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第八話

「あっはは!ほらほら、頑張って捕まえてみなよ!」


「ぐぬぬ・・・・・・」


穏やかな昼下がりの庭園で、アイゼアの愉しそうな笑い声が響く。

その横で、ウィラは不服そうに頬をふくらませて拗ねている。


魔術の授業と称して彼が始めたのは、『影追い遊び』だ。

『影追い遊び』とはシューリアの子供なら馴染みのある遊びらしく、魔術で作った幻影を追いかけて捕まえるというもので、要するに魔術を使った追いかけっこのような遊びだ。

しかし、捕まえる相手が彼が魔術で作ったキラキラと輝く赤い蝶々で、その上捕まえる方法も魔術道具である小さな籠に収めるというもの。

さらに籠の扉を閉じるのにも魔術の詠唱が必要になるらしく、一筋縄ではいかないのだ。

もちろん、アイゼアが作ったものなので少量の魔力を流すだけで良いらしく、魔術の適性や簡単な詠唱は教えて貰い多少なりとも魔力の使い方を身に付けられるようになったウィラなら扱える代物らしいが、この惨状を見る限り簡単とは言いがたかった。


「おいおい、どうした〜?早くしないと逃げられちゃうぞ」


ウィラは一生懸命籠を片手に追いかけるが、アイゼアから煽られっぱなし。

蝶々はますます早く飛び回り、止まる気配も見られない。


(まったくこの男は〜っ!)


