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第十三話

翌日、予定通りウィラとアイゼアは街へ繰り出していた。


「ここが王都・・・・・・!とっても賑やかね!」


行き交う人々や店先で楽しそうに会話を交わす客たちなど、どこも活気に溢れている。

あちこち興味を惹かれるままに視線を巡らせて、田舎者だとバレバレの反応をしてしまう。

華やかな街並みは、歩いているだけで心躍るものだ。


「なんか欲しいもんあったら言えよ。少しぐらいなら買ってやるから」


「ありがとう。でも、遠慮させていただくわ。大切な親友へのプレゼントは自分で買いたいもの」


「そうか、ならいい。・・・・・・ところで、お前、金はいくら持ってるんだ?」


ちょっと心配そうに聞かれた。

働いたりしているわけではないので、孤児院にいたウィラの所持金なんてたかがしれているのだろうが、今回ばかりは特別だ。


「心配しなくても大丈夫よ!私にだってちゃんと貯金があるんだから」


肩掛けのかわいらしいポシェットから、財布を取り出してアイゼアに見せる。


「ホントだ、てっきり子供の小遣い程度しかないかと」


そう言われてウィラは得意げな顔になる。


「ふふん。そういうわけだから、私のことは気にしなくても大丈夫!」


このお金は母の遺産のほんの一部で、必要な時に使いなさいと言われていたものだ。

一体いつから貯めていたのか、母の遺産はウィラが当面の生活に困ることの無い程の額で正直当初は驚かされた。

周囲の大人の勧めもあって孤児院の世話になったが、シスターたちからもそのお金はあなたが使いなさいとしっかり保管してもらっていたのだが、早速役に立ってくれたようで何よりだ。


