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第四話

 令和では刑事の吉川は、宗桂、男装している宗古とともに広間にひれ伏したままである。

事務方によると淀君とけんかして太閤は機嫌が悪いらしい。

人の気配がする。

「面を上げよ」

宗桂が、「本日は尾張の特産物を献上仕りました」

秀吉が言った。

「大儀であった。さて無礼講じゃ。朝から、淀に問い詰められて将棋でも指さないとやっておれん」

事務方が将棋盤を設置した。

「太閤殿下、後ろの控えておりますのは、私の跡継ぎの宗古にございます。その後ろは子の草月にございます」

一番後ろで顔を上げると眼光鋭い秀吉が居た。脳も大きく頭の回転も良さそうだ。本物の秀吉だ。

「うむ。さて対局だが。今日は特に負けるのは耐えられん。どうしたものか」

宗桂が提案した。

「太閤殿下、駒を落とすのは如何でございましょうか」

「わしは天下人。弱者に与える有利な条件の駒を落とされるのは天下人にあらず」

宗桂がひれ伏した。「申し訳ございません」

その時、俺の前の凛々しい宗古がスッと姿勢を正すと

「太閤殿下が駒を相手に落とされるのではありません。太閤殿下が駒を落とす上手になればいいのです。天下人こそ上手です。駒を落として指し手も先手になります」

「そうは言っても宗桂は強い。わしが駒を落とせばほぼ負けじゃ。もしわざと負けたら無礼千万で」

秀吉の眼光は鋭い。

余計なことを。不届きものと言われたら、まさか。吉川は後ろで震えた。場の緊張が増す。

宗古は大きな瞳でまっすぐに秀吉の眼を見ていた。

「太閤殿下の飛車の前にある駒の歩を落とすのです。太閤殿下が上手ですから、普通は歩があると飛車は相手陣地に成りこんで龍になれませんが、歩が無いと」

秀吉は、はたと膝を打った。そういうと秀吉はニヤリとして飛車の前の駒である歩を落とした。

「宗桂、対局始めるぞ。駒をわしが落とす。わしが先手だ。2三飛車成。いきなり龍ができたぞ」


ほどなくして宗桂が宣言した。

「負けました」

秀吉は上機嫌だった。

「駒を落として上手で最強の将棋指しの宗桂に勝ったぞ。宗古とやら褒めて遣わす」

宗古は大きな瞳を更に大きくして秀吉を見つめて話した。

「太閤殿下、雪月花という能面を所蔵されていると聞きました。素晴らしいものだという噂です。一目観てみたいものでございます」

「石川龍右衛門重政から献上された3つの能の小面じゃ。天下三面といわれた面だがわしも十分堪能した。今はわしの手元に無い。雪の小面は能の師匠である金春太夫に、花の小面は一流能楽師の金剛太夫に与えた。そして月の小面は家康にくれてやった。近々ナゴヤ城で能楽師を集めて宴を催す。家康も来るはず。天下三面も揃う能楽が観られるかもしれんぞ。それにわしは将棋も指したい。来るかナゴヤ城へ」

宗桂が代わりに答えた。

「ありがたき幸せにございます。万難を排して参上仕ります」


秀吉は退場した。

事務方が、徳川家康殿も伏見城に来ているが宗桂殿がよろければ一局どうかと言っている、と教えてくれた。

宗桂は、献上品の残りを確認し事務方に返事をした。

「はい。承知しました」

事務方が別の部屋に案内した。

将棋が強いおっさんの宗桂、男装している令和では女子高生の宗古、令和では刑事である吉川は事務方に付いて行った。先程と同じようにひれ伏していると人の気配がした。

「さあ気を楽にして、面を上げていただきたい。宗桂殿、一局を」

一番後ろにいた吉川は、好々爺のじいさん風の男を見た。

徳川家康だ。これも本物だ。

宗桂は先ほど宗古が提案した条件を家康に言ってみた。

「いやいや、普通に指そう。負けても構わぬ。最強と言われた宗桂殿の手筋を見たいから。ただ太閤にそういう条件を提示したのは天才的な頭脳の持ち主だな。宗古とやらが提案したのか」

「はい」

「何という名前の戦法か」

「太閤将棋と名付ければいいのではないかと思います」

「うむ。宗桂殿の跡継ぎは利発そうだ」

対局はあっさり宗桂の勝ちで終わった。

「いや。噂の通り強い。見事な将棋であった」

大きな瞳の宗古が家康に

「天下三面の月の能面を所蔵されており、ナゴヤ城に行けば観られるとのこと。楽しみでございます」

家康は浮かぬ顔をして

「そのとおりであるが場所を変えよう。利発を見込んで相談したいこともある。宗桂殿、わしの京の屋敷でもう一局対局どうか」

宗桂は「ありがとうございます。ぜひ参上仕ります」

「わかった。それでは明日午後待っておるぞ。堀尾吉晴殿もわしの屋敷に来ることになっている」


宗桂の家に戻り、その夜、令和では女子高生の宗古が、令和では刑事の吉川に言った。

「家康殿は月の小面で何か悩みがあるのかも。小面は、こおもてと呼んで平安時代から戦国時代のあどけない美少女を表現したものよ。秀吉が小面に執着したということはロリコンかもね。今も昔も小顔が人気なのね。そういえばスマホ持っている?」

吉川は、着物の胸元の膨らみが少し見える令和の美少女の女子高生に、咳払いしてから答えた。

「持っているが使えないし電源は切っているが充電も切れそうだ」

「何故かブルートゥースは使えるのよ。それにほら太陽光充電器も戦国時代に持ってこられたの。スマホを貸して。充電しておくね」

「いいけれど」

「令和で刺されて死んだ加納月さんの事件解決には月の小面が必要な気がするわ。令和に再転生するとしたら月の小面が必要な気がするし、まず月の小面を探さないと」


吉川は令和の事件について考え事をして正気を保とうとしたが心臓の高鳴りは静まらなかった。

吉川がドギマギしていると隣の女子高生はうつ伏せで寝息をたて始めた。うつ伏せなので胸元が見えない代わりに、真っ白な太ももから足首までが見えるほど着物が捲れあがっていて吉川には眩しい眺めである。


吉川は心を落ち着かせるために再び令和の事件に集中するようにした。

加納月という女性が刺されて手のひらのは月という文字が書かれていた。その顔には雪と花の小面があった。伏見と王子を結ぶ真ん中に月が現れるのか。



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