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第二話

しばらくの間窓辺を眺めていると、どうやら到着したようで馬車が止まる。

時刻はもう昼過ぎで、馬車の中ではシスターから持たせてもらった昼食を食べたが、もうこのサンドウィッチを食べることはないのかと思うと寂しくて、気を紛らわそうと窓辺に視線を移してそれきりだった。

降りなければと思い扉に手を伸ばしたが、ウィラの手が伸びる前に御者により扉が開けられて驚いてしまう。

開け放たれた扉から見えてきたエルディック家の屋敷は想像していたよりも大きくて、まだ門前だというのにウィラはすっかり圧倒されてしまった。


「お嬢様、お手をどうぞ」


「お、おじょ・・・・・・!?」


馬車を降りようとしたところ、すぐさま差し出された手にウィラは戸惑う。

孤児院や街で、お姉ちゃんなりお嬢ちゃんなりよばれることはあれど、『お嬢様』などと呼ばれたことは初めてだ。

それに、使用人たちが当然のように恭しく頭を下げるものだからウィラはどんどん恐縮してしまう。

たかが16歳の子供相手に綺麗な身なりの大人が礼儀正しくするなど、どれほど奇妙な光景だろうか。

向こうはメイド服やら執事服、かたやこちらは飾り気のないコルセットワンピース。

これでも自分の持っている中は上等なものなのだが、どこにでもいる街娘にしか見えない。


「慣れないでしょうが、慣れてください。貴方様は今日からこの家のご令嬢ですから」


ずいぶんな無茶を言う人だ。

しかし彼の言っていることの方が正しいので素直に聞き入れるしかできない。


「本日からお嬢様の侍女を務めさせていただきます、フィオナと申します」


すでに疲労困憊気味のウィラに、これまた恭しいお辞儀で名乗ったのはどうやら侍女らしい。

ウィラよりも少し年上の綺麗な女性で、その優しそうな笑顔に少し安心した。


いきなり実は隠し子だったなんていって庶民の子供を迎え入れることになったのだから、エルディック家に勤める使用人から反発があるのでは無いのかと不安だったのだ。

ウィラはそこまで嗜むわけではないが、市井で流行しているようなロマンス小説では、使用人たちに虐められるヒロインは定番らしく現実でもそういうことになったりするのではと思っていたが、さすがは伯爵家だ。

たとえ使用人でも家名に相応しい人物を雇っているということなのだろう。


「奥様はこちらにおられますよ」


フィオナの案内で広い屋敷の中を進んでいく。

トランクは自分で持つと言ったのだが、お嬢様のお手を煩わせるわけにはと持っていかれてしまった。

手持ち無沙汰になり落ち着かず、あちこちをきょろきょろと見回してしまう。

行儀が悪いのは分かっているが、綺麗な格子窓や絨毯、廊下に飾られた調度品など見慣れないものばかりでどうしたって落ち着けない。

フィオナからはぐれないようについていくが、偶然にも曲がり角から姿を表した男性とばっちり目が合ってどきりとしてしまった。


黒髪に赤い瞳で、端正な顔立ちだが少し不機嫌そうな顔をした青年だ。

ウィラよりもはるかに身長が高く、見上げるような形になってしまう。

服装を見る限りおそらく彼はこの家の、エルディック家の子息だろう。

エルディック家には長男が一人いるということは事前に教えてもらっていた。


「アイゼア様、こちらにおられましたか」


「あー・・・・・・えっと、その子は?」


アイゼアと呼ばれた彼は、ウィラのことを頭のてっぺんからつま先まで見る。

ウィラが来ることが伝わっていないのか、それとも思っていたよりもみすぼらしい娘が来たと困惑しているのか。

ここへ来てから一番居心地が悪いと思った。


「きょ、今日から妹になりましたウィラです」


なんとか名乗り、ぺこりとお辞儀をする。

貴族の子女ならドレスの端を摘んで、姫君のような麗しい礼をするのだろうが、あいにくそんな作法を学ぶ時間もなかった。

今日から妹ですとはなんともヘンテコな名乗りだろうが、それ以外に言い様が思いつかないので致し方ない。


「いもうと・・・・・・妹。ああ、そうか。妹ね、なるほどなるほど」


アイゼアはぶつぶつと呟いて少しの間考え込む。

それからすぐに顔を上げると人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「俺はアイゼア・エルディック。君のお兄さんだ。今日からよろしく頼むよ」


