03.動き出す風家
取調室から絶叫が聞こえてきました。
「終わったか」
風家の政治部門代表、カイル=フィナーグ子爵は、慌てることなく紙タバコを最後まで吸ってから、取調室へと向かいました。
所要時間、約三十分。
それなりに時間がかかっています。どうやらあの男、下っ端ではあっても末端ではなかったようです。
「これで二週間の遅れを取り戻せればよいが」
カイルは独り言ちた後、取調室の扉を開けました。
「あら、フィナーグ卿」
尋問に同席していたアウラが、やってきたカイルを笑顔で出迎えました。
アウラを見て、ふむ、とカイルはうなずきます。
(どうやら安定したか)
カイルにとってアウラは、心を許せる相手ではありません。できれば現場から退いてもらいたいとの思いもあります。
ですが、アウラがいるのといないのとでは、当主であるノトスの動きが違います。いずれはどうにかしなければならない問題ですが、今はアウラの復活をよしとしなければなりません。
「犯人は……」
どうだ、という言葉は飲み込みました。
椅子にもたれかかっている男の顔を見れば、すでに正気を失っていることは明らかです。ノトスは本気で尋問をすると言っていました。その言葉通り、容赦しなかったのでしょう。
「やれやれ。わが君、後始末をするのは私なんですが」
近衛隊に幾度も交渉し、ようやく尋問の許可を取ってきたというのに、完全に潰してしまったようです。
二度と正気を取り戻すことはないでしょう。公正を重んじる王太子やシャノン伯爵から、またうるさく言われそうです。
「すまないね。でも、それなりの収穫はあったよ」
アウラ、と優しく呼びかけるノトス。
アウラは嬉しそうにうなずくと、調書をカイルに差し出しました。
「ふむ」
聞き出したことが、美しい文字でつづられていました。ざっと目を通し、なるほどとカイルはうなずきます。
「色々と聞き出せたようですね」
「フィナーグ卿の調査結果と照らし合わせると、何が浮かびますか?」
「そうですね」
カイルはしばし考え――落ち着いた声で答えました。
「魔術師団の復活は間違いないかと。隠れ場所もほぼ絞り込めるでしょう。ただ、想定の中で最悪のケースかと」
「あまり時間はない、ということですね?」
「おっしゃるとおり。すぐに調査隊を派遣します。かなりの確率で小競り合いになるでしょう」
「かまわないですよ。陛下には私から報告しておきますから」
「陛下に、ですか」
本件、調査に当たっているのは王太子のアルフレッドです。本来であればアルフレッドに報告すべきですが、それを飛び越えて国王に報告するとノトスは言います。
おそらく、王太子一派の動きを牽制しこれ以上の妨害を防ぐためでしょう。初動が遅れているのです、巻き返すためには迅速に動く必要があります。
「わかりました、そちらはお願いします。この調書、お借りしても?」
「申し訳ありませんが、一時間ほどお待ち下さいませ」
カイルに答えたのは、アウラでした。
「こちらでも必要です。急ぎ書き写しますので」
「わかりました。しかしアウラ様、体調はよろしいので?」
「ええ、問題ございませんわ」
にこり、と笑うアウラ。その顔に疲れは見えません。肌はつややかで健康そのもの、かわいらしい笑顔には思わず見とれてしまいそうです。
しかし。
「わかりました」
カイルは調書をアウラに返し、静かに目をそらします。
ノトスの全力の尋問に立ち会っていながら、平然としているアウラ。かつてノトスの尋問に立ち会った者は、ノトスの技の余波をくらい、多かれ少なかれ心に傷を負いました。中には二度と社会に復帰できなくなった者もいます。
そう、真っ当な人間なら無事では済まないはずなのです。
「ですが、無理はなさらぬよう。わが君の尋問に立ち会えるのは、あなただけなのですから」
ノトスの技は、絶大な効果を発揮するものの、味方も巻き込む諸刃の剣。
それを自在に使うためには、どうしてもアウラの存在が必要です。ここで無理をしてまた不安定になっては、ノトスの活動に支障が出る恐れがあります。
「心得ております。お気遣い、ありがとうございます」
「なに、わが君のためです」
カイルはノトスに会釈し、踵を返しました。
「では、私は一足先に。写し終えたら、調書は執務室に届けてください」
◇ ◇ ◇
「やれやれ。またフィナーグ卿に面倒を押し付けちゃったね」
正気を失った襲撃者を見ながら、ノトスは軽く肩をすくめました。
「さあ、僕たちも行こう。いつまでもここにいたら、みんなが怖がるからね」
「はい、わが君」
歩き出したノトスの半歩後ろをついていくアウラ。その足取りは軽やかで、浮かれてさえいるようです。
「ごきげんだね、アウラ」
「はい。わが君のお役に立てましたから」
「ありがとう。いつも感謝しているよ」
ノトスがアウラの手を取ると、アウラは嬉しそうに笑い、頬を染めました。
「今日はバタバタしているけれど、明日は少しのんびりしようか。久しぶりにお茶会なんてどうかな?」
「まあ、うれしゅうございます。では、帰ったら早速準備しておきますね」
「いや、明日は本邸に来てくれないかな」
「本邸、でございますか?」
「そう。できれば、ニンリルを連れてきてほしい」
「ニンリルを?」
下町生まれの少女、ニンリル。
身分は平民ですが、十五歳で王立アカデミーに通う、王国一の天才少女です。そんな彼女を連れてきてほしいとは、いったい何事でしょうか。
「わが君。本当にのんびりとしたお茶会ですか?」
「実はちょっと頼みたいことがあってね。色々と考えたけれど、ニンリルが適任かな、と思ったんだ」
「ニンリルは私の大切な友人ですし、いち学生です。あまり無理なお願いは困りますよ?」
「わかっている。だから、本邸に招いて丁重にお願いしたいのさ」
婚約者を経由しての依頼と、当主本人からの依頼。どちらが礼を尽くしているかはいうまでもありません。もちろん強要する気はありませんし、ニンリルの意思は尊重するつもりです。
「それで、どのような頼み事でしょうか?」
「おてんば王女様の、お目付け役さ」
「お目付け役、でございますか」
それはいったい、と首を傾げたアウラに、ノトスは笑顔を返します。
「それ以上は、本人を交えてにしよう。すまないが、ニンリルの都合を確認してもらえないかな」
「わかりました。さっそく使いを出しておきますね」




