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第十二話

「ほんとにあれでよかったの?」


屋敷に戻ってから着替え、アイゼアをバルコニーに連れ出してそう聞いた。


ウィラがキーランと踊っている間、ずっとライリーと一緒にいるところしか見えなかった。

なにやら熱心に話し込んでいたようで、これはこれで役に立てたような気はするが、魔術の調査らしいようなことはなにもしていなかったように思えたのだが、アイゼアとしてはそうではなかったようだ。


「ああ、もちろん大丈夫だぞ。まさかあんなに上手くいくとは思わなかったぜ」


ライリーとの会話で何かを得られたらしく、くすくす笑っている。

その口ぶりからして、ライリーから社交界の裏事情のような詳しいことを聞けたのだろう。

ファーディナンド侯爵家の長男であるらしい彼なら、あまり公になっていないことも知っていたりするのだろうか。

シューリアの貴重な魔術書を持ち出した貴族が何者であるのか想像もつかないが、アイゼアが任務を遂行できたのならそれで良い。


「ダンスの練習いっぱいしたんだけど、どうだったかな?キーランの足踏んじゃったかもしれないの」


そう言うと、アイゼアは今度は腹を抱えて笑いだした。


「アハハッ!いいじゃねえか!もっと踏んでやってもよかったんだぞ!」


「えぇ・・・・・・」


踏んでやれと言われてもそんなことできるものか。

げらげらわ笑うアイゼアへ冷ややかな視線を送っておく。


「アイゼアってキーランと仲悪いのかな?あ、これは『本物のアイゼア』の方のことね」


「そうなんじゃねぇの。なんかやたら突っかかっくるし。でもあのおとぼけ貴公子さんに喧嘩相手がいるとは思えねぇし、一方的に、って感じか」


おとぼけ貴公子ときたか。

本物のアイゼアは優しくて爽やかな好青年という想像ができるのだが、彼から見たらおとぼけた存在らしい。


「つーか分かってると思うけど。アイツ、絶対お前のことが好きだぞ」


「やっぱり?変わった人ね、私が珍しいからかしら?」


「・・・・・・いやぁ、お前、それは・・・・・・」


なんとも言えない顔で言葉を濁された。

しかしどう考えても『突然現れたエルディック伯爵家の娘』という奇特な存在が気になっているだけなのは考えなくても分かることだろう。

ウィラが特に面白味のない普通の娘だとわかれば、キーランも今のような対応はしなくなるはずだ。


「それより、また舞踏会ってあるのかな。疲れたけど色々楽しかったし、仲良くなれそうな人も見つけたいの」


結局、友人になれそうな人は見つけることはできなかった。

薔薇の髪飾りの令嬢とは結局話すことが出来なかったし、他の令嬢たちに挨拶をしてもどことなくぎこちなかったり、あからさまに疑うような態度だったので流石に気が引けてしまったのだ。

しかし、今回の舞踏会でこの国の貴族令嬢が全て集まっているというわけではないので、まだ希望は十分にある。

王太子殿下が後日夜会でもと言っていた。

きっと機会さえあれば巡り合わせもあるはずだ。

とはいえ、自分一人だけ友人がいないという孤独感は変わらないので。


(ああ、フェイが恋しいな・・・・・・)


あのふわふわの栗毛に包まれたくてたまらない。

しばらくはフェイの笑顔を思い出して乗り切るしかなさそうだ。


「別に、無理して知り合いを作ろうとしなくてもいいんじゃないか」


「え?」


アイゼアからそんなことを言われるとは思っておらず、聞き返してしまう。


「だってお前、いつまでもこの家の令嬢をやるつもりはないんだろ」


その一言で、目が覚めた。


「あ、たしかに・・・・・・。いやでも、それはそうだけど・・・・・・」


もとより自分はこの家の娘ではない。

すっかり令嬢気分になっているが、本来は、なんらかの理由によって『エルディック伯爵の隠し子』としてここへ連れてこられただけの、ただの平民だ。

アイゼアとの協力関係も、彼の調査に協力する代わりに、ウィラがここへ来た経緯の真相について探ってもらうことを条件にしたのだ。

それなのに、これからお友達を作って、次の舞踏会はどうしようか、なんて考えているとは不思議な話だろう。


「うん・・・・・・私、なんでだろうね・・・・・・」


思わず深く考え込んでしまった。


「お、おお・・・・・・すまん。そんなに悩むとは思わなかった。ちょっと意地悪したかっただけだ」


少し狼狽えたような顔から、演技らしいものは見受けられない。

本当にからかってみただけだったのだろう。


「えぇ・・・・・・、なんでよ」


「かわいいから、つい」


「なにそれ」


誤魔化し方が下手な人だ。


ぐっと伸びをしてから、なんとなく夜空を見上げる。

星が瞬くのが見えて、そういえばミルドレッド夫人の書斎には望遠鏡があったことを思い出した。

それから、ミルドレッド夫人に髪を夜空のようだと言ってもらったことも。

彼女も天体観測が好きなのだろうか。

シスター・アルマも星空を見るのが好きで、よく星座を教えてもらっていたので、なんとなく懐かしい気分に浸りそうになる。


「ウィラ」


「ん?」


名前を呼ばれて振り返った。


「お嬢様生活は楽しいか?」


「うん。まあそれなりにね」


たまに見せるその優しい眼差しに、はにかむような顔で微笑み返した。

どうして、いつかは辞めるはずのこの生活に楽しさを見出しているのか。

彼に言われて少し、考えてみた。


「確かに、私は偽物でいつまでも隠し通せるなんて思ってない。いつかきっと本物の娘が現れて辻褄が合わなくなる日が来ることは分かってる。でも、だからといって何もしないのは違うでしょう」


ミルドレッド夫人の言葉を汲むのなら、ウィラがここへ来た理由もいつか分かるという。

つまり、ここでの生活には意味はあるということだ。

それに、魔術の勉強も楽しくて仕方がない。

自分の知らないことを知って、世界を広げることは楽しいことだとウィラは知ってしまったのだ。

成り行きで令嬢になったが、存外に自分が思っているよりもこの生活が気に入っているらしかった。


「・・・・・・案外、お前はホンモノじゃないかって俺は思ってるよ」


「え?」


ぽつりと、そうこぼした言葉の真意を聞く前に遮られた。


「じゃ、明日は街に出るぞ」


「ほんと!?やった!」


ここへ来た時に馬車の窓から見た景色を思い出す。

なんと楽しみなことだろうか。


「じゃあ明日に備えて、もう今日は早く寝ないと!」


「そーだな。お子ちゃまは早く寝るこった」


眠らなければと意気込んでいたら、適当に頭をぽんぽん撫でて弄ばれた。


「もう!アイゼアも夜更かしはしちゃだめなんだからね」


「はいはい」


軽口を言い合いながら、バルコニーからそれぞれの自室へ戻っていく。

おやすみの挨拶をしてから別れ、ベッドに潜り込んだ。


(あんまり分からないけど、なんだか上手くいってるみたいで良かった)


アイゼアの仕事が順調なら、なによりのことだろう。

夜中にこっそり抜け出して街へ行ったり社交界で諜報活動めいたこともしたり、危険な場面も伴うようだから、偽の兄とはいえやはり心配になるのだ。



ふと、先程の言葉が頭の中で反芻する。


(アイゼアも、この仕事が終わったらシューリアに帰っちゃうのかな)


夜に考え事をするのは良くない。

余計なことまであれこれ悩みそうになるからだ。

今はよしておこうと思考を振り払う。

この時、彼が既に答えを得ていたなどと、ウィラは思いもしないまま穏やかに目を閉じた。



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