子供っぽく地団駄を踏んで怒りをあらわにした。

だがアイゼアはウィラのその仕草を見てますます笑うばかり。

影追い遊びをしようと提案したのはアイゼアで、シューリア国人である彼にとってこの遊びは手慣れたものなのだろう。

魔術の勉強をすると言われた時は、机に座り書を開いて学ぶのだとばかり思っていたから、影追い遊びをすると言われた時は拍子抜けだった。



───────あの夜、気がつけば朝になっていて自分の部屋のベッドでぐっすりと眠っていた。

アイゼアが運んでくれたのだということは考えるまでもなく分かった。

さらに持っていた書庫の鍵もランタンも戻してくれていたようで、フィオナやメイドたちからも変わった様子はなく、彼が全て上手く後片付けしてくれたということだった。

ウィラとしては複雑だが、素直にありがたいと感謝の言葉を伝えておいた。


それからアイゼアに、約束通り魔術について教えてもらっているわけだが、先程からこんな調子で一向に進んでいない。


「ちょっとアイゼア!さっきから笑ってばかりじゃない!」


「いや悪い悪い、お前があんまりにも面白いものだからなぁ」


初対面の時の爽やかな笑顔はどこへやら、ウィラ以外誰もいないのをいいことにすっかり意地の悪そうな顔をしている。

そんなに油断してるとすぐボロが出ちゃうぞ、なんて心の中で思っていると。


「あらあら、お二人ともこちらにいらっしゃたのですか。アイゼア様とウィラ様は仲良しですね。微笑ましいですわ」


洗濯かごを抱えたフィオナが通りかかり、ふふふと笑われてしまった。

もちろん、アイゼアの顔はすぐさま表向きのものに切り替わる。


「ふふっ、ウィラがかわいいからつい構ってあげたくなっちゃうんだ」


どこがだ。

そう言ってやりたくなったが、悪態は心の中だけに留めておく。


「後でお茶とお菓子をお持ちしましょうか?」


「ほんと?嬉しいわ、ありがとう!」


俄然やる気が出てきたと、屋敷へ向かっていくフィオナを見送りながら腕まくりをする。

甘味はいつだって最高の


「すぐ菓子につられるよな」


アイゼアからのボソッとした呟きに、負けじとウィラも言い返す。


「そう言うあなただって、この家のクランベリーパイ大好きじゃない」


「・・・・・・それはアイゼアの好物だから。俺はそういう設定を守ってるだけし。別に好きじゃないし」


「どーだか」


あくまでもシラを切るらしい。

『アイゼア・エルディック』ではなく、彼本人がこの家のクランベリーパイを気に入っていることなどウィラには分かりきっていた。

一昨日のお茶会で、クランベリーパイを前にした時の彼の緩みきった笑顔を思い返せば言うまでもないことだ。


「んなことより、早く追いかけなくてもいいのかよ」


好物を言い当てられて恥ずかしいのか、話を逸らされる。


「分かってるよ、あと少しで捕まえられるから急かさないで」


根拠もないのに見栄を張ってしまった。

もうやってやるしかないと籠を掲げて走り出そうとすれば。


「ちょっと止まれ」


「えっ?」


追いかけろだの止まれだの、どっちかにしてくれと足を止める。

今度は何だと思っていれば、アイゼアがこちらに寄ってきて、さらにウィラの籠を持っている方の手に彼の手を重ねてきた。

ウィラよりも大きな手は見た目よりもがっしりとしていて力強く、慣れない感触になんだか変な気持ちになる。


「落ち着いて、深呼吸。自分の中にある魔力の流れを掴むんだ。指先に力を込めてみろ」


言われたように、呼吸を整えて力を込める。

目を閉じて集中すると、だんだん指先の方がゆっくり、じんわりと熱くなっていく。


「言葉に、力を乗せて」


囁かれるまま、導かれるまま。

ウィラの口は、自然と言葉を紡いでいた。


「おいで《フロース・クルス》」


一瞬、空気が変わったように感じた。

煽るように頭上をくるくると飛んでいた赤い蝶は、穏やかな初夏の風に吹かれながらこちらへ向かってくる。

籠をかざすと、蝶は誘われるように吸い込まれていき、キィ・・・・・・と音を立ててゆっくり小さな籠の扉が閉じられた。


「わぁ・・・・・・!」


思わず歓声を上げてしまう。

籠の中では蝶がキラキラとした鱗粉を散らしながら、くるりと一回転した後に霧散して消えてしまった。

これで、捕まえるのに成功したという判定になる。


「やれば出来るじゃないか」


アイゼアから、わしゃわしゃと子供にするように頭を撫でられた。

髪が少し乱れてしまったが、褒めてもらえて素直に嬉しいので気にしない。


フロース・クルス。

聞き慣れない単語だが、これは、アイゼアが考えてくれた詠唱の言葉だ。

通常、魔術師が詠唱を用いる際には、それぞれ個人で独自の詠唱の文言を使う。

ウィラの場合はアイゼアが考えてくれたもので、今後魔術を使う際にはこの言葉を唱えることになる。

文言を授かってすぐにはまったく扱えず、ただ変わった単語を繰り返しているだけの光景になってしまっていたのでこんなに早く使えるようになるとは思わなかったが、これも全てアイゼアのおかげだろう。

自力でちゃんとした魔術を使ったのは、これが人生で初めてのことなのだから。


「私でも魔術を使えるのね・・・・・・!」


「最初はこんなもんだろうな。修練を重ねれば、そのうち上達する」


「どのくらいまでできるか分からないけど、私、頑張るわ!」


頬を紅潮させてやる気に満ち溢れた様子のウィラを見て、アイゼアは顔を綻ばせた。


「人は誰しも魔力を持って生まれる。それをどう扱えるかは、それぞれの素質次第ってところだ。魔術大国であるシューリアに生まれてもロクに魔術を使えない人間もいれば、科学の発展した国に生まれたのに魔術が上手い人間もいる。幸いにもお前はそれなりに素質がありそうだからな、努力すれば上手く扱えるようになれるだろう」


「そうなんだ・・・・・・アイゼアも、たくさん努力したの?」


真面目な顔で語るアイゼアを前にして、少し興味が湧いてそう聞いてみた。

自称であるが、彼は魔術監査局のエリートであるらしいので、当然といえば当然のことなのだがいくつも努力を重ねていたのだろう。


「まあな。俺の場合は生まれがちょっと変わってるってのもあるが、昔は苦労したもんだ」


そうアイゼアは語ってくれたが、その声色はいつもよりも穏やかだ。


「魔術が使えないって言うよりも、魔力が強すぎて自分じゃ制御できなかったからな。自分も、他人も、何度も危険に晒してきた。ま、今はもうそんなこともないしエリート街道まっしぐらだしな」


なんとなく、その横顔が寂しそうで。

踏み込めないと。

直感的にそう思って、顔を背けてしまった。

変わった生まれとは、彼の来歴は一体どのようなものなのか、聞きたいけれど聞くことはどことなくはばかられる。

おそらく表情や後に続く言葉からして彼は何の気なしにこぼしたのだろうが、どう考えてもワケありだとしか思えない。

ただの一時的な偽の妹が、彼の深いところまで踏み込んでいいのかとどうしても躊躇われるのだ。


「そんなことより、魔術を初めて使った感想を聞きたいかな。どうだったか?使ってみて」


ウィラが困っていると、自然とアイゼアが話題を元に戻す。

魔術を使った感想、と聞かれて率直に口に出してみた。


「うんとね・・・・・・。そうだなぁ、今まで味わったことの無い感覚でちょっと不思議な気持ちになったんだけどね、すっごく素敵な気持ちにもなった」


するとアイゼアは、ウィラの言葉に気を良くしたようで上機嫌に笑顔をうかべる。


「そうか、そりゃ良かったぜ。まあ、なんつったって師匠がいいんだからな!」


その顔は年相応の青年らしい快活な笑みで。

やはり彼には、脅す時のような恐ろしい顔よりも、作り物の笑顔よりも、こういう素が見えるような表情が一番似合うと思わされるのであった。





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