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 その夜、僕は大学生になってはじめて、サークルの飲み会というものに参加した。

「それじゃあ、かんぱーい!」

 手にしたグラスを高くあげる。まだ名前も知らない人たちとグラスを合わせる。僕は少し緊張していた。

 会場は、駅前にある安い居酒屋だった。参加者は三十人くらい。僕とA太の他にも、はじめて参加する人がいるらしく、乾杯のあとに簡単な自己紹介の時間があった。自分の番が来たとき、僕は緊張しすぎて自分の名前を噛んだ。猛烈に恥ずかしかった。人生終わったと思った。しかしみんなは笑っていた。むしろ次のやつはウケを狙って思いっきりすべった。そのまま「死にまーす!」とか何とか言って、彼は手にしたハイボールを一気飲みする。それを見て、サークルの飲み会って恐ろしいなあ、と僕は思ったけれど、酔いが回って気分が高揚してくると、僕も「死にまーす!」とか何とか言って、ジョッキのビールを一気に飲み干した。

「へえ。A太くんとは幼稚園から友達なんだ?」

「うん」

「すごいね。じゃあ二人は幼馴染ってこと?」

「うん」

 僕はほとんど「うん」しか言っていなかったけれど、飲み会は本当に楽しかった。聞けばみんなも、夏休みはバイト以外、特にすることもないという。自宅や下宿でごろごろするだけ。なんだ、自分だけじゃないんだ、と僕は安心した。何だか嬉しくなって、僕は向かいの席に座る女の子に、「夏休みとか暇すぎて、ネトゲやったり都市伝説のまとめサイト見たりしちゃうよね!」とテンション高めに言ったら、「いや。都市伝説とかは別に……」と言われた。「そうだよね、都市伝説は見ないよね!」と僕は笑った。あんまり調子にのってはいけない。

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。夜の7時から始まった飲み会が、もうラスト・オーダーの時間だった。僕は酔っ払って頭がふらふらしていた。会場を見渡すと、すっかり酔いつぶれて眠っている男がいる。まだまだ飲むぞって顔で、カシス・オレンジのグラスを握りしめている女子大生。意味もなく山盛りのフライドポテトを頼むやつ。

 青春だなあ、と僕は思った。大学生の夏休みはこうでなくちゃ。

「やっぱり、持つべきものはA太だ」

 僕はあらためてA太の姿を会場に求める。しかしA太の姿はどこにも見当たらない。まさかA太は、女の子と二人で抜け出したのだろうか? いや、機械に弱いとか言って、気になる女の子とLINEも交換できないA太に限って、そんなことあるはずがない。調子にのりすぎだ。「でも、もしも本当にそうだったら、A太とは金輪際関わらない。絶交だ!」と僕は悔しさと焦りとたっぷりの妬みがいりまじった妙な汗をかきながら、きょろきょろと周囲を見渡した。

「どうしたの?」

「いや。A太はどこに行ったかなと思って」

「ウケる。まるでA太くんが彼女みたい」

「もしかして二人ってそういう感じ?」

 女子たちは互いの顔を見て、「うわー」と言った。「違うよ。A太はただの幼馴染だよ」と僕が言うと、二人はまた「うわー」と言ってはしゃいだ。僕は二人の真似をしておどけて見せたけれど、A太は本当にどこに行ったのだろうと思った。A太はトイレにもいなかった。

「あのう」

 幹事が会計をすませて、みんなが店を出ようとする時だった。僕に声をかけたの、会場で何度か視界に入ってはいたけれど、話しをする機会のなかった女の子だった。彼女は食事のあいだ、誰ともしゃべらず、隅っこの席でずっと一人でお酒を飲んでいた。そんな彼女が、いきなり向こうから話しかけてきたので、僕は鼻から熱い息を吐きだしつつ、「えっと、何?」「A太くんなら、もう戻らないと思う」彼女は突然、そんなことを言った。

「A太が? なんで」

「気を付けないと、あなたもテレビ男にされちゃうよ」

「ん。テレビ男?」

 どこかで聞いたことがある気がする。でも、どこで聞いたんだっけ?

「ああ、なるほど」僕は言った。

「テレビ男ね。あるよね、そういこと」

「そう。それは誰にでもあること」彼女は頷く。

「……ふうん?」

 すっかり酔っ払った僕は、眉をひそめると、乱暴な口調で、「ていうかテレビ男って何? 何かクソダサい名前だけど」

「A太くんはテレビ男にされた。もう戻って来れない」彼女は言った。「次はあなたの番」

「ごめん。マジで意味が分からないんだけど」

「意味に気づいたときじゃあ遅いんだよ」

 女の子は意味深長なことを言って、立ち去ろうとする。僕は咄嗟に、「あ、待って。君、名前は……?」

「Y子。それじゃあ、忠告はしたから」


 翌朝はひどい頭痛がした。

 昨夜は結局、A太とは連絡がとれなかった。LINEのメッセージにも既読がついていない。

「まあ、いいか」

 僕はスマホをベッドの上に放りなげる。A太からはそのうち、「今日どうする?」とか、適当に連絡が来るだろう。来るはずだ、と思いながら、僕はリモコンを使ってテレビをつけた。

 Y子という女子大生が昨夜、自宅のマンションの七階から飛び降り、全身を強く打って死亡。警察はY子さんが自殺したものとして調べを進めている。遺書は見つかっていない。

 そんな報道が、目に飛び込んだ。

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