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第十五話

「うーん、色々話し込みすぎちゃったなぁ・・・・・・」


そんなに長居をするつもりはなかったのだが、帰る頃には既に日が傾きはじめてきた。

フェイとはこまめに手紙でやり取りをしていても、やっぱり顔を合わせるとあれこれ話が尽きない。

孤児院のみんなのことやそれぞれの新しい生活のことにはじまり、どこの店のパンが美味しかっただとかこの恋愛小説が面白かっただとか。

今までのように隣に並んで他愛もない話をして、二人で過ごす時間を送れたのが一番嬉しいことだ。

もちろんあの場にはディートリヒもいたのだが、気を利かせてくれたのか、彼は大層居心地が悪そうに隅で読者に徹していた。


(そういえば、ディートリヒさんはもう真相が分かってるみたいだったなぁ・・・・・・)


ディートリヒは既に見当はついていると言っていたが、一体それは誰なのだろうか。

ウィラがこれまでに会ったことのある人物なのか、そうではないのか。

できればそうでない方が嬉しい。

ライリーやキーランのような、アイゼアの古くからの友人である彼らが悪事を働く人にはとても思えないのだ。


しかし、それはそれとして。

まだ自分の探すべきこと───────本当のエルディック家の娘のことは何も分かっていないというのに、人のことばかり気にしているのがいけないのだろうか。

ディートリヒから、本物のアイゼアと似ていると言われたことが妙に気がかりで仕方がないが、考えていても分からない。

やはり行動あるべきのみだ。

そうして意気込んでいると、いつの間にか屋敷についた。

正面から堂々と入っていく訳には行かないので、庭の方から侵入を試みる・・・・・・が。


「うわっ」


「よお、遅かったな」


帰宅したウィラを待ち構えていたのは、アイゼアだった。


「ア、アイゼア・・・・・・!?こんな所で会うなんて奇遇ね」


「奇遇も何も俺たちの家だが」


当たり前だ。

何を馬鹿なことを口走っているのやら。

冷や汗をかきつつ悪あがきはやめて大人しくする。

出かけたのは十五時過ぎ、帰ってきたのは夕暮れ時。

そんなに遅くなるつもりは無かったのだが、思ったよりも帰宅に時間がかかってしまったようで、怒られるのは間違いないだろう。


「で、誰に会ってきたんだ?」


赤い瞳が有無を言わさない光を放っている。

気圧されたら負けだと謎の意地を張りつつ、うまいこと誤魔化そうと口を動かす。


「フェイだよ。ほら、私の親友の。今王都に来てるみたいで、どうしても会いたくてこっそり抜け出しちゃった。ごめんなさい」


「ふぅん・・・・・・。別に俺は怒ってねぇけど、どっか行く前に一言言えよな」


想定より穏やかで、なんだか拍子抜けしつつも、怒られないのならそれに越したことはない。


「うん。次から気をつけるね」


「分かりゃいいんだよ───────なぁんて言うと思ったか!」


「へ!?」


そうそうに立ち去ろうとすると、ぐっと首根っこを捕まえれて阻止された。

その上両手も拘束し足まで絡ませてくるご丁寧ぶりだ。

やんちゃないたずらっ子を捕まえるときに自分も似たようなことをした覚えがあるが、とても比べ物にならない早業だった。


「なっ、なに!?」


「お前の親友はいつから魔術師になったんだ?お前から魔力の残滓を感じる。俺でも、お前のものでもない・・・・・・これは」


「ああっ、えっとそれは違うの!」


声を上げて、アイゼアからの追求を遮る。

実は、ディートリヒから今日会ったことはアイゼアに話すなと口止めされていたのだ。

ディートリヒが話すアイゼアの印象からして、やはり二人はあまり良さそうな仲ではないのだろう。


「何が違うんだ?」


アイゼアからの疑う視線が痛い。


「その、フェイを連れてきてくれた孤児院の人が、魔術が使えるみたいで少し見せてもらったの。私がいなくなってから孤児院に来た人で、私は知らなくて・・・・・・」


ディートリヒの正体は伏せて話す。

約束は守らなければならないけれど、嘘はつけない。

だが、これなら濁してはいても、決して間違ったことは言っていないのだ。

ディートリヒのことを知らなかったのも、彼が魔術師なのも事実で、ただ、シューリアの魔術監査局のことを言っていないだけ。


「ふぅん・・・・・・へぇ・・・・・・」


(見逃して、くれた・・・・・・?)


