エピローグ
穏やかな昼下がり。
今日は久々に孤児院を訪れていた。
懐かしい孤児院の古い木の床を踏んで歩く。
遠くからは子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
今頃は外でかけっこでもしているんだろう。
さて、まずは荷物を置きにいくかと階段を上ろうとしたとき。
「あれ、ディートリヒさん。来てたんですか」
ばったりディートリヒと出くわした。
ちょうど同じタイミングでここを訪れていたとは。
「野暮用があって寄っただけだ。たまたま、偶然な。アルマにはもう会ったのか」
「はい。着いて早々に門の前で。シスターアルマったら待ってくれてたみたいで」
照れ隠しで心配していないフリをしていても、行動にはっきり出ているのだ。
相変わらずシスターアルマは優しい人だ。
「フェイはどこにいます?」
「外でチビどもの面倒を見ている。先に荷物を置いてきなさい、重いだろう」
「わっ、ありがとうございます」
その細腕を見ていると心配になるが、杞憂だったようでちゃんとトランクを運んでくれた。
「ロザリーが来週、私の家に来てくれるんですよ。フェイにも会ってみたいって言ってて。なんでも、歳の近い女の子の意見をもっと集めたいのだとか」
「ほお。バーンズ商会の若き敏腕経営者の令嬢か。お前もまたずいぶんな有名人と仲良くなったな」
「えっ!?そんなに有名なんです!?知らなかったんですけど」
ロザリーとは度々お茶会をしたり、互いの家へ遊びに行ったりかなり親しくさせてもらっている。
社交界のことになんて毛ほども興味のなさそうなディートリヒが知っているのだからよっぽどなのだろう。
久々に訪れたかつて使っていた部屋は今までと変わりなく、けれどどこか寂しさはある。
てっきり誰かが使っているものだと思ったのだが、今も空室のままにしてくれていて嬉しかった。
「そういえばディートリヒさんって、リンヴァンルデには行ったことあります?いつかシューリアに行ける時が来たら、遊びに行きたいなぁって思ってるんですけど」
「リンヴァンルデは奴の生まれ故郷だ」
「え!?そうだったんですか!?」
「昔、隕石が落ちただとかなんだとか騒がれていただろう。あれは奴が魔力を爆発させたことで地面が抉れたからだ。隕石は騒ぎを収束させるための嘘で、その後奴は魔術監査局に連れられて魔力の正しい扱い方を学んだ」
そんな経緯があったとは。
そういえばかつて彼は昔魔術のことで苦労をしたと言っていたが、スケールがあまりにも大きすぎる。
「それがまさか、幻影魔術ばかりを極めるようになるとは思いもよらなかったんだがな。天才ってのは揃いも揃って物好きばっかりで嫌になる」
ディートリヒはため息をついたが、その表情は柔らかい。
リンヴァンルデがアイゼアの故郷であるのなら、ますます訪れて見たくなった。
「奴に会いたいのなら、住所を教えてやろうか」
「き、聞きたいけどダメです・・・・・・!自分の力でアイゼアのこと探し出して会いに行くって約束したので!」
「ふん・・・・・・精々頑張るといい」
今も彼は隣の国で暗躍しているのだろうか。一抹のさみしさを胸にしまい込み、部屋を後にする。
これからやらなくてはならないことは沢山ある。
貴族の令嬢としての教育もまだまだ足りていないし、エルディック伯爵家の跡継ぎとして覚えることも山のようにある。
自分の力でどこまでできるか分からないけれど、いつの日か立派な淑女になって彼に再会する。
そのためなら、なんだってできる。
「《フロース・クルス》」
彼が教えてくれた幻影の魔術。
手のひらに現れた淡い光を放つ花弁を、ふぅっと吹き飛ばせばひらひらと空へ舞っていく。
彼の元まで飛んでいけ。
そう、願いを込めた。