第十八話
瞬間、弾けるような光と風が吹き荒れる。
「なっなに・・・・・・!?」
眩しさに一瞬目を閉じるが、それはすぐに収まった。
「ライリー!?これは一体・・・・・・!?」
ユリシーズ殿下が慌てて駆け寄ってきた。
周囲のざわめきも激しく、相当混乱している。
そのざわめきの中心にいるライリーだけが静かで、そして彼の手中には一冊の古びた本が握られていた。
「これがシューリアの技術・・・・・・素晴らしいな」
感情のこもらない声でライリーがそう言った。
「シューリアの───────まさか!」
そんな、嘘でしょう。
頭の中が真っ白になる。
古い古い魔術書。
誰にも扱うことの出来ない、価値があるようでないような、不思議なそれはアイゼアやディートリヒたちシューリアの魔術監査局が追いかけていたものだ。
そして今ライリーの手にあるのが、その魔術書だと。
一体どうやって手に入れたのか、どうしてそんなことをしたのか。
分からない。
アイゼアの友人で明るくて優しいライリーという人物が、急に見えなくなってしまったみたいだった。
「なんだその本は・・・・・・!?それで何をするつもりだ」
「これがなんなのか分からないってことは、叔父さんって本当に魔術の才能が無いんだね」
「なッ・・・・・・!?」
「散々見下してきた僕に馬鹿にされて悔しいのかな?まあ大人しくそこで見てなよ」
もはや怒りを隠さなくなったファーディナンド侯爵にも、ライリーは構うことなく魔術書に目を移す。
「《オルドー・ノクス・レディーレ》」
カチカチ、何か・・・・・・時計の針のような音が聞こえる。
回り出す秒針の音。
目の前の景色がぐらりとして、違うものが見えてくる。
豪奢なシャンデリアは星も見えない闇夜に、大理石の床は荒れた土の道に。
そして、目の前では口論をしている男性が二人。
───────これは、誰かの記憶?
「ぐっ・・・・・・なんだ、これは」
ユリシーズ殿下が呻いている。
周りにいる人にも同じ景色が見えているようだ。
ウィラには、ある仮説が見えてきた。
使えないはずのものなのに、何故皆が追わなければならないのか。
それは、万が一使役できるものが現れた場合のためだ。
じゃあそれは一体どんな魔術だというのか。
「───────過去の再生だ」
ガシャン、というガラスが割れたような派手な音が聞こえてきた。
次の瞬間、景色は元に戻り現実の世界にいる。
魔術が他の誰かによって打ち破られたからだ。
そして打ち破った人物が誰かなんて、考えるまでもない。
「アイゼア!」
「よお、待たせたな」
先程まで綺麗な背広を着ていたというのに、上着はどこかへ脱ぎ捨てて、真白のシャツは袖捲りをして胸元を開けている。
初めて本当の彼を知ったあの夜と同じ、素の状態のアイゼアだった。
「シューリア魔術監査局だ。ライリー・ファーディナンド、その魔術書から手を離してもらおうか」
「魔術監査局!?」
周囲がざわつく。
「そんなわけないだろ!お前どういうつもりだ!?」
群衆の中で見ていたらしいキーランが飛んできてそう言った。
「どうもこうもねぇよ。俺は『アイゼア・エルディック』じゃない。アイゼアの名前と身分を借りただけの、シューリアから来たただのしがない魔術師だ」
「はあ!?」
ついに正体を明かしてしまった。
だが、周囲はアイゼアの言葉が信じられないといった反応だ。
「その魔術書は我が国で長年封じられてきたものだ。どんな過去でも映し出すことのできる高度な幻影魔術・・・・・・お前には使いこなせない。さっさと渡せ」
過去を映し出せる・・・・・・つまり、ライリーも誰かの過去を暴きたくてこんなことをしたのだ。
この魔術書は誰のどんな過去でも映し出せるというのならば、国家の秘密でさえ暴き出せるということだ。
地位のある人物が過去に犯した犯罪を明らかにさせれば失墜させることなど容易く、上手く使えば国をひっくり返せるかもしれない。
誰も知らぬまま闇に葬られた過去が、明らかにされてしまうことは、やましい過去のある人物たちにとって大きな脅威でしかないだろう。
そんな恐るべきものを使って、ライリーは一体誰の過去を映し出すのか、そんなの考えなくてももう分かる。
「偽物ごときに邪魔されてたまるか・・・・・・っ!」
「あーあ、無理に扱おうとするからそうなるんだ。もうやめておけ、手が熔けるぞ」
ライリーが手首を押さえて苦しそうに崩れ落ちた。
ディートリヒの言葉通り、やはりこれを使える人間はひと握りでライリーはそうではなかったのだろうか。
苦しげな彼の顔を見ていると辛い。
「でもまあせっかくだからな。お望み通り見せてやるよ、そこの侯爵さんが人殺しをした場面をな」
「・・・・・・なに?」
(ファーディナンド侯爵が、人殺しを・・・・・・?)
侯爵は今にも飛びかかってアイゼアを殴らんばかりに怒りを顕にしている。
アイゼアはもはやなんの抵抗もしなくなったライリーの手から魔術書を抜き取ると、高らかに叫んだ。
「《フィーニス・アエテルタニス》」
カチリ、カチリ。
また時計の針が回っていく。