「でも、本当にいろんなお店があるのね」


「今日は時間があるからな。好きなだけ見て回ればいい」


「うん。そうさせてもらう」


よく晴れた青い空の下、二人並んで歩いて色々な店を巡る。

こうしていると、少しは兄妹らしく見えるのだろうか。

などと考えていると、ふと強い風が吹いて髪を揺らした。


「わっ!」


ドン、と膝に軽い衝撃が。

何かがぶつかったようで振り返ると、顔を抑えて呻いている小さな子供がいた。


「うぅ・・・・・・」


「迷子かな?どうしたの、お姉さんに教えてくれるかな?」


落ち着かせようとなるべく優しく話しかけると、困ったように視線を右往左往させている。


「あのね、わたしのぼうしが木に食べられちゃったの」


「食べられ・・・・・・?」


小さな指が指し示す先を見ると、街路樹のてっぺんあたりに、麦わら帽子が引っかかっているのが見えた。

かわいらしい赤のリボンで飾られていて、少女のものだとひと目で分かる。

あれを追いかけていてぶつかったんだろう。


「あぁー、風で飛んでっちゃったんだね。よし、お姉さんに任せて!」


意気揚々と手足を開いて木によじ登ろうとすると、慌てたようなアイゼアに止められた。


「おいおいおい、ちょっと待て」


「何?」


「いやお前その格好で木登りはダメだろ」


そう言われて改めて自分の服装を見直す。

ブラウスに紺のスカートという落ち着いた服装だが、よりによってブラウスは真新しいもので真っ白だ。

たしかにこの格好では木登りには不向きだろう。

うっかり小枝に引っ掛けて破いたりでもしたらフィオナが仰天してしまうかもしれない。


「あー・・・・・・いやでも気にしない気にしない!」


「やめろ。俺が気にするわ」


迷ったが背に腹はかえられないと登ろうとすれば、またしてもアイゼアに止められる。


「ったく、ちょっとそこで待ってろよ」


まさか彼が木登りをするのかと思ったら、アイゼアはおもむろに空へ向かって手を伸ばした。


「《フィーニス・アエテルタニス》」


ふわりと風が頬を撫で、淡い光が瞬く。

アイゼアの魔術で、小さな帽子は風に乗り下へ降りてきた。


「わぁっ!」


少女が小さな手を伸ばして、舞い落ちてくる帽子を受け止める。


「お兄さん、ありがとう!」


「どういたしまして」


そう答えたアイゼアの視線は前を見ている。

顔を上げると、慌てた様子の女性がこちらへ向かってきていた。


「おかあさーん!」


心配そうに駆け寄ってくる母親の姿を見つけて、少女も駆け出していく。

なんとも微笑ましい光景だ。


「かわいい子だったね」


「そうだな。やんちゃでお前みたいだった」


「私もう十六なんですけど?」


などと誤魔化してはいるが、なんだかんだ言って彼も子供には優しい人なのは分かっている。

素っ気ない態度でも、わざわざ魔術を使って助けてくれたのだからそんなことバレバレだ。



「あれ?アイゼアにウィラちゃんじゃないか!」


聞き覚えのある声に二人揃って振り返る。


「ライリー!こんなところで会うなんて奇遇だな」


そこに居たのはアイゼアの友人であるライリーだった。

舞踏会の時はきっちりとした正装だったが、今はそれよりラフな装いでより同年代の若者らしく見える。


「ちょっと所用があってね。二人は一緒にお出かけ?」


「まあな。デートってやつだよ」


「あははっ、本当に仲良しなんだね。僕もウィラちゃんみたいな可愛い妹が欲しいくなるなぁ」


「あげないよ」


ふふんと自慢げにアイゼアはそう言う。

そろそろ慣れてきたとはいえ、この切り替えの速さは流石と言えよう。

先程まで素のままであれこれからかってきたのに、今ではすっかり好青年の顔をしている。


「そうだ、ライリーさんって王都には詳しいんですか?」


「うん、まあそれなりにね。少なくともこの間まで隣国にいたアイゼアよりは詳しいよ。あ、もしかして何かお店探してる?」


「フェイに・・・・・・大切な親友にプレゼントを買いたいんです。でも、色々ありすぎてどれが一番良いのか迷ってしまいまして・・・・・・」


「そっか。だったら、ウィラちゃんぐらいの歳の子が好みそうな雑貨店を知ってるよ。すぐ近くにあるから一緒に行こうか」


もしかすると、と思って尋ねてみたのだがどうやら聞いてみて正解だったようだ。

まさか案内までして貰えるとは思っていなかったが、ありがたく連れて行ってもらう。



雑貨店は一本裏の路地に入ったところにあり、隠れ家的なこぢんまりとした外観で素敵だった。


「ここ、キーランの家の商会がやってる店の一つでね。キーランの妹・・・・・・ちょうどウィラちゃんと同じ年頃の子かな。彼女が発案したらしいんだ」


「そうなんですか!?私と同じくらいなのにこんな素敵なお店を作るなんて凄い・・・・・・!」


きっとあの舞踏会の時に、キーランの隣にいた薔薇の髪飾りの令嬢のことだろう。

やはり妹だったようだ。

いつかお近づきになれると嬉しい。

バーンズ子爵家は名のある商家でもあり、こうした雑貨店から高価な魔術道具の専門店など幅引く事業を手がけているのだそう。

あの彼の妹さんなら、きっと良い人だろう。

今度の夜会でキーランに会えたら、ぜひとも妹さんを紹介してもらいたいところだ。


「でも、こんなに素敵なんだからアイゼアも来れば良かったのに」


「まあ、こういうのには興味無いだろうからね。むしろ、興味津々にされたら似合わなくて笑っちゃうよ」


何故だか知らないが外で待っていると言ってそっぽを向かれてしまった。

絵葉書やリボンのアクセサリーに興味が無いのは分かっているが、急に設定を崩すようなことをしても大丈夫かと思ったがライリーは気にしていないようだった。


小さな店内は暖かなオレンジの光に照らされ、落ち着いた雰囲気だった。

あれこれ眺めていると、ふと、気になるものを見つけた。


「あ、これ・・・・・・」


ウィラが手に取ったそれは、一枚の絵葉書だ。

それも、絵葉書なのに描かれている絵が動いている。

風景画だが、雲が流れ、鳥が羽ばたき、しばらく眺めていると日が暮れて夜に変わる。


「ああ、それ。素敵だよね、魔術で動くんだって」


「魔術で?」


「うん。過去の光景を繰り返す、幻影魔術の一種だよ。難しいもので並大抵の人には使えないんだけど、小規模なものならこうして物質に施すことはできるんだ。でもこれ、結構人気みたいで僕も似たような絵葉書を貰ったことがあってさ」


