここは危ない。部屋の外で持っていてください」
吉川が小那姫を庇った。
「お前は女ではなかったのか。女装をしていただけか。
そういう趣味なのか。残念。女なら楽しませてやったのに」
胸元が開けている小那姫はそう吉川に言うと、今度は顔を見上げて忍びの月を睨みつけた。
「小面が欲しければ、私を連れていけ。私を抱け」
格子の上に張り付いている忍びの者は能面を捨てると、月の小面を持っている小那姫の手首に目掛けて細い糸のようなものを放った。
小那姫はそのまま手首を糸のようなものに絡みつかれて体を宙吊りにされ、忍びの所に引っ張られた。
「月の小面以外に用はない」
忍びの者は小那姫から月の小面を奪うと、小那姫を部屋の床に突き落とそうとした。
小那姫は、忍びの者から振り解かれないように抱きついた。
そのままバランスを崩し二人は換気孔の穴から転げ落ちた。
宗古の悲鳴が聞こえる。
「大変。落ちたらひとたまりも無い」
吉川はダッシュしてジャンプすると換気孔の格子があった穴の下に手をかけて部屋の天井近くに登り切った。
二人が空中に浮かんでいる。落ちてはいない。
何かに捕まってゆっくり空中を移動している。
「大きな凧が見える。
忍びの月が凧に乗って城の外に逃げるぞ。
その下で小那姫様が紐でぶら下がっている。
二人とも落ちたらただでは済まない」
勝吉の後ろから堀尾吉晴が城下の家来に怒鳴った。
「小那姫の下に早く行け。人を出して落ちたら救えるような緩衝材を早く敷け。必ず救い出せ」
大凧はゆっくり小那姫の部屋から城外に向けて移動している。
事前に忍びの者が仕掛けていたようだ。
小那姫が凧の下で宙づりになっている。