「は、はい」


初めて顔を見た時は威圧感があって怖かったが、こうして見ればいかにも爽やかな好青年だ。

使用人同様に、エルディック家の人に受け入れてもらえるかどうかは最大の不安要素だったので、優しくしてもらえてよかった。

初めて顔を見た時のあの鋭い眼光を思い出すともう終わりだと思ったが、どうやら上手くやれていると思っていいだろう。


「母さんの所へ行くんだろう?俺も一緒に行ってあげるよ」


アイゼアが隣に並ぶ。

ミルドレッド夫人は書斎で待っているそうなので、そちらへ向かってるいるのだ。


「さっきはごめんね、俺も直前まで何も知らされてなくてさ。でもまさか、こんなに可愛い子が来てくれるなんて思わなかったよ」


可愛い、と率直に言われてウィラは反応に困ったが、こんな痩せっぽちの子供が可愛いなんて、貴族令嬢に見慣れているような彼が本気で思うわけがなく、こちらのためにお世辞を言ってくれているのだとすぐに理解する。

庶民が思い浮かべる貴族といえば気位が高くとてもお近づきにはなれない存在、というのが普通だが、アイゼアのその人懐っこい笑顔と軽い口調は親しみやすさすら感じられた。


「こっちに戻ってくる前に教えてくれればプレゼントの一つや二つ用意したのに。母さんも人が悪い」


その口ぶりからすると、アイゼアはどこかへ行っていたのだろうか。

ウィラがそれを聞く前に、フィオナが察して教えてくれた。


「アイゼア様はシューリアの王立魔術学院で研究をなさっているんですよ」


「魔術学院・・・・・・!?それって、魔術が使えるってこと!?」


うっかり敬語を忘れてしまった。

シューリアはこの国、グランシアの隣にある『魔術大国』として名高い国だ。

魔術、科学、錬金術など国によって主とする技術は様々あり、魔術を使用する国も多くある。

その中でもシューリアは古くから魔術の継承と発展に努めており、魔術関連の機関もたくさんある。

王立魔術学院もそのうちの一つだ。

世界でも一二を争うようなハイクラスの学術機関として有名で、ウィラでさえシューリアの魔術学院ことは知っている。

神秘の魔術道具や数々の禁書が納められた図書館など、聞けば聞くほど興味を惹かれるような話をたくさん聞いたことがある。


ちなみにグランシアは魔術も利用されてはいるが、どちらかに偏っているわけでもなく、よく言えば双方の良点を上手くりようしていて、悪くいえばどっちつかず、ということらしい。

そのため、庶民のウィラは魔術など欠片も知らなかった。


「別に大したことじゃないさ。今は休暇中でグランシアにいるだけで、またすぐシューリアに帰るよ」


大したことじゃない、なんて軽く言っているがそんなことは無いだろう。

さすが伯爵家の嫡男と言うべきか。

ウィラは早速この家についていけるか心配になってきた。


「魔術に興味があるのなら、ここにいる間に簡単なものぐらいは教えてあげようか」


「いいの・・・・・・あっ、いいんですか?」


まさかそんなことを言ってもらえるなんて思っておらず、ウィラは驚いてしまう。

何度も敬語を忘れるわけにはいかないと、慌てて言葉を直したところ、アイゼアはふっと笑った。


「いいに決まってる。きっとすぐにできるようになるさ。それと、敬語は使わなくていいよ、堅苦しいのは苦手なんだ。他にも困ったことがあったらなんでも相談してくれ。俺は君のお兄さんだからね」


「あ、ありがとう・・・・・・」


彼のいたずらっぽい笑顔が眩しくてどきどきする。

たしかに、堅苦しいのが苦手というのは口調や表情から分かるのだが、しかし、彼は妹か弟が欲しかったのだろうか。

やたら兄だからと頼ってもらいたがっているのだ。

気持ちはとてもありがたくウィラは感謝するべきなのだが、今まで孤児院では姉のような役割を担ってきたので急に妹扱いをされると不思議な気持ちになってしまう。


(でも、魔術を教えてもらえるなんてね。幸運なことだけど・・・・・・残念なことに私は偽物の妹なのよね・・・・・・)


血の繋がりは一切ない。

端的に言えば、ウィラはたまたま特徴が一致しているだけの赤の他人だ。

もし本物の妹が見つかったら、アイゼアは自分のことをどう思うのだろうか。


なんとも言い知れない曇り空のような感情を抱えたまま、ウィラは彼の隣で歩くことしかできなかった。

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