第三十三話
「美女のご帰還ね」
良かった。どうやら宗古の機嫌は良いようだ。
笑っているような気がしたが、大きな瞳は笑っていない。
「聞いていたのだろう。一部始終を。何もしてないぞ」
宗桂のおっさんも起きている。
「わしは女中にする気はないぞ。さつき殿」
聞いていたのか、このおっさんも。
不思議に思わないのか。まあ自分の奥さんのほうが不思議だから何が起きても驚かないよな。
「月の小面は小那姫が持っているようね。明日の夜は、小那姫さんの部屋に行って、月の小面の在り処を聞いてから、逃げてくればいいのよ」
めずらしく宗桂のおっさんが口を挟んだ。
「堀尾吉晴殿と将棋を指したとき、一つの盤だけ、非常に駒の響きが良い盤があったような気がするぞ」
「月の小面の消失を考えてみたの。
まず、忍びの月が、女同士の情欲で小那姫を誑かして、月の小面をからくり木箱に入れさせて、それを金蔵の中に置かせた。金蔵の錠は、家康様がかけて鍵も家康様が持っていた。
次にその夜、忍びの月が金蔵の前に忍び込んで換気孔に、鉤の付いた細くて硬い金属棒を通し、からくり木箱を空けて箱の中から月の小面を取り出し、金蔵の上の換気孔に固定した。開けたからくり木箱も金属棒で戻した。
翌日、金蔵からからくり木箱を小那姫に出させて皆の目が木箱に集中していた隙に、忍びの月が金蔵に忍び込み、換気孔にあった月の小面をすばやく取って胸の中に隠した。
忍びの月は、浜松城で中が空洞の囲碁盤に月の小面を隠し、しばらくそのままにした」
ここまでは肥前名護屋城で聞いたな。
吉川は大きな瞳で話す宗古を見つめていた。
宗古はさらしを緩めて立ち上がった。
ずらし過ぎだ。見えるぞ、胸元が。
「小那姫は浜松城でその囲碁盤を女中から預かり、偶然か何かで、囲碁盤の中に月の小面があることを発見したのよ。
その頃には小那姫は、忍びの月に失恋して捨てられて、月の小面を発見したものの、忍びの月には渡さなかったはずだわ」
宗古は胸元が広がったまま話をすることに集中していた。
「ここからは私の推理よ。
小那姫は忍びの月が、囲碁盤の中にある月の小面を奪いに来ると思い、女中を通じて尾張にいたときの石山安兵衛に、中が空洞の将棋盤を作らせたのよ。
囲碁盤から将棋盤に月の小面を移し替えて自分の部屋に将棋盤を置いたのよ。さっきの部屋にあったものね。
宗桂のお父さんが浜松城で将棋の指導をしたときにはその将棋盤が使われたことがあるのかもしれないわ」
「そうなのか。良い駒音だったぞ」
宗桂のおっさんが口を挟んだ。
「それから、女中は誰かの指示で、遠江分器稲荷神社で貞が刺されたからくり車いすを石山安兵衛に作らせた。
石山安兵衛は女中が注文したからくり車いすが貞を殺したと思い、浜松城で女中を襲い、そのため大野修理に切り殺されたのよ」
俺は頷いた。
「だから石山安兵衛は、浜松城で女中を見て、狂ったかのように女中を襲い刺殺したのか。」
「結局、本物の月の小面は浜松城の小那姫の部屋の将棋盤にあるということね。以上私の推理よ」
こぶしを上げて胸元が開いたハイテンションの宗古が推理を終えた。
「明日の夜はどうしたらいいのだ」
白塗りを落とさず俺は宗古に尋ねた。




