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第十話

幾日か経った頃、予定通り、ウィラたちは王都へ向けて出発していた。

グランシアは小国であるものの、馬車での移動は当然時間がかかる。

隣にいるアイゼアは構ってくれる気はないらしく読書に勤しんでいることだし、長旅にもそろそろ飽きてきた頃だった。


「お嬢様!都が見えてきましたよ!」


ウィラがすっかり飽きているのを感じたのか、同乗していたフィオナに言われて、馬車の窓から顔を出す。


「わぁ・・・・・・!ここが王都なのね」


石畳の道の続く先には、賑やかな街並みがあって、その奥には大きな王城が見える。

どれも初めて見る景色だ。

はしゃぎつつ、令嬢らしく見えるように落ち着きを持つことも忘れない。


王都にあるエルディック家の屋敷には、既に多くの使用人が待ち構えていた。


「お待ちしておりました」


恭しく礼をされ、エルディック家へ来た初日のことを思い出す。

あの時は自分よりも年上の大人に頭を下げられるなんて違和感しかなかったが、そろそろ礼儀作法も身につき始めた頃だ。

もう前のように固まって困惑したりはしなかった。


屋敷内を案内され、宛てがわれたウィラの私室へ向かう。

あの家にもようやく馴染んできたばかりだと言うのにまた移動するなんて、と思ったりもしたがフィオナがいてくれるおかげで安心感はたっぷりある。


「お嬢様。こちらが今回の舞踏会のためにご用意させていただいたドレスですよ」


「わ、わぁ・・・・・・」


クローゼットにはずらりと色とりどりのドレスが並べられていて、圧倒されてしまう。


「このローズピンクのドレスはいかがでしょう。お嬢様はとっても可愛らしいのでよくお似合いになりますよ。ああっ、こちらのアクアブルーのドレスもお似合いですね」


たっぷりのフリルで飾られたピンクのドレスに、裾がふわりと広がった青のドレス。

あれやこれやと次々とドレスが運ばれてきて、まるで着せ替え人形になったかのよう。


「いや、私にはちょっとかわいすぎるんじゃない、かな・・・・・・?」


「いえいえ、そんなことはありませんよ!お嬢様のお年頃でしたら、このぐらいがちょうどいいんです」


ウィラの髪を編み込みながら、フィオナは満面の笑みでそう言った。

やたらとフィオナが生き生きしている。

毎朝の着替えもそうだったのだが、フィオナは自分のおしゃれだけでなく、人を着飾ることも好きなのだ。


そうして、色々と試した割には、結局今日のうちに決まりそうもなく明日また考えることになった。

フィオナが言うには、どれも可愛くてひとつに絞れないのだと。

レースやフリルに埋もれすぎて疲れ果てたウィラは、水でも飲んで休憩しようかとダイニングへ向かう。


「あれ、アイゼア」


誰もいないかと思ったが、ダイニングにはアイゼアの姿があった。


「なんだ、お前か」


今来たばかりのようで、片手にもっているグラスには何も入っていない。

いつもより気を抜いていたのか、ウィラのことを見て少し驚いた素振りも見える。


「アイゼア、これから街に行くの?」


「いや、今はいい。ちょっと休憩しに来ただけだ。遊びに行きたいのなら、舞踏会が終わったあとに連れてってやるよ」


「やった、楽しみにしてるね」


馬車の窓から見ただけだが、街は賑やかだった。

様々な店が立ち並び、広場は楽しそうな顔の人々が行き交っていて、見ているだけでも活気で溢れていることが分かる。

それに、散策するだけでなく、フェイへのお土産も探したい。


「それはそうと、お前、大丈夫なのかよ」


「何が?」


コトリとグラスを机の上に置いたアイゼアが、至極真面目な顔で聞いてくるものだから、ウィラは首を傾げた。


「だから、舞踏会」


一瞬、目をぱちくりとさせて驚く。

つまり、ついひと月ほど前まで庶民だったウィラが、貴族令嬢たちの中に上手く溶け込めるのかを心配してくれているのだ。

まさか、アイゼアから舞踏会のことで心配されるとは思いもよらなかった。


「そのことなら全然大丈夫よ!ばっちり練習してきたもの!」


「本当かぁ?」


「本当だってば!」


そこまで疑うのなら、実演してみせよう。

