第十一話
「うん・・・・・・。これならきっと、大丈夫」
ハーフアップにしてリボンの飾りを付けた紺色の髪。
その髪色と合わせた、白と紺の上品なドレス。
できる限り華美にならないようにフィオナを制しつつ完成したコーディネートだが、なかなか良い出来かもしれない。
姿見の前で最後の確認をしてから、馬車に乗り込む。
ミルドレッド夫人は欠席で、ウィラとアイゼア二人だけだ。
「よく似合ってるじゃないか」
「あ、ありがとう・・・・・・」
褒められて何となくドキドキする。
本当に、顔だけはいい男だ。
アイゼアも普段よりもかしこまった装いで、見目麗しい貴公子然としている。
「っと、忘れるところだった」
「どうしたの?」
「少し待て。じっとしてろよ」
言われた通りにじっとしていると、覆いかぶさられて耳元に何かを付けられる。
触って確認すると、硬い感触がした。
「イヤリング?」
アクセサリーをプレゼントしてもらえるとは。
まさかアイゼアがそんなロマンチックなこのをしてくれるなんて、心がときめいてしまう。
「そう。この魔道具があれば連絡が取れるし、追跡もできる。念の為だがなんかあった時のことを考えて一応、な」
「あ、そういうやつかぁ・・・・・・」
ときめきが一瞬で砕けた。
アクセサリーとはいえ魔道具だった。
使い方の説明等は聞いていないので、おそらく身につけてさえいればいいものなのだろう。
追跡もできるらしいが、捜索されるような事態は起きないように気をつけて行動したい。
「な、なんて人の多さなの・・・・・・!」
ようやく舞踏会の会場に到着し、アイゼアに手を引かれながら入場する。
エントランスホールを通っただけでもうくたくたになりそうなのに、会場は着飾った男女でいっぱいで、煌びやかな空間に後ずさりしてしまいそうになる。
「あんまり離れるなよ。大人しく振舞ってれば大丈夫だから」
「う、うん」
今日まで学んだことを思い出し、背筋を正して堂々と歩く。
アイゼアとウィラに気づいたのか、少しずつ視線を感じるもののそれはあまり好意的とは思えない。
「見て、あの子よ。エルディック家の・・・・・・」
「あの方が?まあ、噂は本当だったのね」
ちらちらとこちらを伺っている人々から、囁きが聞こえてくる。
華やかなドレスをまとった令嬢たちが和やかに談笑しているように見えても、その会話の中身はあまり優しくはなさそうだ。
当然だが、知らない人に囲まれて、色々な含みのある視線を送られるのは嬉しくない。
できるならアイゼアの後ろに隠れていたいぐらいだが、それと同時に、ウィラの知的好奇心がこれでもかというほどに刺激されているのも確かなことだ。
(貴族って本当にゴシップが好きなんだ・・・・・・!小説で読んだシーンみたい!)
初めて訪れる場所での、初めての体験。
こうなったらもう、陰口なんて気にしないでとことん満喫するべきだろう。
「なんでワクワクしてんだ」
「え?いや、別にそんなことはないけど・・・・・・」
顔に出ていたらしく、アイゼアから指摘されてしまった。
貴族の流行や、彼らがどのような日常を送っているのかなど、知りたいことはたくさんある。
好奇心だけで魔術を学ぶ程なのだ。
それぐらい、ウィラにとって見聞を広めることは何より楽しいことなのである。
「えっと、まずは主催者に挨拶するんだっけ」
「そう。俺が話すからお前は適当に合わせてくれればいい」
大人しくアイゼアについていく。
此度の舞踏会の主催者は、グランシア王国の王太子、ユリシーズ殿下だ。
主催者の王太子殿下とあって、人々に囲まれていても分かるぐらい目立っている。
黒髪に碧色の澄んだ瞳を持つ美青年で、アイゼアよりも少し年上に見える。
二人で挨拶に向かうと、王太子はにこやかに迎えてくれた。
「おお、エルディック家のアイゼアではないか。久々だな、シューリアでの留学はどうだ?」
「ご無沙汰しております、殿下。ええ、おかげさまで様々なことを学ばせていただいている日々です。今は休暇を取っていて、しばらくはこちらに滞在する予定ですよ」
「そうかそうか!では休暇の間は思う存分祖国を満喫してくれ。そうだ、よければまた後日夜会でも開こうか。お前のシューリアでの日々について聞きたがっている者は多いからな」
「ええ。楽しみにしています」
