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第十九話

星の光もない暗い夜。

グランシアの郊外だろうか、森を抜けた先の静かな街道を馬車がゆっくり走っている。


『すまないダリル、こんな時にまでわざわざ付き合ってもらって・・・・・・』


『別にこれぐらいどうってことないさ。兄さんの頼みなら俺は構わないよ』


『ありがとう、お前はいつも優しいな』


二人の男性が馬車で向いあい、会話をしている。

片方の男性の膝には、まだ幼い少年が寄りかかって眠っていた。


『明日の朝には到着するだろう。その後には───────っ!?』


その時、突然馬車が揺れて馬のけたたましい鳴き声が響く。

外からは複数人の男たちの話し声が聞こえてくる。


『なんだ!?盗賊か!?先月もこの辺りで出たばっかりだって聞いたけど・・・・・・』


二人は声を潜めて様子を伺っていた。

御者からは襲われたのかどうなのか、何の反応もない。

しばらくすると音は止み、辺りは再び静かになった。


『ダリル、少し様子を見てくるよ。ここで待っていてくれ。ライリーを頼む』


『待て兄さん!まだ外へ出てはいけない!』


だがその声が届く前に、男性は馬車の外へ出てしまった。

次の瞬間、馬車の影に隠れていた男が男性の背後を切りつけた。


『ぐっ───────!?』


『兄さん!』


背中から血を吹き出して倒れる男性にもう一人が駆け寄るも、傷が深かったのか起き上がることすらできないようだった。

去ったと見せかけて出てくるのを待ち構えていたのだろう。

馬車はあっという間に何人もの盗賊に囲まれてしまった。


『兄さんに何をする!俺たちが誰だか分かっているのか!』


震えながら男性が護身用の短剣を抜いて立ち向かおうとするも、その抵抗は意味をなさない。


『うるせえ!大人しくしやがれ!』


『うぁっ!?』


顔面を盗賊に強く殴られてしまった。

口の中が切れたのか、口の端から血を流している。


『金目のものを出しな』


『ダリル、ライリーを連れて逃げろ───────』


今にも事切れてしまいそうな瀕死の男性に、盗賊がもう一度切りつけてとどめを刺す。

それきり男性は動かなくなった。

もう一人の男性は手負いでその上、馬車の中には幼い子供が眠っている。

絶対絶命のように思えた状況だが、男性が自分の兄が死んだことを確認すると事態は一変する。


『・・・・・・ようやくこの日が来た』


もう一人の男性が、動かなくなった彼の兄───────前ファーディナンド侯爵の手から翡翠の指輪を抜き取った。

それは、この国の貴族家で最も重要な継承の証である。


『おい旦那、これでいいんだよな』


『ああ、よくやってくれた。約束の報酬だ、早く行け。汚らわしい連中め』


態度を一変させると、金貨が入っているのであろう袋を懐から取り出して地面に投げつけた。

先程まで怯えていたのは全て演技で、彼が盗賊を雇い兄を殺すように仕向けたのだ。


『ちっ、なんだよその態度・・・・・・っ!?』


『去れと言っているのが分からないか』


向こうから馬車の近づいてくる音がする。


『お、おい!早く行くぞ!ったく、金持ちの旦那は何考えてんのかさっぱりだ!』


悪態を吐きながら袋を拾い上げると、盗賊たちは慌ただしく逃げていった。

これも全て計算の内だったのか、彼はすぐさま表情を変えて悲壮な顔をする。

向かいから馬車が走ってくると、何事かと御者がこちらへ来た。


『助けてください!盗賊に襲われて・・・・・・!幸い、あなた達が向かってくるのを見て連中は逃げていったんですが、兄が・・・・・・』


『大変だ!早く医者へ連れていかないと!あなたも怪我をしているじゃないか!』


馬車の中からも人が降りてきて、男性の手当をしようとする。

これで完全に、どこからどう見ても彼らは盗賊に襲われた被害者だ。

まさか、彼が兄を殺し偽装工作として自身にも傷を負わせたなんて誰も思いはしない。