納得しているのかそうではないのか、表情からはよく分からない。

何か考え事をしているのか、アイゼアの瞳はウィラを見ていなかった。

けれど、アイゼアが油断しているこの隙に逃げるのが吉だろう。


「じゃ、じゃあ私もう行くね」


スタスタと歩き去っていくが、追いかけられることももうなかった。

一体なんだったのかと思いつつ、部屋へ戻る。

夕食の際にも、誰から何も言われなかったのでうまくやれたと思っていいのだろう。

しかし、妙に気分は落ち着かない。

夜も更けた頃、ウィラは自室で一人考え込んでいた。


(ああ。そういえば、魔力のことを聞くのを忘れていた・・・・・・)


ディートリヒから言われた奇妙なことが、ずっと気がかりなのだ。

実際に、本物のアイゼアと面識があるアイゼアなら、気づかないはずがないだろう。

知っていて敢えてウィラには黙っていたということなのだろうか。


(お互い秘密を守る変わりに助けてくれるって約束したのになあ)


だとしたらそれは、ウィラに対する裏切りではないだろうか。

ウィラもウィラで、ディートリヒとのことは隠したが、それよりもずっと前から隠されていたことになる。

何せ、ウィラに魔術を教えたのは他でもないアイゼアなのだ。

ウィラの魔力に一番近い所にいた彼は、どういう気持ちでいたのだろうか。


「だめだめ、暗い気持ちになってばかりじゃなにも進まないわ」


ぱんっと頬を叩いて気を引き締めようとする。

気分を入れ替えようと、窓を開けて風を通した。


「わっ!」


一瞬、強い風が通り抜けてウィラの髪を揺らした。

慌てて髪を抑えたが、その拍子に髪飾りのリボンが解けて部屋の中で飛ばされてしまった。


「あー、あんなとこに・・・・・・」


どこへ行ってしまったのかとあちこち探すと、ちょうどベッドの下に落ちてしまったようだった。

屈んでベッドの下に手を伸ばす。

傍から見たらずいぶんと滑稽な姿勢になっていることだろう。

どうかフィオナが訪ねてきませんようにと祈りつつ、一生懸命まさぐる。


「ん?これ、なんだろ・・・・・・?」


コツン、と指先になにか触れた。

リボンではない、箱のような硬い感触。

手探りで触ると、床にあるのではなくベッドの裏になにか縛り付けてあるようだということが分かった。

取り出すのは難しそうだが、なにかあるということが分かっている以上、ウィラの好奇心がここで引き下がるわけがない。

しばらくのあいだ、ああでもないこうでもないと手を動かして必死になっているとようやく取り出すことができた。


「これ、何の箱だろう」


少し色あせた薄い小さな木箱。

当然見覚えはなく、文庫本や手帳ぐらいしか入らないような大きさだが、鍵付きでしっかりした造りをしている。

しかし、わざわざベッドの裏なんてところに隠しているということは、中に入っている物は貴重な物なのだろう。

大切な物、見られたくない物、見られては困る物。

果たしてどれか、この目で確かめなければ。


「鍵、かぁ・・・・・・」


周囲に鍵らしきものは置かれていなかった。

それに、鍵穴も小さなものなので、例え落ちていても気付くのは難しいかもしれない。

木箱なので周りを壊せば開けられるかもしれないが、中のものが傷ついてしまうかもしれないし、他人のものを勝手に壊してしまうというのも流石に気が引ける。

ならばと、ウィラが考えたのは魔術を使うことだ。

試しに呪文を唱えてみる。


「《フロース・クルス》」


開け、開けと念じながら手をかざす。

祈りが届いたのか、鍵はカチリと小気味いい音を立てて開いた。

慎重に箱を開けて、中身を確認する。


「これは、手帳?いや・・・・・・日記帳だ」


背表紙には何も書かれていないが、よく見る素朴な日記帳だった。

これと似たようなものをウィラも昔使っていたことがある。

ぱらりとページをめくった。


『─────春もじきに終わり、緑の葉が生い茂る時期となった。今宵がこの地での最後の天体観測になる。あいにくの曇り空で期待していた流星群も見えず意気消沈。でも心配はいらない。再来週あたりにはまた新たしい星が見える。伯爵家のバルコニーからの眺めを期待するとしよう』


丸い、優しい文字で綴られた文章。

日常生活のささやかな思い出と共に、天体観測にていて長く述べられている。

これを書いた人物はよっぽど星空が好きなのだろう。

日記はまだ続いている。


『───────予想通り、あのバルコニーは素晴らしい長めだった。いつかは訪れるものだと覚悟を決め、顔も知らぬ男に嫁いできたがこの空を自由に見られるのなら、こんな結婚生活も悪くは無いだろう。それはそうとして、明日はキャシーが朝からラズベリーパイを作るのだと意気込んでいた。彼女のためにも明日は万全の状態でダイニングへ向かわねばならぬ。この辺りで眠るとしよう』


