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05.二人の姉

 ステラとエオリアは、廊下を挟んですぐのテラスにいました。

 シルヴィアは少しの間、廊下から様子をうかがいました。離れているので聞き取れませんが、何やら文句を言っているステラをエオリアがなだめているようです。


(どうしよう?)


 すぐに出るか、ステラが少し落ち着くのを待つか。

 おしとやかそうな外見とは裏腹に、ステラは情が激しい一面があります。滅多に怒りませんが、怒ったときは容赦がないのです。夜会で無礼な振る舞いをしていた貴族をその場で叱り飛ばした、なんて武勇伝があるほどです。


「あら、シルヴィー」


 迷っていたらエオリアに気づかれました。おいでおいで、と笑顔で手招きされ、シルヴィアは軽く会釈をしてテラスに出ていきました。


「姉様を心配して来てくれたの?」

「あ、はい。その……」


 シルヴィアがうなずくと、ステラは不貞腐れた顔で、はぁっ、と大きくため息をつきました。


「ジルの差金、かしらねぇ」

「え、と……」

「かわいい妹がなだめればすぐ機嫌も直る、とか言ってるんでしょ?」


 さすが姉弟、よくわかってます。


「あの、ステラ様、エオリア様……すいませんでした」


 シルヴィアが謝ると、ステラはじとっとした目で見つめてきました。


「シルヴィー、あなた何か悪いことをしたの?」

「え……と……」


 シルヴィアが返事に困っていると、エオリアが「あらあら」と笑いました。


「だめですよ、シルヴィー。何も悪いことをしていないのに謝っては」

「で、でも、私のわがままでアルフレッド様とステラ様がケンカしちゃったから……」

「シルヴィー」


 ステラがシルヴィアの言葉をさえぎりました。

 じとっとした目が少しキツくなり、ちょいちょい、と指先でシルヴィアを招いています。


(お、怒らせちゃった?)


 ドキドキしながらステラに近づくと。

 ステラは「にっこり」と怖いくらいの笑顔になり、「えいっ!」とシルヴィアの両頬をつねりました。


「い・つ・に・な・っ・た・ら、お姉様と呼んでくれるのかしらねえ」


 うりうり、と。

 ぎりぎり痛くない程度の力でシルヴィアの頬をいじるステラ。エオリアは「あらあら」と楽しそうに笑います。


「姉様。ここはお姉様と呼んでくれるまでつねり続けてはどうでしょう?」

「いいわね、それ」

「あ、あの……」

「あー、ほんとすべすべで気持ちのいいほっぺねえ。お化粧なしでコレなんて、うらやましくなっちゃう」

「若いって素敵ですよね、姉様」

「さあ言いなさい、今呼びなさい。でないとずっと続けるわよ」

「姉様。疲れたら交代しましょう。私もシルヴィーをつねってみたいですわ」

「わ、わふぁりました、よひあす、よひあすからぁ!」


 さすがに痛くなってきてシルヴィアが音を上げると、ステラはようやくやめてくれました。

 ほおをさするシルヴィアを、ステラとエオリアは期待した目で見つめています。これはもう観念するしかありません。


「え……エオリア姉様、ステラ姉様」

「はい、シルヴィー」

「ちょっと、どうしてエオリアが先なのよ」

「ほっぺつねったからです」


 シルヴィアがちょっぴりむくれて答えると、ステラは「あら」と楽しそうに笑いました。


「まーったく、かわいい妹たちめ!」

「わ、わわわっ!」

「ちょっと姉様!」


 シルヴィアと、ついでにエオリアも抱きしめて、ステラはくるくると回り始めます。もちろん、抱きしめられているシルヴィアとエオリアも回るはめになりました。

 少し戸惑ったシルヴィアですが、ステラとエオリアが笑っているので自然と笑顔になりました。


 きゃあきゃあと、まるで少女のようにはしゃぐステラとエオリア。

 最後は二人に両手を持たれて、ブランコのように揺らされてしまいました。


「あー、楽しかった!」


 ようやく機嫌を直したステラが椅子に座ると、王妃付きの侍女がお茶を持ってやってきました。廊下で声を掛けるタイミングをうかがっていたようです。


「王妃様より、お茶を飲んだら戻ってくるように、とのご伝言です」

「わかりました。三人で戻ると伝えておいてください」


 ステラの言葉に、侍女は一礼して立ち去りました。


「ではいただきましょうか」


 ステラはカップを手に取り、お茶を口にしました。すっかり落ち着いています。どうやら機嫌は直ったようです。


「シルヴィー。確認だけど、あなたは花家に行きたいのね?」

「……はい」


 ステラの問いに、シルヴィアはうなずきました。

 建国祭の日に初めて経験した魔力酔い。あの気持ち悪さは二度と経験したくありません。魔術を習えば防げるようになるというのなら、なんとしても習いたいとシルヴィアは思います。


