第三十話 葛の葉
宗桂のおっさんの奥さんの話が聞けるのか。
「どこで知り合ったの」
「江戸に行商に行っていた十七年前くらいかな。
知り合いの王子稲荷神社の宮司を訪ねたら、そこに瞳の大きい美しい巫女がいたのじゃ」
「それからどうなの。」
興味津々の宗古がニンマリしていた。
「わしの一目ぼれじゃ。宮司に紹介してもらって話をしたら最初は普通の仕事対応のやりとりをされてこれはダメかなと思ったのじゃ。
わしが京の商人で、大橋と名乗る将棋指しだということを言ったとたん何故か応対が変わったのじゃ」
「それから、それからどうなの」
「突然、『あなたを支えて名人にさせます、私たちの子も跡継ぎ名人に。不思議なことが起きても何も言わずついてきていただけますか。』といわれたのじゃ。
わしは天にも昇る気持ちになって、『わしの妻になってくれ。不思議でもなんでもわしは大丈夫』といったのじゃ」
「奥さんの名前は?」
「葛の葉じゃ。そして、愛しい人は大橋葛の葉になった」
「それでいまはどこに旅しているの」
「わからん。遠い所だと言っていた。十六年前にも一度長い旅をしてきたことがある」
「何か不思議なことは起こったの」
「葛の葉は言うには、結婚してから幸せな生活を送っていたのじゃ。一年たって、『少し旅にでるけれど心配しないで。そうすることが必要なの』と言われた。わしは王子稲荷神社の約束どおり詮索せず待っているとだけ葛の葉に伝えたのじゃ」
「それからどうしたの」
「一年くらいして葛の葉は何事もなく京に戻ってきて、それからまた二人で平穏に暮らしていた。
そして王子稲荷神社の宮司の子を京に引き取って育てていた。
それがさつきじゃ」
宗古の眼が輝いている。おっさんに先を促した。
「それから昨年くらいかな。また旅に出ると言われたのじゃ。それから葛の葉が言ったのは、『私はさつきと旅に出ます。旅に出ているときに、十五歳の女の子がやってきます。それとさつきのかわりの草月という男の子がやってきます。さつきの生まれ変わりです。
十五歳の女の子は私たちの子供で名前は宗古。私が十五年前にあなたの子を旅先で生んだ。あなたの跡継の名人になる娘』と言われたのじゃ」
宗古と俺は見つめあった。
「葛の葉から、将棋の名人は男でないといけないから、宗古を男の子として育ててほしいといわれたのじゃ。さつきは宗古の許嫁の宿命だともいわれた」
「そうすると、私たちはどこからか戦国時代に京に急に現れたことになるの」
「そうじゃ」
「びっくりしなかったの?」
「しなかった。葛の葉に聞いていたからな」
衝撃的な話だ。宗桂のおっさんの奥さんだけの話ではない。
奥さんは俺と宗古が令和から戦国時代の大橋家に生まれ変わることを知っていたことになる。
俺の前にいる令和の女子高生女流棋士の想子、今の戦国時代では宗古だが、親を知らないと言っていたよな。親は宗桂のおっさんの奥さんなのか。
俺たちが転生していきなりおっさんに会ったときにおっさんはすでに俺たちがどこから違うところからやってきたというのは知っていたのか。
「もっと葛の葉さん、いえ、母のことが知りたいわ」
宗古が宗桂のおっさんに詰め寄っている。
それからもっぱら、葛の葉というおっさんの奥さんののろけ話を延々と聞かされた。
「あと、葛の葉は二回目の旅に出る前に妙なことを言っていた。
『今のままだと家康が天下をとれないし、あなたも名人になれない。どこか食い違ってきている。
修正して戻さないと。
そのうちにそれを修正してあなたを名人にする人がやってくる。徳川家康に恩を着せておくことが修正の糸口になる』と言っていた」
月の小面消失にかかわったのも家康に恩を売るためだったのか。
「まあ。普段から葛の葉の言動は変わっていたし、わしは王子稲荷神社で葛の葉と約束したので細かいことは気にしていないのじゃ。
何かこの世にないものを持っていたりしていたな。
一回目に旅の後、見かけない扇子をもってきて金剛太夫に献上していたりもしていたな」
夜になった。
宗古が俺に寄り添いながらまたスマホを見ている。
その夜は、スマホに忍びの月の声はしなかった。
おっさんはいびきをかいて寝ている。
俺がつぶやいた。
「宗古のお母さんかもしれない。葛の葉さんは。
旅に出るというのはタイムリープでもしていたのかな」
「そうよ。きっとそうだわ。私は一人じゃない。
あと葛の葉っていう名前は陰陽師の安倍晴明の母親の名前と同じよね。関係は無いと思うけれど」