こほんっ、と咳払いをしてからポーズをとって名乗る。


「え〜っ、わたくしは〜エルディック伯爵家の令嬢、ウィラ・エルディックですわ〜!」


「・・・・・・ぷっ」


失笑された。


「なんで笑うのよ」


「いやいや、お前正気かよ。絶対ダメだってそれ、冗談だろ」


「なんで!?どこがダメだって言うのよ?」


思っていた反応と違いすぎて、ウィラは焦る。

ウィラとしては教えてもらったようにやっているつもりだったのだ。


「いや、わざわざ高飛車になる必要はないだろ・・・・・・?」


「高飛車?どうして?貴族のお嬢様ってみんなこんな感じじゃないの?」


優雅に高貴にと指導されたように、自分なりに考えて実践したはずなのに、まさか見当違いだなんて。


「いや確かにそういう奴もそこそこいるけど、それに合わせなくてもいいからな?」


ちょっとこっち来いと手招きされる。

大人しく近寄れば、肩や腕を動かされて正しい姿勢を取らされる。


「力が入りすぎてんだ、もうちょい落ち着いてお淑やかにしてみろ。作法はちゃんとできてるんだからもっと自信持て。いつも通り振舞ってりゃ大丈夫だから」


アイゼアに令嬢のことが分かるのかと思ったが、潜入調査をするだけあってか、貴族の作法に関しては完璧だった。

確かに、普段とあまりにも違うものだからやりすぎていたところもあったかもしれない。

アイゼアに、大丈夫、と言われるとなんだか心も落ち着くようだった。


「今回は、できるだけお前に視線を集めたい。お前が目立てばその分だけ俺が行動しやすくなるからな」


その言葉に一瞬首を傾げたが、すぐに合点がいった。


「社交界じゃ、お前の存在が気になってるって連中ばっかりだぜ。なにせ、あのミルドレッド夫人が亡き伯爵の隠し子を今になって迎え入れたってんだからな。噂の真偽を確かめたいって奴らが山ほどいる。目立つこと間違いナシだからな、俺への視線を逸らすには十分すぎるほどだろう」


「なるほどねぇ・・・・・・」


アイゼアからしてみれば、ウィラに視線や話題を逸らすことで、本来なら帰国してきたばかりの彼に集まる注目を回避することができるのだ。

自由に動き回る為にも、ウィラには目立ってもらった方が都合がいい。

問題はウィラがどれだけ耐えられるかというところだけだ。

不安でしかないが、あの夜、彼に協力すると宣言したからには自分にできる限りは努めたいと思う。


「おや。お二人とも、何をしていらしたのですか?」


ちょうどその時、ダイニングに使用人のテオという青年がやって来てしまった。

ウィラとアイゼアがこんな時間に二人でダイニングに来ているとは思わなかったのだろう。


「テオ!あー、いや、えっと」


「ダンスの練習」


「えっ」


どう誤魔化すかにに言い淀んでいると、迷いなくアイゼアが答えた。

そんなこと一切していない。

というよりも、ダイニングでダンスの練習とは少々無理があるのではないかと思ったのだが、テオは納得してくれた。


「ダンスの練習ですか!さすがですね!」


何がさすがなんだ。

彼の輝くような瞳に、眩しさを覚える。

ともかく、これで誤魔化せたのでさっさと解散しようとする、のだが。


「あの、もしよろしければ・・・・・・踊って見てくれませんか?」


「え、えぇ〜」


何を期待しているのか、テオはそんなことを言ってきた。


「そっ、そうですよね、すみません!僕としたことが出過ぎた真似をしてしまい・・・・・・!」


そのつぶらな瞳の子犬のような顔を見て、そういえば以前、テオはダンスが好きだと語っていたことがあったのを思い出した。

単純に二人が踊っていたということを聞いて興味を惹かれたのだろう。

そんな、うるうるとした目で謝られてしまうと、なんだか孤児院にいたちびっ子たちを思い出してしまい断るのが申し訳なくなる。


「いやいや!全然大丈夫だから!ほら、踊りますよお兄様!」


「お前なぁ・・・・・・」




渋々といった様子だが、付き合ってくれるらしい。

だがダンスの練習など一切していないので、もちろんその後、アイゼアの足を踏みまくったことは言うまでもない。



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