「アルお兄様には、ちゃんと言っているのね?」

「はい、最初に相談したときに」


 ステラと同じように理由を聞かれ、同じように答えた。

 そう答えると、ステラはゆっくりとうなずきました。


「そう。ならあとはアルお兄様の問題ね」

「兄様は、なんだか行かせたくない様子でしたね。父様と母様も歯切れが悪いですし」

「そうね。お父様が迷っているのは珍しいわね」


 ステラは空になったカップを置き、頬杖をつきました。

 そのまま、しばし沈黙。少し冷たい夜風の中、茶器の音だけが静かに響きます。


「……まあ」


 まもなく。

 沈黙を破ったステラが、ほんの少し首を傾げてシルヴィアを見つめました。


「わからなくもないけれどね」

「え?」


 シルヴィアが驚いて見返すと、ステラは優しく笑い手を伸ばしてきました。

 ステラの手がシルヴィアの髪をなでます。その優しい手つきに、ちょっとドキドキしました。


「ふふ。艶があって腰があってサラサラ。シルヴィーの髪って本当にきれい」

「そうですね。陽の光を浴びるとキラキラ光って宝石のようですし」

「あ、ありがとうございます。ステラ様と……」


 じろっと睨まれ、シルヴィアは慌てて言い直しました。


「ステラ姉様とエオリア姉様も、とってもきれいな髪だと思います」

「そりゃあね。毎日ガッツリお手入れしてるもの」

「でも、長いとお手入れが大変なのよねえ」


 エオリアが小さくため息をつきました。

 肩のところで切りそろえているシルヴィアに対し、ステラとエオリアは腰に届こうかという長さです。確かにこの長さだと、髪を洗うのも一苦労でしょう。


「侍女が手伝ってはくれるとはいえ、毎日ですし。私もシルヴィーと同じぐらいに切っちゃいたいですわ」

「え、だめですよ! せっかくこんなにおきれいなのに!」


 毎日ガッツリ手入れをしているとの言葉通り、とても美しい髪です。それを切ってしまうなんて、もったいなさすぎます。


「私、お二人のきれいな髪に、ずっとずっと憧れてました。私も同じ色にしてみたい、て思ってるぐらいです!」

「あら、ありがとう」

「かわいい妹が憧れているとあっては切れないわね、エオリア」

「そうですね」


 ふふ、と笑って、エオリアもシルヴィアの髪をなでました。


「あらほんと、サラサラで素敵」

「でしょう?」

「私達はお父様の血か、少しクセがあるのだけれど。シルヴィーの髪は母親譲りなのでしょうね。伸ばしたら本当に美しくなりそう……」


 ぴくり、と。

 エオリアの手が震え、動きが止まりました。驚いたように目を見開き、ステラに目配せをします。それに対しステラは、かすかなため息を返します。


「どうしました?」

「ううん……なんでもないの」


 首を傾げるシルヴィアに、エオリアは優しい笑顔を返してくれました。


(なんだろう?)


 何かおかしなことを言ったかなと思いましたが、髪の話をしていただけです。これといっておかしなことは言っていないはずですが――。


 ひゅうっ、と。

 夜風が三人の髪をなびかせました。


「さすがに冷えてきたわね」

「そうですね。姉様も落ち着きましたし、そろそろ戻りましょう」


 ステラとエオリアが立ち上がりました。シルヴィアも立ち上がると、二人の姉は同時に手を差し伸べてきます。少しだけ戸惑いましたが、シルヴィアは笑顔を浮かべ二人の手を握りました。


「心配しなくていいわ。アルお兄様は説得してあげるから」

「ええ。かわいい妹の初めてのお願いですもの」

「「全力で叶えてあげるのが、姉の努めってものよ!」」


 任せなさい、と言わんばかりの頼もしい笑顔になった二人を見て。

 シルヴィアは「よろしくお願いします、お姉様!」と元気よく返事をし、二人の手をしっかりと握りました。

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