さすが、隣国の魔術学院に留学するだけあって、王太子とは親しい仲なのだろう。
実に親しげに会話をしている。
『アイゼアを演じている彼』とユリシーズ殿下に面識があるのかは知らないが、どこからどう見ても旧知の友にしか見えない。
相変わらず、さすがの手腕だ。
(いやぁ、王太子って実在するんだぁ・・・・・・)
王家というものの存在はウィラだって当然分かっているが、こうして顔を見るのも声を聞くのも初めてだ。
それも、こんなに至近距離でなんて。
もう半ば現実逃避のようなことしか考えられない。
「妹君とは仲睦まじいようで何よりだ。話には聞いているぞ。妹君の初めての舞踏会が私の主催するものだとは、実に光栄ことだ」
大人しくひっこんでいようと思っていたのだが、殿下は笑顔で話しかけてくれた。
まさしく、物語に出てくるような王子様のような微笑みにくらりとしそうだった。
素敵な人だ。
この国の王太子殿下についての話は街でも聞いたことがあったが、話に違わない爽やかな好青年そのものだろう。
「はじめまして殿下。ウィラと申します」
カーテシー、というらしい。
習ったとおりに、ドレスの端をつまんで優雅にお辞儀をする。
「うむ。実に、良い目をしているな」
「良い目、ですか・・・・・・?」
挨拶をしただけなのに、変わったことを言う人だ。
ワインレッドの瞳。
ウィラにとってはこの瞳が全ての元凶でもあるのだが、人からは綺麗だと言われることはたまにある。
アイゼアと似ているからそう褒めてもらったのかと思ったのだが、王太子はそれ以上何も言わず、アイゼアに視線を移した。
「アイゼアも、少し見ない間にずいぶん大人びてしまったものだ」
「いえ、そんな。まだまだ若輩者ものですよ」
「謙遜などせずとも良い。まあ、お前のその驕らないところを俺は気に入っているんだがな」
本物のアイゼアはともかく、その人は驕りまくってるのだが。
自称天才エリートと語る彼の顔を思い出しつつ、頭の隅に追いやっておく。
「ああ、シューリアへ留学する前はお前のことをよく可愛がってやったというのになぁ」
「殿下、それは子供の頃のことでしょう」
「いやいや、俺は今でもお前を弟のように思っているぞ。そうだ、お前が弟であるのならウィラ嬢は妹だな」
「えっ」
「ははっ、冗談だ。うむ、こういう新鮮な反応は楽しいな」
「殿下、あまりウィラをからかってやらないでくださいよ」
「分かっているとも。それでは、今宵は心ゆくまで楽しんでくれ」
側近らしき人物に急かされながら殿下は笑顔で手を振りつつもせわしなく去っていくが、すぐに周りを人に囲まれてまた会話をせざるを得なくなっている。
やはり王太子なので忙しいのだろう。
落ち着いて会話ができる時間はかぎられているのだろうが、それでもユリシーズ殿下の笑顔はシャンデリア並に眩しい。
恐るべき爽やかさだ。
「素敵な人だったね」
「なに?お前はああいう奴が好みなわけ?」
「張り合おうとしないでよ・・・・・・」
くだらないやり取りをこそこそと小声でしつつ、再び会場内を歩く。
出来れば友達を作れたら、なんて思ったりもしているがそれは難しいかもしれない。
なにせ、周りを見るだけでも簡単に話しかけられるとは到底思えないのだ。
今も耳をすませば囁きが聞こえてくる。
「エルディック家と血縁関係にあるというのは本当なのね。見て、あの赤い瞳」
「でもあの子供は庶民だったんでしょう?そのような身分の者なんて、わたくしたちと関わるには相応しくありませんわ」
「ですが、あの子がいるということはつまり、エルディック家の跡取りは・・・・・・」
確かに、アイゼアという跡取りがいるというのに突然愛人の子を引き取るのは奇妙な話だろう。
噂では、アイゼアが家を継がずシューリアに残り魔術の研究を続けるという説や、実はアイゼアとミルドレッド夫人は不仲で家を譲る気は無いという説などが囁かれているらしい。
ウィラ自身ですら真相を知らないので言えることは何も無い。
むしろ、話に混ざって色々聞きたいところだ。
「・・・・・・?」
などと考えていると、金髪の青年と目が合った。
その青年のことは知らないのだが、なぜか目が合った途端に彼は笑顔でこちらへ向かってきた。
(だ、誰・・・・・・?もしかして、アイゼアの知り合い?)