この夜の一件はかなしい事件として終わり、彼は兄から死の間際に指輪を託されたことでファーディナンド侯爵となる。


だが、この場には唯一の目撃者がいた。


『なんで、叔父さんが・・・・・・』


眠っていたはずの幼子・・・・・・ライリーだけが、全てを見ていた。

そして景色は、ここで終わる。



ハッと気がつけば現実に戻っていた。


「今のは一体・・・・・・」


「どういうことだ侯爵!私を騙していたのか!?」


彼らしくない取り乱した様子で、ユリシーズ殿下がファーディナンド侯爵に迫っている。


「いいえ、いいえ殿下これは違うのです!このようなものに惑わされてはなりませぬ!ライリーが私を陥れようとしてこんなことを!」


真っ青な顔で言い訳をしているが、周囲の視線は冷たいものだった。


「おいおい、魔術大国の力を疑うってのか?これが偽物だっていうのなら、今すぐシューリアの魔術監査局に問い合せてみろよ。それでも信用できないなら皇帝でも、宰相でも好きなだけ聞けばいい」


これほどの魔術を操れるのは、シューリアしかないことは皆も分かっている事だ。

おまけに、アイゼアの恐ろしいほどの魔力量は幻術を見ていた時点ですでに肌で感じている。

もはやファーディナンド侯爵のことを信じるものはいなくなっていた。


「ともかく一度話を聞かせてもらう。もしもこれが真実だとしたら私は一体今まで何をしていたと・・・・・・!」


ユリシーズ殿下が悔しげに顔を歪める。

信用していたはずの者が、非道な方法で成り上がり今日まで善人として目の前にいたのだ。

ファーディナンド侯爵の本性も、今日まであの日のことを抱え続けてきたライリーの気持ちも見抜けなかったことを悔やんでいるのだろう。


「すまない、私はなんという愚か者なのだろうか」


「いいえ、殿下は何も悪くありません。全部叔父さんの悪事ですから」


ライリーの冷めきった瞳が侯爵を射抜く。


「貴様ぁっ!今日まで私のことをずっと見下していたのか!?あの腑抜けた兄の子供のくせに、この私を愚弄するか───────!」


もはや取り繕うことすらしなくなったが、侯爵は吠えるだけで殿下の護衛たちに連行されていった。


恐るべき断罪劇はこれで終わりを迎える。

かつての罪が暴かれた侯爵も、そして隣国から魔術書を盗み出したライリーも裁かれることになるだろう。

長い時間をかけて真相を追っていたわりに、呆気ない終わり方になった───────そう思った矢先。


「お待ちください殿下。殿下はあの者を信用すると仰られるのです?」


すっと前に進みでてそう言ったのは、ファーディナンド侯爵の娘、イザベラだ。


「なに?」


「あの者はエルディック伯爵家の者を騙る疑わしい人物ですわ。であればその妹も同様に信用するには足りません。もしや彼らは、シューリアからの諜報員であるのでは?」


「なっ」


アイゼアが疑わしいのなら、その妹もさらに疑われる。

確かにごく自然な流れだが、まさか自分がこの騒動に引っ張り出されるとは思っておらず咄嗟に反応ができなかった。


「なんだと、聞き捨てならないな!ウィラさんはエルディック伯爵家のご令嬢である!嘘偽りなどあるものか!」


「キーランさん・・・・・・!」


群衆の中から飛び出してきたのらキーランだ。

後を追うようにロザリーも現れる。

二人も騒動を見守っていたのだろう。

自分の信用が無いおかげでこんな疑いをかけられてしまうとは思わなかったが、真っ先に庇ってくれるなんて。

動揺していた心が落ち着きを取り戻していく。


「証拠はありますの?彼女がこの国の人間であり、エルディック伯爵家の血筋を引いているという確かな証拠はあるのです?」


アイゼアは真実を知っているが、今の状況ではアイゼアの言葉はなんの意味も為さない。

それでも助けを求めるような気持ちでアイゼアに視線を向ければ、彼はいつものような意地の悪いいたずらっ子の笑顔を浮かべていた。


(・・・・・・?)


