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第十四話

「お嬢様お嬢様、お待ちかねのものが届きましたよ!」


フェイからの手紙が届いたというテオからの知らせを受けて、真っ直ぐに彼の元へ駆けつけて受け取った。

ワンコ系のかわいらしい使用人の彼は、律儀にも手紙が届いてすぐに知らせてくれたようで、いかにも褒めてください!といった表情で待っていてくれた。


「ありがとうテオ!早速お返事を書かなくっちゃ!」


早く開封したくて急いで部屋へと向かうが、気持ちが急いていたあまりに小走りになっていたようで、すれ違いざまにフィオナから注意されてしまった。


「こらっ!淑女はそんなふうに廊下を走ったりしませんよ!」


「わーっごめんなさい!」


謝罪まで元気よくなってしまった。


「よいですか、お嬢様。あなたはもう社交界に出る年頃のご令嬢なのです。走ったり叫んだり、お転婆は程々になさいませ。ここ最近、どうも気が抜けているように思えますよ」


「うぅ・・・・・・気をつけます」


たしかに、気が抜けていると言われるとそうかもしれない。

先日も木登りをしようとしてアイゼアに怒られたばかりだった。

舞踏会に出るまでに持っていた社交界のイメージといえば華やかでありながらも厳しい世界というものだったが、実際のところは優しい人が多くて安心したのもあるかもしれない。

この国の王族であるユリシーズ殿下ですら良き人柄であるのだから、社交界に疎いウィラにとっては慣れやすくなる一つの要因だろう。


フィオナのお説教から無事に逃げた後は、ようやく部屋で落ち着いて手紙を読むことができる。


「ふぅ・・・・・・ようやく大好きなフェイからの手紙が読める!絵葉書は喜んでくれたかなぁ〜?」


ペーパーナイフで丁寧に開封し、ウキウキで便箋を開く。

さてさて何が綴られているのかと読み始めた直後。


「えっ」


思わず驚愕の声がこぼれる。

そこに書かれていた文章はあまりにも予想外のもので、頭が追いつかず固まってしまった。

一旦手紙を閉じて、少し経ってからもう一度開く。


「えぇ───────っ!?」


今度はもう叫びを抑えられなかった。

お嬢様!というフィオナの声が遠くから聞こえてくる。


『拝啓、大好きなあなたへ。突然だけれど、今私、王都に来てるの。ちょっとした用事があってある人に連れてきてもらったんだけど、もし良ければ会えないかしら?場所は九番街の───────』


その後も文章は続いているが、ウィラは顔を上げて呆然とした。

それから直ぐに顔を綻ばせ、ありったけの歓声を上げる。

これが意味することはつまり。


「フェイに会えるのね・・・・・・!」




──────────────



「えっと、この通りを曲がって、それから・・・・・・」


数刻後、ウィラはいてもたってもいられず一人で街へ向かっていた。

フィオナに伝えて外出許可を取ってからにすべきなのだろうが、そんなことをしていては一々馬車を用意し服装も変えなければならなくなるので時間がかかって仕方がない。

それに、着飾った自分が従者を引き連れてフェイに会いに行くのはなんだか違う気がしたのだ。

フェイの前では、今まで通りの自分らしくして、別の誰かのように振る舞いたくはない。


そういうわけなので、こっそり内緒で屋敷を出てきたのだ。

しかし、フェイの滞在している宿の住所は手紙に記るれていても、王都に来たばかりのウィラにはさっぱり分からない。

そこで、一人で出かけることは伏せてテオに聞いたところ丁寧に教えてくれた上に手書きの地図まで書いてもらえた。

もしかするとフィオナやアイゼアに何か言われてしまうかと思ったが、もうその時はその時だ。

ウィラはそのメモを頼りにあっちこっちを進んでいく。


どうやらフェイは、孤児院の「ディートリヒ・ベルツ」さんなる人物と共に来ているらしい。

隣国から来た旅人で、縁あって孤児院で子供たちに勉強を教えてくれているそう。

ウィラがエルディック家に行ってから孤児院に来た人なので、一切知らない人物だ。

その彼が王都に所用があったらしく、フェイはそれに同行する形でこちらへ来た。

疑うつもりは無いが、なんとなく経歴が怪しくてディートリヒ・ベルツなる人物に少しばかり不安を感じている。


(隣国ってことはシューリアからってことだよね・・・・・・?)


