第十二話
勝吉が堀尾吉晴の前に座った。
横には小那姫が鎮座している。
宗古と俺は勝吉の後ろに座っている。
宗古は途中で狼煙が立った厠に行って何やら調べていた。
来電という能楽師と算砂と娘の月と宗桂のおっさんは、別の部屋で待機しているようだ。
「申し上げます。昨日宗桂殿の跡継ぎの宗古様とお連れのさつき様が道中夜盗に襲われた件で、一人夜盗の捕虜を捕まえました。
夜盗の尋問が終わる頃に、城の階下の厠から狼煙のような煙が立ち、城の出入り口の虎口の外から、夜盗と我らをめがけて、矢のようなものが放たれて夜盗の足と首に命中し夜盗は死にました」
勝吉が堀尾吉晴に報告している。
「狼煙は誰がつけたのか。ヨモギの香のようなものに火をつけたようだ」
「わかりません。城の下のほうなので当時は商人の出入り業者も居たようです。城の外にいたのは、勝吉である私と宗桂殿、宗古殿、さつき殿、算砂殿、月殿でございます」
「城の中の者が狼煙をつけたとすると、出入り商人以外に私、小那も嫌疑の可能性があるのか」
「いえ。滅相もありません。出入り商人の身分をこれからは厳格にするよう指示しておきます」
宗古が背筋を伸ばすと勝吉を遮って話した。
「さきほど、狼煙が立った厠を詳細に調べたのですが、線香の灰のようなものがありました。
狼煙に火をつけた犯人は、線香による時限発火装置を設定した可能性があります。
狼煙が上がったときに城の中だけではなく城の外の者にも火をつける機会があったと考えます」
「そうか。よくわかった。家康殿が気に入っていたとおりの利発な跡継ぎだな」
再び勝吉が話し始めた。
「夜盗が殺される前に、宗古殿を道中で襲った首謀者について聞きました。夜盗が言うには、馬に乗った若者が二人来るので襲って捕まえるかその場で殺してほしいと依頼されたとの事。
多額の金を積まれたうえに太閤様のお役に立てる、その者は太閤様の敵だと言われたらしい。
依頼した者は、名乗らず黒装束で顔も覆っていて男か女かはっきりしない、外からはやせ型で身長はあまり高くはなく指先は細かった、只ならぬ殺気というか雰囲気があったと、言っておりました。
夜盗を殺した忍びの者は女だったのですが、よく雰囲気が似ている気がします」
俺たちは狙われていたのか、何で。
「夜盗は奇妙なことを言っておりました。
その夜盗が言っていたことでありますが、
『その二人が生きていると太閤様の運命を悪くして家康を利することになる。その二人には未来が見える悪霊が取り付いている』
と奇妙なことを言っておりました。
夜盗の悪事を誤魔化す戯言だと判断いたします」
「宗桂殿の跡継ぎに聞くが、そのようなことはあるのか」
「先日太閤様に太閤将棋という将棋の件で、褒められました。太閤様の運命を悪くするとは思えません。家康様には月の小面で助言をさせていただきました。それが家康様を利するというのはそうかも知れません。決して私どもは悪霊ではありません」
「わかった」
まあ、戦国時代の未来は知っているが、と吉川は思った。
勝吉が続けた。
「忍びを殺したものはわかっておりませんが、さつき殿が火縄銃で足を狙い、そのあと何者かによって小刀のようなものが背中に刺さり死亡しました。虎口の外で小刀を投げた者はわかりませんでした。忍びの者が使う細長い棒手裏剣の小さな武器のようでもあり金属性の吹き矢のようなものでもあります。吹き矢は笛で偽装する者も居りますので芸事を装った間者か、忍びの者の仲間割れかもしれません。
夜盗や忍びを殺した者は家康殿に敵対した武田の残党かもしれません。警戒を強めてまいります」
