婚約破棄を告げし者
(前生)
王宮の小規模な夜会はレオナルド殿下の主催で急遽決まったものだった。
小規模とはいえ、第一王子殿下の招待となればそれなりに貴族が集まる。
そろそろ開催の挨拶がある時間と思いホールに留まっていれば突然殿下が私を指差した。
「シャリスタン・アジェスト!お前との婚約は今日をもって破棄する!」
ヴァッフェル王国、第一王子殿下レオナルド・ヴァッフェル。元々王命により年齢の近い公爵家に令嬢がシャリスタンしかいなかったというだけで結ばれた政略の為の婚約。恋情は無かったが、貴族の婚姻は得てしてそういったものと思っていた。
「レオナルド様、理由を伺ってもよろしいですか?」
持っていた扇子を口元に当て少し視線を伏せて聞いてみる。
破棄にするにしても、解消にするにしてもこの婚約は王命によるもの。殿下の思いだけではどうにもならない。
「シラを切る気か。お前はここにいるマリン・ダフタン男爵令嬢を下位貴族と貶め数々の嫌がらせをしたそうだな!」
そう言われ殿下の腕にぶら下がるようにくっついているマリン様をみればフルフルと震え泣くのを我慢しているように見える。
「レオナルド様、それは基本的なマナーを注意…」
説明をしようと少しばかり顔を上げた時に更に大きな声で止められた
「それだけではない。マリン嬢に醜い嫉妬をし階段から突き落としたそうではないか!」
マリン様が殿下の耳元で何かを囁く。
(嫉妬…)
嫉妬という言葉に暫し意味を考えてしまった。嫉妬とは相手に恋情やそれに近い気持ちがあればこその感情。
殿下に対してそんな気持ちはない。
「殿下、私はそのような事はしておりません」
シーンと静まりかえるホールに大きくもない私の声が響く
「なんだと!言い逃れをするな!お前は殺人の容疑で拘束する!」
マリン様が殿下に何かを囁く毎に言動がヒートアップしている気がする
「!?」
ホール全体がザワザワと騒がしくなり始める
驚きと批難、嘲笑。色々な感情を載せ囁く人達。
「私は決してそのような事はしておりません」
婚約破棄はこの際どうでも良いが、全く身に覚えのない罪を被るのは両親や兄に迷惑がかかる。
「うるさい!言い訳など聞かぬ!」
殿下の後ろにいた憲兵がこちらに一直線に歩いてきて私の腕を掴んだ
「痛っ!」
力任せに後ろに拘束され肩や腕が軋む音がした。
「!?」
あまりの痛さに殿下の方を向くとマリン様がニヤリと笑っていた。
「怖い…」と殿下に擦り寄るマリン様と愛おしそうに頬を撫でる殿下を見て底知れる恐怖が湧いてきたが全てが遅かった。