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第四話

「わぁっ・・・・・・!すごいわ!」


アイゼアに連れられて来た部屋は、真新しい家具の用意された綺麗な部屋だった。

ふかふかのベッドに滑らかな手触りの机が置かれていて、白いレースのカーテンは眩しいくらい。

それになにより、自分だけの部屋というものは初めてのものでとても嬉しかった。


「喜んで貰えたみたいでよかったよ。それで、ずいぶん軽い荷物だけど、本当にこれだけ?」


あれやこれやと見て周り喜んでいるウィラに、アイゼアが荷物を渡す。


「あ・・・・・・えっと、元々自分のものはあまり持っていないの。必要なものは最低限揃っているから大丈夫よ」


ウィラが持ってきたのはいくつかの衣類と、家族や孤児院での思い出の品ぐらい。

貴族と庶民を較べても仕方がないが、貧乏なのがバレバレでウィラは少し恥ずかしかった。


「街に行くのもいいけど、やっぱり王都で色々探した方がいいんじゃないかな。今度連れて行ってあげるよ」


「え!?でも、わざわざそんな」


「いいのいいの。気にしないで。俺が君になにかしてあげたいだけだから」


断ろうとするウィラにそう説き落とした。

ウィラは王都へ行ったことは無い。

この街もそれなりに発展している小都市だが、王都はここよりも賑わっているとシスターから聞いたことがあるぐらい。

ウィラにとって王都と言われれば大都会のイメージなのだが、その大都会に連れて行ってくれるだなんて。

『兄』というのはその肩書きだけでこれ程妹に優しくしてくれるものなのだろうか。

あいにくウィラは一人っ子だったのでそんなことは分からない。


「部屋なんて、無駄なもので溢れるぐらいで丁度いいさ。何も残らないのは寂しいからね。この本棚も今は何も入ってないけど、君がたくさんの本を読んでここに収めればいい。このクローゼットも、君に似合うドレスで埋め尽くせばいい」


まだ家具が置かれているだけの真新しい空間で、彼はそう言った。

たしかに、何も残らないというのは寂しいことだとウィラは知っている。

顔を見る前に死んでしまった父も、病で若くして命を落とした母も、それぞれ思い出の品を残してくれた。

アイゼアも、父である伯爵を亡くしているので同じ思いなのだろう。


「もちろん、思い出もたくさん作らなきゃだ。俺はすぐシューリアに帰るけど、君とは気が合いそうだからね。たくさん仲良くしておきたいよ」


「あ、ありがとう・・・・・・アイゼア。あっ、えーっと、お兄ちゃん?お、お兄様?兄上?」


気が合いそうと言われて嬉しかったのだが、彼のことをどう呼んでいいのか考えていなかった。

ウィラがあれこれ呼び方を考えていれば、アイゼアはこれは堪らないと吹き出して笑う。


「あっはははっ!そんなに悩まなくたっていいじゃないか。好きなように呼んでくれて構わないよ、アイゼアでもお兄ちゃんでも。ああでも、兄上はちょっと違うかな」


「じゃあ・・・・・・アイゼア、で」


迷った末そのまま名前を呼ぶことにしたのだが、アイゼアは満足そうに頷いてくれた。

お兄ちゃんと呼ぶのも変な感じがして、かといって歳上の男性を呼び捨てにするものおかしくないかと思ったが、どうやらこれで正解だったようだ。


荷解きを済ませた後は、アイゼアに邸内の様々な場所を案内してもらった。

食堂やバルコニー、彼の部屋の場所などなど。

邸内は落ち着いた調度で、どの部屋も、使われていない客までさえ隅々まで掃除の行き届いていて驚きだった。


「で、ここがエルディック家自慢の庭園だ」


「わあっ、素敵!」


アイゼアに案内されてきた庭園は、色とりどりの季節の花が咲き誇る美しい庭だった。

広々とした緑溢れる空間には、バラのアーチや清らかな池などが設置されていてよく作り込まれているのが分かる。

自然美の感じられる、心が落ち着くような素敵な場所だ。


「この庭は母さんが屋敷の中で一番大切にしている場所でね、客人が来ると必ずこの庭を見せるんだよ」


「こんなに素敵な庭園なんだものね。私、こんなに綺麗なところは初めて見るわ!」


ミルドレッド夫人がここを大切にするのも分かる。

細かく調整されていても自然美が感じられて、どこまでも丁寧に庭を作り上げている。

物語の挿絵のような幻想的な雰囲気もあって、ウィラはすっかりここが気に入った。


「気に入ってくれたみたいで何よりだ。今度時間のある時にここでティーパーティーでもしようか」


「本当!?すっごく楽しみ!」


なんとも魅力的なお誘いに、ウィラは思わずはしゃいでしまった。

涼し気な風の吹き抜けるこの庭園でのティーパーティーだなんて、きっと素敵な時間になるだろう。


そうして、ひとしきり美しい庭園を満喫した後、最後に案内されたのは邸内の奥にある図書室だった。

重厚な扉を開けば、そこには天井まである本棚がぎっしり詰められている


「たくさん本があるのね・・・・・・!」


あれこれと本に手を伸ばして見る。

ウィラは本が好きだが、孤児院にいた頃はいくつも自由に買えるようなお金はなかったからこの図書室は夢のような場所だった。


「ここにある本は何時でも読んでいいよ。君みたいな若い子が好むような恋愛小説とかはあんまりないけどね」


「そんなことないわ。どの本にもたくさんの知識が詰まってるもの。私、色々読んでみたい」


たしかに、アイゼアの言うように貴族令嬢が読むものとなると世間で流行りの恋愛小説ぐらいに限られるだろう。

だがウィラは、自分の読めるものなら何でも読んできたのでそんなことは気にしない。


「知らないことを知るのって、とっても大切なことよ。ここには孤児院には置いてない本がいくつもあるわ。この辞書も、この小説も私は初めて見るもの」


孤児院では知識こそ何よりも大切なものであると、とあるシスターに教わって以来ウィラは文字を学び読書を嗜むようになった。

庶民にはいらないものかもしれないが、本を読めるようになって困ったことは一度もない。


手近にあった分厚い本を取って、ページをいくつか捲る。

ぎっしりと文字の詰まったそれは、冒頭であまり穏やかではなさそうな殺人事件が起きているのでどうやら推理小説のようだ。

同じ年頃の少女は好まないだろうが、ウィラにとってわくわくするものだ。


「なるほどなぁ・・・・・・」


「な、なにか変だった・・・・・・?」


ウィラの様子を見てアイゼアが考え込むものだから、ウィラは自分が間違ったことを行ってしまったのかと不安になる。

考えてみれば、隣国の有名な学院で学んでいる人に対して知識がどうのこうの語るのは恥ずかしかったかもしれない。


「ああいや、意外だな、って。学術を重視するような子だとは思っていなかったんだ」


別に悪い意味じゃないよ、と彼は慌てて付け足す。


「もっとこう・・・・・・なんというか、かわいいドレスやお菓子とかの方が喜ぶのかなって。魔術も、珍しいから興味を惹かれただけかと思ってた。今まで身近にいた君ぐらいの女の子がわがままな子ばっかりだったおかげかな」


なにか苦い思い出でもあるのか、アイゼアは眉を下げてそう笑った。


「勉強に対して意欲があるのなら、俺は君を応援したいと思うよ」


「ふふっ、ありがとうアイゼア」


ぽんっと頭に手が置かれて、優しく撫でられる。

慣れない感覚に戸惑いつつ、その優しい大きな掌が暖かくて、なんだかくすぐったかった。


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