能楽師の来電は笛のような小道具を持っていたぞ、と吉川は思った。
宗古が再び口を開いた。
「小刀は慣れているものなら、城の外にいる全員が狙えた可能性があります。堀尾様と小那姫様以外の全員が嫌疑の可能性があります。
今は忍びの者を殺した者はわかりませんが、また私たちが狙われるとしたらそこで悪党を捕まえる機会が生まれます。私たちが狙われる理由は月の小面に関係するとしか思えません。
今回我々が襲われましたが無事だったということは月の小面の謎に一歩近づいたということでしょう」
勝吉が言った。
「家康様のお気に入りの二人は私が万難を排し守ってまいります」
「わかった。念のため、小那を除いて所持品検査をして小刀やヨモギの香を持っていないか調べてくれ」
「承知しました。以上で報告を終わります。引き続き警戒を強めます」
雷鳴が鳴り始めた。
宗古が堀尾吉晴に尋ねた。
「近くに稲荷神社はありますか。神にお祈りをしたいので」
「家康殿に縁の遠江分器稲荷神社がある。永禄11年、西暦で言うと1568年に家康殿が創建されたはずだ」
「まだ危険があるので、私が送り迎えで守る」
勝吉に守られて、宗古と吉川は遠江分器稲荷神社を訪ねた。
「月の小面で、どのように消失したかは分かったと思うの」
「どうやったのだ」
「まだ調べることがあるからもう少ししたら言うわ」
「私たちが襲われたということは月の小面消失の謎を解いてほしくない人がいるということよ。
伏見の家康様の屋敷で情報が漏れたかもしれないわ」
「厳重な屋敷でそんなことがあるのか」
「忍びならあり得るわ。それとも身内で誰か裏切り者がいるかもしれないわ。ここの鳥居に近づいてスマホで待機よ」
雷鳴が大きくなった。
「抱きしめてね」
吉川は片手にスマホを持って、片手を宗古の背中に回した。
宗古は柔らかな胸元の双丘を吉川に押し付けてきた。
また事件のことを考えないとまずい。
大きな稲光が走った。
スマホが輝き始めた。
雪月花のアプリが起動する。
画面には、狐のような動物と2/10と書かれた数値とレベル2という文字が浮かび上がった。
襲われたが宗古を守ったからな。短筒の火縄銃も手に入れたし、宗古は消失の謎のヒントを得たようだ。
だからレベルが上がったのか。
しばらく浜松城に宗古と吉川は滞在した。女中が見張っているので
二人の仲は進展していない。
ある日堀尾吉晴に呼ばれた。
「家康殿がもうすぐ到着される。
浜松城で今晩止まられて明日朝出発される。伝令が伝えてきた。旅の支度をしないといけない」
家康殿が浜松城に着いて、好々爺の表情で宗古に話しかけた。
「久しぶりだった。共に肥前名護屋城に行こうではないか」
翌朝になった。まずは伏見を目指すらしい。しばらく伏見で滞在したあと姫路城を経由して肥前名護屋城に行くらしい。
二人は馬を用意され、また吉川が前に宗古が後ろで出発した。
後には家康の兵と前には勝吉がいる。
宗桂のおっさんに算砂と月、能楽師はだいぶ前に先に浜松城を出発した。全員肥前名護屋城に行くらしい。宗桂のおっさんとは伏見で落ち合う予定だ。
宗古はまた柔らかな双丘を吉川の背中に強く押し付けてきた。さらしは巻いていないようだ。
吉川は冷静になるために事件について考えるようにした。
「浜松城でキスすると思ったのに。
意気地なしの旦那さん。
肥前名護屋城は太閤含めて全員揃うのね。
月の小面の謎が完全に解けると思うわ。どうやって消失させたか、だけはわかったけれど。堅ろうな蔵で、家康様が蔵の鍵を持っていたわけだからこれしかないわ」
宗古の機嫌は良いようだ。




