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第六話

「どういうことなの、説明して」


いつまでも外にいるわけにはいかないと、アイゼアの部屋まで連れられてきたのだが、部屋へ着くなりウィラは彼を睨みながらそう言った。

警戒心が剥き出しになっているが、無理もないだろう。

つい先程まで仲良くしていたはずの兄が、深夜に庭園で血塗れた姿でいたのだから当然のことだ。


「まあ落ち着けよ。そんな顔するなって、かわいい顔が台無しだぞ」


茶化すようなその言葉に、ウィラはますます眉間に皺を寄せる。

ウィラとは対照的に、アイゼアはずっと余裕綽々といった様子だ。

頬やシャツについていた血はここへ戻る前にアイゼアが魔術を使って素早く洗い落とした。

滲み一つ残さないほどの手際で、衣服はとても汚れていたとは思えないほど綺麗な状態になっている。

魔術とは便利なもののようだが、使い方次第では犯罪にも有効なのだということを目の当たりにした気分だった。


「ま、お前の気持ちも分からんでもないがな。それはそうとして、ウィラこそこんな時間に何してたんだよ。子供は寝る時間だろ」


「・・・・・・っ、質問してるのはこっちよ!」


「そうだな、悪かった」


わざとらしくククッと喉を鳴らして笑う。

こうなってしまった以上、隠し通すことは出来ないことは分かっているがそれでも言いたくなかった。

それも、彼の前では見抜かれているのだろうが。


「ああ、どこから説明してやろうか・・・・・・。長話は好きじゃないんだがな」


アイゼアはそう言って少し思案するような仕草をすると、おもむろに顔を上げた。


「まず俺はお前の兄貴だが兄貴じゃない。『アイゼア・エルディック』という存在を一時的に借りている者だ」


「・・・・・・?」


「分かんねぇって顔だな。まあそうなるよな」


勝手に納得したようにうんうんと頷いているが、アイゼアの言う通りにまったく理解不能だった。

兄だけど、兄じゃない。

アイゼアだけど、アイゼアじゃない。


「どういうこと?」


謎掛けのようにややこしくなってきた。

ウィラが頭を抱えると、アイゼアは楽しそうに笑う。


「出身はシューリアで、年齢は本物のアイゼアと変わらん。この家とはなんの関係もない赤の他人で一般人だ。ちょーっとした面倒な用があってグランシアの上流階級に潜り込まなきゃならなかったんだが、偶然にも俺によく似た外見の奴がシューリアの学院にいるってんだからその身分を借りて成り代わってるんだよ」


「・・・・・・つまり、あなたはシューリアから来た人で、アイゼア・エルディックに成りすましてるってこと?」


「ああ、その通りだ」


グランシアの貴族階級に潜り込まなければならないちょっとした用事とは。

外見が少し似ているだけの人間に成りすます一般人とは。

そもそも今目の前にいる『アイゼア・エルディック』は何者なのか。

疑問点は山ほど増えたが、一旦それらは飲み込んでおく。


「いやでも、そんなことってできるの・・・・・・?」


初対面のウィラは騙せても、この家の人達にはバレるに決まっている。

特に、母親であるミルドレッド夫人なんて絶対に気づくはずだろう。

いくら似ているとはいったところで、自分の息子によく似ているだけのただの他人なのだから。

だが実際に暮らしていて、屋敷の使用人たちがアイゼアのことを疑うような様子はまるで無い。

実母であるミルドレッド夫人も、彼のことを息子として扱っている。


「本物のアイゼアはもう七年もグランシアへ帰っていない。顔や性格が多少変わったところで不自然にはならないし、本物のこともよく知らないんだから疑いようがないだろ」


アイゼアはそう言うと、何か思うところがあるように視線を逸らす。


「まァ、あの夫人に関しては分からんがな。あの人が何考えてんのか俺にはさっぱり読めねぇ」


そういえば、ここへ来た当日もミルドレッド夫人に対して少し苦手そうな様子を見せていたことを思い出した。

確かにウィラとしても、彼女は今まで出会ってきたどの大人とも違うタイプで接しづらさを感じている。

なんというか、優雅で気品溢れる麗しい人のようでいて、その真意は常にどこかにあって全てを見透かされているかのような気分にもなるのだ。

要するに、ウィラもアイゼアと同じくしてミルドレッド夫人の考えていることが分からず見透かすようなその視線が苦手だということだ。


「じゃあアイゼアは、なんのために成りすましてるの?ただ上流階級に用があるのなら、使用人として雇われるとかもできなかったの?」


「それも考えたんだが、やっぱりそれなりの身分があったほうが色々と便利だからな。事情が事情なだけに下手打つわけにもいかないし」


やれやれと首をすくめているが、そもそも他国の貴族に成りすましている時点でかなりダメなのではとウィラは冷めた視線を送った。


「じゃあその事情って?」


「今は教えられん。と言いたいが、この際どうせなら巻き込んだ方がいいかもな」


その意地の悪そうな笑顔を見て、ウィラは一瞬、後悔の念を覚えた。


(あれ、なんか嫌な予感する・・・・・・)


しかし、ここまで乗りかかったのだから引く訳にはいかない。

根掘り葉掘り聞き始めたのもこちらが最初だ。

ウィラは仕方なしに覚悟を決めた。

だが、彼の口から出てきた言葉は予想外のものだった。


「シューリアにある王立魔術監査局って知ってるか」


「な、なにそれ知らない・・・・・・」


盛大にため息を吐かれた。

どんな事情が出てくるのやらと身構えていたら、まったく聞き覚えのない組織名を出されたのでこちらも反応に困ってしまったのだ。

予想外、というよりも知識外ということになる。


「いい。知らないなら覚えてくれ。シューリアには王立魔術監査局ってのがあってだな、魔術師や魔術学院の上にある組織で、魔術犯罪の取り締まりや禁書の保存、その他諸々魔術に関することなら必ずここを通さなきゃいけないぐらいの組織だ」