幻影魔術と聞くと、アイゼアのお得意の魔術が思い出される。

アイゼアに聞けばこの魔術の事が詳しく分かるだろうか。

まるで一日の景色を凝縮したかのようなそれは、一瞬でウィラの心を奪ってしまった。


「きれい・・・・・・。どこの景色なんだろう」


独り言のつもりでこぼした言葉だが、ライリーは答えを知っていたらしい。


「シューリアのリンヴァルデだね。地方の小さな村だけど、景色が良いことで有名だよ。て言っても、数年前に隕石が落ちたことがきっかけで有名になったんだけどね」


「隕石・・・・・・?あっ、そういえばたしかにそんな話を聞いたことがありました!」


「アイゼアなら行ったことがあるんじゃないかな」


リンヴァルデという小さな農村に、なにやら隕石が落ちてひと騒動あったことはグランシアでも報じられていた。

星が落ちてくるということは本当に起きることだったのかと、当時の幼かったウィラには大変驚かされた事実で、すごく印象に残っている。


穏やかな湖畔の景色は鮮やかで、水面に映る星空も時が経つに連れてぐるぐると巡っている。

迷うことなくウィラは購入し、フェイに送ることにした。

素敵なものは共有したい。

こんなに不思議で綺麗な、魔術で動く絵葉書なんてものなら尚更だ。


「その、フェイちゃんって子のこと、大好きなんだね」


顔に出ていたらしい。

ライリーからそう言われて緩みきった頬に気づいた。


「えへへ、ずっと昔からの大親友なので・・・・・・。そうだ、ライリーさんってアイゼアとはいつから友達なんですか?」


純粋に聞いてみたかったことだ。

彼らの関係はフィオナから聞いていたよりも親しげで、もしかするとウィラが思っている以上に長い付き合いだったのかもしれないと気になっていた。


「アイゼアとは同じ魔術学校に通ってたんだ。仲良くなったきっかけはたまたま授業で隣の席だったから、かな。でも僕はあまり成績が良くなくてね、アイゼアに追いつこうと必死になってる間にアイゼアは魔術大国に留学しちゃってそのまま十年も帰ってこないだなんて思わなかったよ」


なんとなく、少し寂しそうな翳りのある顔だったが、笑って誤魔化された。

『本物のアイゼア』も類まれなる魔術の使い手であったらしいことはウィラも知っている。

その彼に追いつくのは、並大抵の努力ではなし得ないことだろう。


「おまけにかわいい妹さんまでいて、全然知らない人になったみたいに感じたんだ。そんなわけないのにね」


(いや正しくその通りなんですけど・・・・・・)


全然知らない人どころか本当の赤の他人である。


「でもアイゼアがウィラちゃんと仲良しみたいでちょっと安心した。アイゼアって昔からちょっと取っ付きにくい性格してたから」


「え?アイゼアが、取っ付きにくい?」


驚いた。

『本物のアイゼア』はどこからどう見ても爽やかな好青年だというのに。


「そう。表向きは気さくで優しそうなんだけど、人付き合いは表面上だけのものに留めるし、深入りされることを嫌うんだ。余計な詮索をしようものならもう目も合わせてくれなくなるぐらいに」


「ええっ」


まさかあのアイゼアが、そんな性格をしていたとは。

それはたしかに、人嫌いであったのにウィラとは仲良しなのも気にされるだろう。

もっといえば、エルディック兄妹は世間的に見れば奇妙で複雑な関係性にある。

それにも関わらず長年共に過ごしてきた家族のように親密な仲に見えるのは不思議な話におもえるはずだ。


「でもやっぱり仲良しな家族って羨ましいなぁ・・・・・・」


思い出して口を噤んだ。

ファーディナンド侯爵家には特殊な事情がある。


この国の貴族では一般的に、先代から後継者にその証となるものを譲渡する伝統がある。

家により証は様々異なるが、ファーディナンド侯爵家では翡翠の指輪を受け渡すと聞いている。

そしてその翡翠は、長男であるはずの彼の手元には無い。


「僕の家って、父が早くに亡くなったからそういうのあんまり知らなくてさ。兄弟もいないし、母は病気がちで部屋からあまり出られなくて。あんなこともあったし、仲が良いとは言えないんだ・・・・・・ってこんなことウィラちゃんに話しても分かんないか。ごめんね」


「い、いえ・・・・・・」


「そろそろ行こうか。アイゼアが待ちくたびれてるかも」


あんなことって、何。

彼の父が亡くなった原因はなんだっただろうか。

聞きたい。

聞いてしまいたいけれど、どこかはばかられる。

いつもの優しい顔に戻ったライリーに、これ以上この話を続ける気はなさそうだったし、聞く勇気もなかった。



その晩。

アイゼアにリンヴァルデの話をしてみたのだが、彼はただ、「懐かしい」と言って笑うだけだった。

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