名前の響きからして、シューリアの人だと言うことは分かる。

シューリアから、ということは彼は魔術が使えるのだろうか。


それにしても、ここ最近やけにシューリアとの繋がりを感じる。

アイゼアというシューリアの人がそばに居るから意識しがちなのだろうが、先日の絵葉書の件といいシューリアのことばかりだ。


「たしか、ここであってるはず・・・・・・」


そんな考えごとをしながら歩いていたせいだろうか。

メモを片手に角を曲がった時に、人にぶつかってしまった。


「わっ!ごっ、ごめんなさい!」


「・・・・・・大丈夫か。気をつけなさい」


ぶつかった相手は年上の男性だった。

低い、どことなく気だるそうな声は怒っているのかと一瞬怯えたが、そうではなさそうだった。

ウィラを一瞥し、怪我がないことを確認した後はすぐに前を向いて歩き出した。

きちんと謝ったし、とりあえず怒っていないようであるのならよかったとホッとした時。


「待ってディートリヒさん!またお財布忘れてるじゃない!さっきあんなに言ったのにもう忘れちゃったわけ?」


後ろから焦ったように追いかけてくるのは、聞き覚えのある声。

ぱたぱたと足音を響かせながら姿を現したのは、かわいらしい栗毛の髪を持つ少女。


「フェイ!」


思わず声をかけて駆け寄れば、フェイも驚いた顔をしつつ抱きしめてくれる。


「ウィラ!会いたかった!」


ぎゅうっと抱きしめ合う。

久方ぶりの再開に浸っていれば、背後からわざとらしいコホンッという咳払いの音が聞こえてきた。

二人だけの世界に入り込んでしまっていたが、ここにはもう一人いる。


「ああ、忘れてた。紹介するね、この人がディートリヒ・ベルツさん。シスターの古い友人で、ウィラがエルディック家に行ってからうちに来てくれたの。無愛想で偏屈な人だけど、良い人なのよ」


フェイが早口で紹介した後、彼にもウィラのことを話す。


「ディートリヒさん、この子がウィラよ。私の大切な親友なの。どう?かわいいでしょ」


ディートリヒはそれには答えず、代わりに呆れたような視線を向けてきた。

紹介通り、無愛想なようだ。


「ほんと、ディートリヒさんったら忘れ物はすぐするし。おっちょこちょいで方向音痴で、目を離すとすぐどっか行っちゃうのよ」


「へ、へぇ・・・・・・」


相変わらずフェイの物言いは率直切れ味がいい。

近寄り難い雰囲気前回のディートリヒがおっちょこちょいなんて、イメージと正反対だ。

言いたい放題されているディートリヒは、少し癖のある黒髪をかきあげて苛立たしげな顔をした。


「ふん・・・・・・そう言う君は今日も口うるさいな」


なにか言いたげな目をしているが、否定はしないということは事実なのだろう。


「まさかこんなに早く会いに来てくれるなんて思わなかった!ねぇ、ちょっと寄ってってよ!」


「いいの?でも、今から出かけるところだったんじゃ・・・・・・」


「いいのいいの。ね、そうでしょ?ディートリヒさん」


ディートリヒはやれやれといった様子で肩を竦める。

なるほど、この二人の間の上下関係が見えてきた。

ディートリヒは多分、フェイのことを優先してあげているんだ。

ディートリヒだけでも外出すれば、と思ったが、先程の方向音痴やら忘れ物やら聞くとそれは不可能なことなのだろう。


二人の宿泊している宿へと向かい、部屋に招いてもらう。

簡素でこざっぱりとしている部屋だが、綺麗で設備も整っている。

だが、フェイの服がベッドの上に広げてあったり、所々に本が散乱していたりするところをみるにそこそこ滞在しているのだろう。

宿代はディートリヒが払っているのだろうが、こんな良い部屋の宿代を何日も払っているとなると、もしかすると彼はそこそこなお金持ちなのかもしれない。


「ちょっと待ってて!紅茶を用意してくる!ウィラがいないと、紅茶を入れてくれる人がいないおかげで腕が上達しちゃったのよ!」


それはそれは楽しみだ。

テーブルでフェイが入れてくれる紅茶を待っていれば、何を思ったのかディートリヒが正面に座ってきた。

微妙に気まずい。

ウィラにとってディートリヒはほとんど初対面にも等しい相手で、その上彼の表情は明らかに冷めている。


「君、それを渡してくれるかね」


「・・・・・・えっと、これ、ですか?」


唐突にそう言われて、戸惑いつつもテーブルの上にあるそれを手に取る。

変わった色の砂時計だ。

濃紺に見えるが、角度や光の当たり具合で紫やら水色やらに見える。

フェイの趣味ではなさそうなので、ディートリヒのものだろう。


これをどうするのかと思ったら、彼はただ砂時計をひっくり返しただけだった。


(・・・・・・?)