この場合、『本物のアイゼア』の知り合いということになる。
「アイゼア!久しぶり、僕のこと覚えてる?」
金髪の彼は真っ直ぐアイゼアにそう言った。
やはりアイゼアの知人だったのだ。
「覚えてるに決まってるじゃないか、ライリーだろ!会いたかったぞ!」
「良かった、久々だから僕のこと覚えてないかもって不安だったんだ」
「忘れるわけないだろう、あんなに仲良しだったんだから」
この、ライリーという彼との交友関係もしっかり把握していたのだろう。
王太子同様、再会を喜ぶ友として違和感を感じさせないやり取りだ。
「えっと、君は確か・・・・・・」
「妹のウィラだ。ウィラは舞踏会に来るのは今日が初めてで、ちょっと緊張してるみたいなんだけど」
アイゼアに促されてお辞儀をする。
「初めまして。妹のウィラです」
「初めましてウィラ。僕はファーディナンド侯爵家のライリー・ファーディナンドだ。よろしくね」
優しく微笑みかけてくれた。
ファーディナンド侯爵家の名前を聞いて、そういえばフィオナが侯爵家にアイゼアの友人がいると教えてくれたことを思い出した。
確か、ファーディナンド侯爵家は十数年前に前侯爵が突然事故で亡くなるという不幸に見舞われたそうで、跡継ぎ問題でそれなりに揉め、侯爵家の地位が危ぶまれたらしい。
今は侯爵の弟、つまりライリーにとっての叔父が一家を支えていると聞いた。
中々苦労人らしい生い立ちをしている人だ。
突然友人に妹が出来ていたらどんな反応をされるかと思ったが、優しそうで一安心だった。
彼と友好関係を築ければ、社交界での友人もつくれるかもしれない。
「ねぇアイゼア、シューリアでの話を僕にも聞かせ欲しいな。どんなことを勉強してるの?シューリアって、美味しいご飯ある?」
「魔術のことばっかりだよ。色々詳しく話すと長くなるからまた後でな。あとご飯は美味しいよ。今度シューリアに遊びに来てくれたらいいお店に連れてってあげる」
友人に留学のことを聞く時に、真っ先に食事のことを気にするとは可愛い人だ。
はにかむような笑顔はより一層親しみを覚える。
「そうだ、アイツ────キーランにはもう会った?」
「いや、まだ会ってないけど・・・・・・」
アイゼアたちの会話を聞きつつ大人しくしていると、薔薇の髪飾りを付けた綺麗な少女が目に入った。
ウィラと同じ年頃のように見える少女で、ウィラと同じように身内と思わしき赤毛の青年と会話をしている。
周りにいる令嬢たちよりも柔らかい雰囲気で、優しい笑顔が魅力的だ。
彼女なら仲良くしてくれるかも、と後で話しかけたいと思ったのだが、令嬢ではなくその隣にいた赤毛の青年と目が合った。
なんだかデジャブを感じる。
ウィラの予想通り、先程のライリー同様に赤毛の青年はこちらへ向かってきた。
「久しぶりだな、アイゼア。またお前のその脳天気なツラを拝めるとは思わなかったぜ」
穏やかそうなライリーとは対照的に、ニヒルな笑みの強気な態度だ。
彼がその、キーランという人なのだろうが、その態度から察するにアイゼアとは仲が良くないのだろうか。
「やあキーラン。君も来ていたんだね」
「フン。当たり前だろ。なんと言っても俺は」
そう言った時、ウィラの存在に気づいたようで呆然とした顔のまま固まってしまった。
「あの、なにか・・・・・・?」
動かなくなってしまったキーランに恐る恐るウィラが声をかけると、キーランはハッとしたようになる。
「───────失礼ですが、お嬢さん。名前を伺っても?」
「えっと、ウィラです」
「ウィラ・・・・・・なんと麗しい響きだろうか。申し遅れました、私はバーンズ子爵家のキーラン・バーンズです。以後、お見知り置きを」
突然態度が変わったキーランに驚きつつ、とりあえず笑っておく。
フィオナから困った時は黙って笑っておけばなんとかなると教えてもらったのだ。
さっきまで貴族らしからぬ不良青年のような口調だったのに、今では貴公子らしい振る舞いになるなんて、彼の中で何があったのかさっぱり分からない。
「キーラン、一応言っておくけどウィラは俺の妹だよ」
「なにっ!?・・・・・・いやしかし、ウィラさんの為ならたとえお前が義兄になろうが構わない!」
アイゼアとキーランは仲が悪いのだろうか。
やたら対抗意識のようなものを感じる。
「ウィラさん、もしよろしければ私と踊っていただけませんか?」
「せっかくだし踊ってきたら?一生懸命練習したんでしょ」
てっきり初めて踊る時はアイゼアと踊るのだと思っていた。
だが、ここでの自分の役割はアイゼアが調査をしやすいようにこちらに視線を向けることだということを思い出す。
キーランの手を取り、音楽に合わせて踊る人々の間に入っていく。
怒ったり嬉しそうにしたり、コロコロと表情の変わるキーランは面白い人だ。
(今日は舞踏会に来れてよかった)
王太子殿下も、ライリーもキーランも、それぞれ違うタイプの人で素敵な人だ。
キーランはアイゼアと仲が良くないかもしれないが、ウィラに対しては好意的でいてくれるのでありがたい。
ここで社交界の友人を作れたのは今後役に立つだろうし、ウィラに対する周囲のイメージを変えやすくなるだろう。
───────だが、アイゼアとも踊りたかった、なんて思ってしまったのは気のせいだろうか。