今日はまた一段と彼の真意が読めない。

なぜこの状況で笑っていられるというのだ。

そもそも、今日はずっとアイゼアの様子が変だった。

ライリーが魔術書を持ち出して侯爵を断罪することを予見していたからなのか、それにしてもずっと素のままで『本物のアイゼア』を演じることすらしていなかった。

キーランと再会したときも、夜会の会場へ着いた時も・・・・・・。


「あった、証拠」


「は?」


間抜けな顔のウィラに、イザベラがつられたように素っ頓狂な声を出す。


「証拠なら、ここに・・・・・・《フロース・クルス》!」


ドレスの内側にこっそりしまっていた小さな箱を取り出す。

ミルドレッド夫人から助けになるからと渡されていたものだ。

そして、今がまさにその助けが必要になる状況だろう。

呪文を唱えれば、鍵で閉ざされていたはずの箱が勝手に開いていく。

中にあったのは、一粒のルビーだった。


「これはエルディック伯爵家のものに間違いはない!」


ユリシーズ殿下が確認してそう言ってくれた。

確証はなかったが、もうこれしかないと一か八かでやったのだが、どうやら大正解だったようだ。

緊張から解放されてふっと肩の力が抜ける。


「イザベラ嬢、これで彼女がこの国の人間であり、エルディック伯爵家の血筋を引いているという確かな証拠が現れたわけだが・・・・・・」


王太子殿下の証言を疑うなどあってはならない。


「・・・・・・っ!」


イザベラは悔しそうに唇を噛み、コツコツというヒールの音を響かせながら会場から逃げ出していった。

父親が失敗してしまったのなら、せめて気の食わないライリーの友人も巻き込んでやろうという魂胆は丸見えだったが、あまりにも粗末な終わり方だ。

とにもかくにも、巻き込まれずにすんだことでほっと胸を撫で下ろす。


「キーランさん。庇ってくれてありがとうございます」


「くっ・・・・・・!女神の為ならいくらでも盾になりましょう!」


お礼をいいたかっただけなのに、彼の中で女神とまで崇められていることが発覚した。


「あらあらお兄様ったら」


ロザリーと二人で顔を見合わせて笑う。


「さて、無事ウィラ嬢の疑いも晴れたことだ。行くぞライリー、お前からも聞かねばならぬ話が山ほどある」


「はい、殿下」


硬い表情のユリシーズ殿下に連れ立って、彼も侯爵の後を追って会場を出ていこうとする。


「ライリーさん!」


「いいんだよ、ウィラちゃん。全部こうなることは承知の上でやったんだから。アイゼアも偽物だって知ってた上であえて知らないふりをしていたんだし」


彼はファーディナンド侯爵の悪事を暴くためこんなことをしでかした。

それは決して自分がのし上がるためでも無く、ただ父の無念を晴らしたいだけの重いからだろう。

他に方法はなかったのか、色々と考えてももう遅い。

実際、今の彼の地位ではできることは限られているのは言わずもがな分かっている。


「あの魔術書がある限り、僕の罪は消えないよ」




「・・・・・・だったら、これがなくなりゃいいんだろ」


今まで傍観していたはずのアイゼアが、突然そんなことを言い出した。

ライリーもユリシーズ殿下も足を止めて、アイゼアを見る。

アイゼアは魔術書を宙に浮かべると、意地の悪い笑みを浮かべて手のひらに魔力を集中させる。


「なっ!?」


「まさか!?」


「《アエテルタニス・フィーニス》!」


宙に浮かんでいた魔術書が炎に包まれ、見る見る間に燃えていく。

あまりにも一瞬の出来事に、手出しができるものななどいなかった。


「あーあ、これで証拠消えちまったな!あとはこの場にいる全員の記憶をちょっといじれば完璧な偽装工作になるが・・・・・・」


「もういいって!なんで燃やしちゃったの!?」


これまで追い続けてきた大切な魔術書を、なんの躊躇いもなく燃やして灰にしてしまった。

信じられないことだ。

これをディートリヒが知ったらひっくり返るだろう。

だが燃やした当の本人は何処吹く風といった顔で、一切も悪気を感じていないと見える。


「いい、今日この場にいるものは皆私の友人のような者ばかりだ。事が落ち着くまで消して口外にしないと誓約を結ばれておく。私もこの件で騒がれるのは本意ではない」


ユリシーズ殿下頭を抱えながらそう言った。

その瞳は戸惑いを隠せていない。


「アイゼア・・・・・・否、お前は一体・・・・・・」


「言ったろ。俺はしがない魔術師さ。ちょっと物好きで風変わりな、どこにでもいる魔術師だ」


いつもと同じ軽い口調でそう言うと、彼は踵を返して去っていく。

花が散る、光が舞う。

不思議で美しい幻影魔術を散らしながら、アイゼアは華麗に姿を消していった。



今度こそ本当に、閉幕だ。






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