ひっくり返した、だけ。

そのはずだが、どこかに違和感を覚えた。

それが何か確かめたかったが、先に口を開いたのはディートリヒだった。


「ずいぶんと俺のことを警戒しているようだな」


「え!?いや、そんなつもりは・・・・・・」


ある。

口では否定しているが、そんなつもりは大いにある。

なにしろ経歴がうさんくさいのだ。

大切なフェイがそんなディートリヒと二人きりで王都まで来たというのも不安になる。

彼が本当に信用に足る人物であるかどうか、判断材料が少なすぎる。


「シスターの古い友人って言ってましたけど、本当なんですか?」


「本当だが。偽ってどうする。・・・・・・まあ、少し縁があってな。あそこで厄介になっているのは、単に住居に困ったから一時的に借りただけだ。家賃分の働きはしているつもりだが」


「シューリアから来たって言ってましたけど、グランシアへはどのような用で?」


怪しいと疑っているとはいえ、色々と不躾に質問ばかりしてまるで尋問だ。

失礼に値するどころではないだろう。

だが、そう思っているのはウィラだけのようでディートリヒは眉一つ動かすことなく淡々と答える。


「いやなに、元々別件で所用があったのだが、面倒事を押し付けられてしばらくこちらへ留まらなければならなくなっただけだ」


はぁ、とため息をつくその顔はいかにも気だるそうだ。

しかし、シューリアに、面倒事。

何か、点と点が繋がるような気がする。


「あの、お仕事って・・・・・・」


一か八か問うてみる。


「わざわざ聞かずとも分かっているだろうに。魔術監査局に勤めるしがない公務員だが」


「あぁ、やっぱり・・・・・・」


なんとなくそんな予感はしていた。

先程彼が砂時計をひっくり返した時に感じた違和感・・・・・・アイゼアに魔術を習いだしたおかげだろうか、あれは魔力の流れを感じ取ったのだと気づいた。

どうやら魔術や魔道具やら、そういうものにも敏感になってきた。

そして、シューリアから来た面倒事を抱えた魔術師なら一番身近なところに既にいる。


「一応、君の兄上の上司とでも言っておこうか。ついでに様子を見てこいとの指示が下ったおかげでわざわざこんなところまで来ているんだぞ」


なんだかご立腹な様子だが、どうやらウィラのことは伝わっているようだ。


それと、彼の上司だというのなら、向こうでのアイゼアのことをちょっと聞いてみたくなった。


「そうだ。アイゼアって、シューリアだとどんな感じなんですか?」


好奇心で聞いたつもりが、思ったより苦い顔が返ってきた。


「どうってそりゃ・・・・・・馬鹿だとしか言いようがないな」


「え」


「あいつは稀代の天才にして大馬鹿者だ。俺の手には負えん」


ディートリヒはそれっきりアイゼアの話をしたくないようだった。

一体アイゼアはシューリアで何をしでかしたらこんな言い草をされるのだろうか。

あの兄の本性はもっと恐ろしいものなのかもしれない。


「そういう君は、あれに・・・・・・アイゼア・エルディックによく似ているようだな」


「アイゼアって、本物の・・・・・・?」


本人にあったことは一度もないので、似ているなんて言われてもピンと来ない。

そもそも前提として、ウィラと彼には血の繋がりは無いのだ。


「そうだが。君はあれの妹なんだろう。君の持つ魔力はアイゼア・エルディックにそっくりじゃないか」


そんなこと初めて聞いた。


「いえ、立場上最近そうなっただけで実質赤の他人なんです」


「なに?」


「私、本物の妹じゃないんですよ」


へらりと笑うウィラに、ディートリヒは訝しげな顔をする。

もしかして、アイゼアはウィラのことを正確に伝えてはいなかったのだろうか。

ディートリヒの反応を見るに、その可能性の方が高そうだ。


「ふん・・・・・・そうか。奇妙なこともあるものだな」


よく分からないが彼の中で納得はいった様子で、それ以上追求されることはなかった。


「はぁ・・・・・・。正直、俺たちにとってはあんな魔術書なんぞどうでもいいんだがな」


「え?」


「どうせ、上層部の老人が金を握らされて渡したのは分かっている。最終的に誰の手に渡ったのかもこちらはもはや把握済みだ。あとはいかに穏便に返してもらい事を済ませるかという問題だけだが、そこが厄介なんだ」


もうそんなに進展していたのか、と思うと同時に思い返してみれば、アイゼアの働きぶりを考えると妥当なのもしれない。

しかし、厄介とはどういうことなのか。


「別に、争いが起きようがどいでもいい。だが、万が一紛失でもしてみろ。あれでも国宝級なんだ。その上のジジイ共になにを言われるか分かったものじゃない。馬鹿馬鹿しい責任の押し付け合いになんかやってられるか」


なるほど、責任の押し付け合いときたか。

アイゼアもそうだったが、何故彼らがこの一件を厄介事や面倒事のようにとらえているのかはそこに理由があったらしい。


「でも、貴重な魔術書なんですよね。シューリアの魔術師の方々からしたら、大切な物なのでは?」


「いいや。確かに稀有なものではあるが、俺たちにとってはあってもなくても変わらん」


ディートリヒの声が、一段と低くなった。


「あれは、シューリア国内における魔術書の中で格別に貴重で、絶対に使えないものだからだ。俺たち一般の魔術師には・・・・・・世界でほんのひと握りの限られた連中以外は、絶対に扱えない」


そんな、くだらない代物だ。

ディートリヒはそう言うなり、対話を切り上げるように砂時計を元に戻した。


「あら?二人とも神妙な顔しちゃって、どうしたの?」



ハッと気がつけば、フェイがティーポットを片手に不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。



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