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第3話 僕は生活に安らぎを求める

 新入生歓迎会の定義とは、なにか。明確な答えはわからないけど、決して「飲まなきゃいけない」わけではないし、反対に「飲ませなきゃいけないわけではない」と僕は思う。それをはき違えている人は、未だに多いのではなかろうか。


 だから、サークル選びは慎重にしなければならない。それを考慮すれば、どこにも入らないという判断も、至極全う超えて模範解答まである。

 逆説的に、新入生歓迎会にて酒を提供しないというサークルは、それだけで「良サークル」のレッテルを貼られたも同然となる。これはあくまで僕の価値基準だから、人によって好みが分かれるというのも否めないが。


 何が言いたいのかというと。

 僕がサークルに求めているのは、「馬鹿げたことができるという楽しさ」ではない、ということだ。

 おそらく僕が求めているのは、「安らぎ」なんだと思う。


 きっと、理解できない人がいるのかもしれない。それでも、いいだろう。ものさしが違う、それだけの話だから。


 全員には理解されなくていい。ただ、本当にわずかでいいから、理解者がいてほしい。

 僕の求める「安らぎ」が、どうかそこにありますように。


 ♦


 木曜日の夕暮れ、アイドル顔負けのハードスケジュールが終わりを告げる。3コマの授業が終わった。それに伴い、来週のハードスケジュールへのカウントダウンがおずおずと減りだしているのはわかっている。でも、今だけは見て見ぬふりをしたい。面倒ごとは、未来の自分におっかぶせるべきだ。

 これを人間は危険思想だと呼ぶが、これは人間の本質である。それこそ、だれかしら哲学者が言っているのではなかろうか。実存は本質に先立つだの、真実はいつもひとつだの。


 今いるのは、東のナントカ号館の入り口前。授業が終わってもすぐ帰ろうとしないのには、ちゃんとワケがある。

 それは、今日が約束の「新入生歓迎会」だからである。

 寺島てらじまから連絡があり、3人で行こうということになった。もちろん、先に一人で行って向こうで丁重に扱われるほうが数百倍気まずいし、別にこれといって反対する理由もないので、こうやって待ち合わせをしている。


 改まって待ち合わせをするのはなんだか照れくさい……できれば青葉あおばより寺島のほうが先に来てほしい……。


「ごめん、お待たせ~」


 そんな考えを読み取ってくれたかのように、こちらに走ってくる人影が見える。少しだけ茶色に染まった長い髪を揺らして歩いてくる女の子。左目は隠れそうなくらい長い前髪で覆われている。ベージュのブラウスに黒い七分丈のズボン。


「おお、久しぶり」

「確かに、直接会うの久しぶりかも」


 寺島は、オーバーリアクションかと思うくらいの満面の笑顔をつくる。そしてすぐにケータイを取り出して、慣れた手つきで何かをし始める。


「めぐみん、()()()()って言ってた。ちょっと講義が長引いてるって」


 どうやら青葉との連絡を見返しているようだった。ちなみに、「もうそろ」とは「もうそろそろ」の略であり、「もうそろそろ」は「もうそろそろ着く・来る」の略である。とうとう略称すら略される時代がきたか。チョベリグがチョグ、チョベリバがチョバ的な?


 そろそろ頭が混乱してきたので、上目遣いで見つめてくる寺島を見ながらうなずいた。

 そのうちに、なんだか覚えのある疑問が浮かんできてしまって、訊かずにはいられなくなった。


「なあ、なんで青葉とはそんなに――」


 寺島の返事を待たずにたたみかけて質問しようとしたら、別の声にさえぎられてしまった。


「ごめんなさい、お待たせ」


 さっきも聞いた声。そう、青葉 めぐみの声だ。

 さっきは余裕がなくて気づかなかったが、青葉も寺島に負けず劣らずのおしゃれな格好をしていた。黒髪のボブは先ほどと変わらないが、その髪と同じ色をしたシャツに、灰色のゆるいカーディガン。そこそこの長さのある紺色のデニムスカート。黒いトートバックも見えた。


「ああ、いや、大丈夫。で、この館の5階、だっけ」


 反射的に僕が答えてしまったが、先ほどの青葉の発言は何パーセントくらい僕向けだったんだろう……。おそるおそる計算しようとして、二人とも気にしていないようすだったので忘れることにする。


「うん、506!行こっか!」


 先陣を切って、寺島が歩き出す。そして、そのすぐ後を青葉が追う。そして、適度な距離を保ち、僕が追う。


 2人がなにやら笑い話をし始めたとき、やっぱり僕は不思議に思う。さっき聞けなかった疑問、すなわち「なぜ寺島と青葉は、そんなに仲が良いのか」。タイプ的には全く異なるから、間違いなく僕の知らないバックグラウンドがあるんだろう。

 そして、もう一つの疑問――「なぜ寺島は、そこまでするのか」。ただ仲が良いにしても、人間たるもの、一人の友人にしてやれるものごとの量などたかが知れている。寺島のように、友人の多そうな人間なら、なおさらだ。

「青葉のコミュニケーション能力を、僕と同じサークルに入れることで向上させる」なら、ギリギリわかる。共通の知人に頼むというのは、だれもが思いつく解決策の一つである。

 でも、寺島までサークルに入る必要はない。自分が見守っていなきゃ気が済まない、とか、僕じゃ頼りにならないとか言われればそこまでではあるが、やっぱりそこまでする必要はないと感じる。

 考えているうちに、やっぱり面倒くさくなって、やめる。


 疑問の答えを出そうとすれば、その過程で、新たな疑問と遭遇する。ゆえに、世界から疑問はなくならない。

 なんか、哲学っぽいな。

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