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彼女はきっと病んでいたのだ。飲み会で彼女と出逢った時点で、既に真面な思考をしていなかったのだろう。A太についてのあの発言もきっと妄想に過ぎなかったのだ。
深呼吸をし、もう一度LINEを見てみるがやはり既読はついていない。一体A太はどうしてしまったのだろうか。
冷や汗が止まらない。”次はあなたの番”彼女は確かにそう言った。
テレビは既に次の番組へと変わっていた。
家にいる気分になれず久々に大学の図書館を利用することにした。図書館の中はクーラーがきいていてヒンヤリとしている。退屈そうにスマホをいじっている人や、何かの資格の勉強をしている人、頬杖を突きながら読書にふけっている人など様々な学生たちが居た。
図書館に来てみたものの、僕には特に読みたい本が無かったので、文庫本コーナーをぶらぶらと歩き面白そうなタイトルの本を探してみることにした。大半はタイトルも知らないような本ばかりであり、そのどれもが退屈そうなものばかりだった。
結局面白そうなものは見つからなかったので、数年前に流行った恋愛小説を呼んでみることにした。
最初の数ページを読み進めた所で、僕と似たような性格をした男が主人公であることが分かった。懐かしいのかむずがゆいのかよく分からない感覚で読んでいると、とある文章で目が止まった。
”お前を見ているぞ”
不意に現れたその短文は、作品の文体と異なれば、ストーリーに沿ったものでも無い。改めてページの初めから読み直してみたが、そのような内容はどこに書かれていなかった。
今日は調子が悪いようだ。どこか集中力を欠いている。恐らくA太やY子のことが原因なのだろう。
気を取り直してまた小説を読み進める、すると本の内容が恋愛ものの筈だったのに、いつの間にか主人公が怪人に襲われるものに変わっていた。
そして主人公が怪人に追い詰められ、「次はお前の番だ」と言う。
その一節を読んだ時Y子の声が鮮明に再生された。
思わず声を上げて本を投げ捨ててしまい、近場の学生に睨まれる。
一体僕はどうしてしまったのだろうか。慌てて本を拾い上げ、深呼吸をしてから椅子に座りなおす。改めて初めから小説を読んでみたが、物語中に僕のような登場人物は存在しておらず、イケメンと美少女がいちゃついているだけの内容だった。
すっかり本を読む気が失せてしまい、図書館を出ることにした。
図書館を出る間際、司書がこちらにニヤニヤとした気持ちの悪い笑顔を向けながら頻りに口を動かしていた。
街を歩いていると、何処からともなく誰かが囁きあうように話をしているのが耳に入った。大勢の人だかりの中でその声だけが聞こえてくる。
「お前を見ているよ」
「こっちを見ろよ」
「早く来いよ」
「ここは気持ちいいぞ」
不気味な囁きは四方八方から聞こえてくる。奴らは明らかに僕に対して囁きかけているのだ。一体何処から?
気が付くと街を歩いていた人だかりは皆足を止めていた。それに気づくのに遅れてしまい、正面を歩いていた男に衝突してしまった。「す、すいません……」と軽く謝罪をし、相手を見る。
相手はスーツをきたサラリーマン風の男だった。その男はこちらに向き直ると、図書館でみた司書のような気持ちの悪い笑みを浮かべ、司書と同じように口を動かした。
「ひっ!」と思わず後ずさりすると、後ろにいた誰かにぶつかってしまった。真後ろに居たのは中年太りした女性で、この人も司書やサラリーマンと同じように笑みを浮かべ、口を動かしている。
いや、この二人だけではない。街を歩いていた全員が僕を見ながら何か言っているのだ。
「こっちはいいぞう」
「早く楽になれよ」
「幸せになろうよ」
早くここから逃げなくては。
走り出そうと一歩踏み込んだ時、遠くの方でA太に似た後姿が離れていくのが見えた。