シューリアは言わずと知れた魔術大国である。

魔術大国であるからこその組織というわけか。

グランシアにもそのような組織は小さなものならあるのだろうが、国の上に立つような権力があるわけではない。


「まあ要するに、魔術師たちによる魔術師の自治組織みたいなもんだ。国中の強い魔術師がめちゃくちゃ集まってるってことが分かりゃいい」


「なるほど・・・・・・。じゃあアイゼアは、その魔術監査局っていうところから来た人ってことなのね」


「そ。これでも歳の割に階級としてはかなりのエリートなんだぞ」


「へぇ・・・・・・」


自慢げに言われてもピンとこない。

魔術を知らない凡人に、魔術師のことを説明されたって頭では分かっても実感はわかないのだ。


「信じてねぇって顔だな」


「そういうわけじゃないけど・・・・・・。というか、じゃあそのエリートさんは一体なんの用があってわざわざ潜入してるの?その、魔術監査局での身分は通用しないの?」


先程から質問してばかりになってしまうが、仕方がない。

魔術監査局というれっきとした国家権力があるのなら、こんなふうに隠れなければならない理由が分からないのだ。

アイゼアは少し躊躇うような顔を見せるが、諦めたように話す。


「・・・・・・半年前に一冊の古い魔術書が盗まれた。どういう経緯か俺は知らんが、今はこの国の貴族の手に渡ってる。厄介な代物で絶対に回収したいが、外交問題には発展させたくない。盗まれたのもこっちの落ち度ってのがあるしな。要するに、秘密裏に処理したいからわざわざこんな面倒なことしてるんだよ」


「盗まれたって、それって大丈夫なの!?」


「いや全然大丈夫じゃない。どっちかっていうと上層部の連中が、だがな。魔術書の管理は俺の管轄外だし。今回の任務も適性があったから押し付けられただけだ」


つまり、大切な魔術書が盗まれた上にこの国の貴族の手に渡ってしまったので取り返しようにも簡単には手が出せないということだ。

盗みに関してもグランシアの者の犯行の可能性がある。

魔術監査局としては、外交問題にするよりは波風を立てないように秘密裏に解決させる方針で決めているのだろう。


「俺以外にもグランシアに潜伏してる奴はいる。そいつらと連絡取ったり、情報集めたり色々やることはあるんだ。ついさっきまで出かけてたのもそれが理由だ」


だからあんな時間に帰ってきたということか。

こっそり外に出るにしても、屋敷の誰かに見られてしまうわけにはいかない。

ようやく合点がいった。

だが、それならば余計に疑問点は増える。


「あれ、じゃあさっきの血はなに。仲間と喧嘩でもしたの」


すぐさまアイゼアの視線が泳ぎ出す。

単に仲間との密会であるのなら、あんなふうに血を被る理由はないだろう。


「あー、いやそれはちょっとな。俺をいいとこの坊ちゃんだと思った、柄の悪い連中に絡まれて」


「ま、まさか・・・・・・」


その口ぶりから最悪の場合を想定して、ウィラはさっと青ざめる。


「いやいや、殺しちゃいねぇ。殴られたから殴り返しただけだ。ただの正当防衛だろ」


「絶対違う!」


「こっちが穏便に済ませようぜって下手に出てやってんのに、話も聞かないで暴れる連中が悪いんだろ。ま、相手を間違えたってやつだ」


肩を竦めてそう言うが、相手も災難だっただろう。

そもそも魔術師なのに武力行使に出るところが間違っているのではないだろうか。

やれやれと澄まし顔で笑っているが、どことなく孤児院にいたやんちゃな子供を思い出した。


「ともかく、お前は俺の秘密を知ったんだから協力してもらうぞ」


「え!?」


ウィラはぶんぶんと首を横に振って拒否の意向を示す。

協力しろと言われても、できることなどほとんどないだろう。

それが、魔術に関することとなれば尚更のことだ。


「別になにかをしろってことじゃないんだ。ただ、俺の活動を邪魔するなってことだ。まさかこんな真夜中に遭遇するとは思わなかったが、今後も今日みたいに同じようなことがあるかもしれないしな。あとは、街へ出る時に適当に口裏合わせてくれるとか。とにかく、エルディック家に一人でも内情を知ってる協力者がいてくれた方が俺も助かるんだよ」


たしかに、今回はウィラが相手だったからよかったものの他の誰かに遭遇したのであれば誤魔化しきれるかどうかは分からない。

彼が大胆に活動しているのは、バレることは無いという絶対的な自信が根本にあるのだということは感じるのだが、やはり念には念をということか。


「別に、それなら何も問題無いだろ。お前も隠し事をしてるんだ、脅迫したいわけじゃないが・・・・・・今夜のこと、バラしてやってもいいんだぞ」


ぐっとアイゼアの端正な顔が近づいてきたと思ったら、そっと手を握られた。

ウィラの掌にはまだ、書庫の鍵がある。

これが意味することは、すなわち。


「・・・・・・っ!」


どこが脅迫したいわけじゃない、だ。

今まさに脅しているではないか。

そう怒りたくなる気持ちをぐっと堪えて、ウィラはアイゼアの赤い瞳を見る。

こちらにも後暗いところがあるのを分かっている上で、あえて全て話したのだろう。

上手いことのせられてしまったわけだ。


覚悟が甘かったとウィラは心底後悔する。

この男は、思っていたより厄介だ。




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