『───────一人用の広いベッドの寝心地は相変らず最高だ。伯爵も私のような風変わりな娘ではない、愛する女性の元で眠れて満足だろう。今の仮面夫婦生活が存外にも気に入っているので、この状態を維持し続けていきたいところだ。しかしこの頃故郷からの手紙が頻繁にくる。そろそろ私たちの関係性も気づかれるかもしれない。何か先手を打たねばならないだろう。私の愛するものはただ一つ、星空のみ。それを二度も奪わせてたまるものか』


もうそろそろ、この日記の持ち主は誰だか分かってしまうだろう。

どう考えてもこれは、ミルドレッド夫人のものだ。

恐らく、彼女がエルディック家に嫁いでからの日々が綴られているのだろうが、文章によれば段々と先行きが暗くなっている。

エルディック伯爵には、ミルドレッド夫人の他に愛する女性がいたという事実。

それがなんてことのないように書かれていて、彼女も仮面夫婦としての生活が気に入っている様子。

そして、そんな彼女たちに介入しようとする周囲の存在。

ウィラはこれの続きを読んでしまっても良いのか迷った末に、再びページをめくった。


『───────まさかこのような日が来ようとは。どうやら私は無事に伯爵の子を妊娠できたらしい。これで一時は騒がしかった周囲も落ち着くだろう。伯爵もこれ以上の詮索を受けること無くなり、元の生活に戻れる。私も、エルディック伯爵夫人として成すべきことはしたので役目は終わったも同然だろう。これで少しは楽になるはずだ』


『───────このところ、一体どうしたと言うのだろうか。アイゼアもすくすくと育ち、伯爵との関係も良好である。それなのに、何かがおかしい。キャシーの態度が急によそよそしくなったり、あの温厚なエドウィンが伯爵と口論をするなんて。いつもの彼ららしくない。私の知らないところで、きっと何かが起きている。それなのに、星空は私に応えてはくれない』


更に不穏な空気になってきた。

ウィラはドキドキして、息を飲む。


『───────なるほど、伯爵と彼の愛人の関係が発覚したらしかった。私はそれでも構わないと宣言したはずなのだが、どうやらエドウィンらが伯爵に圧力をかけて彼らが関係を断つように仕向けたようだった。伯爵は優しい人だ。彼女に迷惑をかけるぐらいならと多額の金を彼女に遺して、ライナスという平民の名も捨てて、完全に彼女の前から姿を消したらしい。まだ幼い娘も産まれたばかりだというのに、なんと酷いことをするのだろうか。エドウィンらに、初めて強い怒りを感じている』


ウィラの手から、日記帳がこぼれ落ちた。


(うそ、でしょ・・・・・・?)


今、自分は何を読んだのか。

頭が追いつかなくて、混乱する。


(ライナス・・・・・・お父さんの名前、そんな、まさか)


エルディック伯爵の偽名は、ライナス。

ウィラの父の名は、ライナス。

その父はウィラが幼い時、他界したはずだ。

けれど、これを読む限りウィラの父の正体は容易く想像できよう。

力が入らないままへたりと座り込んで、足元に落ちた日記帳に再び手を伸ばした。


『───────そもそもこのような結末を迎えるぐらいなら、許されぬ恋など選ぶべきではないと語られてしまった。確かにそれは正論である。が、なんとも夢がない話だ。これが貴族社会の定めなら、やはり早くにこの身分は捨てておくべきだったのかもしれない。いつまでもシスターのふりをしたりなどせず、本当にシスターとしてこの孤児院に来たらよかったのだ』


『───────ついに伯爵が亡くなられた。正直、愛する人と引き裂かれた後のやつれ様は見ていられなかった。悲しいことではあるが、いつまでも悲しんではいられない。今日からこの家の主は私なのだから。彼の遺言は様々あるが、その中でも一番大切にすべきことは、彼の忘れ形見を引き取るということだう。幸いなことに忘れ形見はあの孤児院にいる。紺色の髪に、赤い瞳の小さな乙女。天真爛漫で毎日野原を駆け回っている。この家に迎えるのなら今すぐにだってできることだが、しかし、彼女の人生は彼女が決めるものだ。もしも十六歳になって、この家の一員になる気があるのなら正式に迎え入れよう。そうでないのなら、自由にさせてあげよう』


そして、日記は最後のページになる。



『───────とうとう息子が隣国へと旅立つことになろうとは。一体誰が予想したであろうか。我が息子ながら思い切りが良い事だ。心配になる一方で、自由気ままな彼が羨ましくも思える。やはり、今までの私はあまりにも私らしくない私であっただろうと気付かされるようだった。もうこの日記帳は使わないことにする。どこかの古い部屋にでも隠しておけば、いつか未来で誰かが見つけてくれる。アイゼアからの旅の報告を待ちながら、今宵は星空を眺めることとしよう。あの日のように、このバルコニーから』




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