02.尋問
建国祭襲撃犯への尋問は、連日のように続きました。
拷問こそ行われていませんが、多くの取調官が入れ代わり立ち代わりに尋問を行い、かなり苛烈なものだったとのことです。
ですが、たいした情報は得られませんでした。
襲撃犯のほとんどは末端の人員で、詳しいことは知らされていませんでした。シルヴィア殿下を直接襲撃した三人は主犯格と思われますが、うち二人は逃亡してしまいました。
自然、残る一人の取調べはさらに厳しいものとなりました。ですが厳しい取調べにもほとんど口を開くことはありませんでした。
(ぬるいものだ)
名すら言わぬ襲撃犯――仮にアルファと呼びましょうか。
彼の余裕の源は魔術です。心を鋼とし、秘密を封じ真実を隠す、そのような魔術を自らにかけていたのです。
(これなら、魔術を使う必要はなかったな)
近衛隊員による取調べは、苛烈ではあっても一線は超えない、紳士的と言えるものでした。それゆえに、拷問死も覚悟していたアルファにしてみれば生ぬるいものだったのです。
(さて、今日はどうなるのかな)
事件の背景を聞き出そうと、あの手この手を尽くす近衛隊員。必死になればなるほど滑稽で、アルファにとっては娯楽のようなものでした。
ですが、その余裕は。
取調室に現れた女を見て、吹き飛んでしまいました。
◇ ◇ ◇
ゆるくウェーブした明るい金髪、色白の整った顔立ち。
かわいらしい雰囲気の美しい女性ではありますが、その見た目に騙されると酷い目に合うことは身にしみていました。
「お久しぶりですね」
にこりと笑いかけてきたその女性――風家当主の婚約者、アウラ=ヴィアー。
建国祭の日、アルファたち三人を相手にシルヴィアを守りきった女。アウラさえいなければ、アルファ達の襲撃は成功していたはずです。
(この女が出てきたということは……)
アルファの背に冷たいものが流れます。
今日の取調べは近衛隊ではなく、風家が行うということです。数分前まで楽しんですらいたアルファですが、さすがに気を引き締めました。
(なに……どうということはない)
何を聞かれても真実を話すことはない、その自信があります。アルファが自分にかけた魔術は、自分ですら解けない強力なもの。いくら尋問されても何が本当のことなのか、もはや自分でもわからないのです。
「ようやく風家がお出ましというわけか」
そしてこれは、アルファとアルファの背後にいる者が望んだことです。
噂ばかりが先行し、本当の実力がわからない風家の力を測る、絶好のチャンスでした。
「遅かったではないか。王女への襲撃事件だったというのにな」
「あら、シルヴィア殿下を王女とはお認めにならない、とおっしゃっておりませんでしたか?」
「ああそうだ。今もそれは同じだ」
アルファはニヤリと笑います。
「王太子殿も、同じ気持ちではないのかな?」
アウラの目が冷ややかなものを宿しました。
アルファは内心ほくそ笑みます。その不愉快そうな顔、どうやら王太子一派は風家の邪魔しているようです。
(工作はうまくいっているようだな)
これが不信感となり、やがて対立するようになればしめたもの。そうなれば付け入る隙はいくらでも出てくるでしょう。
「色々とご存知のようですね」
「さてな。私は下っ端でね。重要なことは何も知らされていないよ」
「それはこれから確認いたしますわ」
カチャリ、と再び扉が開く音がしました。
もう一人、誰かが入ってきたようです。目の前に立つアウラが静かに身を翻し、今しがた入ってきた者に一礼しました。
入ってきたのは、十二、三歳の少年でした。
癖のある黒髪に、まるで少女のような美しい顔立ち。にこやかな笑みを浮かべ、いぶかるアルファをまっすぐに見つめています。
「こんにちは」
アルファは答えず、目を細めます。そんなアルファに対し、少年は臆する様子はありません。
アウラが少年のために椅子を引き、少年はそこに腰を下ろしました。
アルファと相対する場所。そこは尋問官のための席のはず。
「……何者だ」
知らず、アルファの背に冷や汗が流れていました。少女のような顔立ちの、華奢な美少年。決して恐れる必要はないはずなのに、底知れぬ恐怖を感じます。
「申し遅れました、ノトスと申します。本日、あなたの尋問をさせていただきます」
「ノトス……」
聞き覚えのあるその名前。記憶のファイルを大急ぎで検索し、ようやくたどり着きました。
シルヴィアと同じ魔術学院に通う、三年生の男子生徒です。
「ノトス=トゥーリ。王女を騙るシルヴィアと、お忍びデートをした相手だな」
「ええ、そのノトスです」
ニコリと笑うノトスの隣で、アウラがぎりっと歯を食いしばる音が聞こえました。ちらりと目をやると、アウラの笑顔が少々ひきつっていました。何かが癇に障ったようです。
「なるほど、お前は風家の関係者だったか。しかし子供が相手とは……風家も人材難のようだな」
「ふむ」
アルファの嫌味混じりの答えに、ノトスは小さくうなずきました。
「ご存知なのはそこまでですか。確かに、あなたは下っ端のようですね」
「……なに?」
「幹部クラスであれば、噂ぐらいは聞いたことがあるはずですからね。風家当主は、まだ十歳かそこらの少年だ、と」
ノトスの視線が、アルファを射抜きました。
その瞬間、アルファの体が一気に冷えていきます。
(な、なんだ……)
体が硬直しました。指先をかろうじて動かせるだけです。言葉を出そうとしましたが、出せません。うめき声すら漏らせません。
「初めまして、襲撃者の方。私が風家当主、ノトスです」
なに、と。
驚きの声を上げることはできませんでした。硬直した体に続いて、思考がぼやけ始めています。
(なに、かの……魔術、か……?)
かろうじて残っている意識で、そんなことを思いました。
ですがその意識も、ノトスの視線に刈り取られていきます。
まずい。
これは、まずい。
アルファはそう思いましたが、どうにもなりません。
「なるほど。精神防御系の、強固な魔術が施されているようですね」
淡々と話すノトス。
傍らに立つアウラに合図をすると、アウラがうなずき席に着きます。
「ですが、私はその手の魔術を破壊するのが得意中の得意でして」
「う……が……」
「ああ、魔術ではありませんよ。言葉を操り、人の心の奥底をえぐり出す。そんな技が、私の最大の武器なんです」
ノトスがにこやかに笑い、言葉を紡ぎます。
「さて。尋問に先立ち、少し世間話でもしましょうか」
それは、本当に差し障りのない世間話でした。ですが、ノトスの言葉はアルファの精神を確実に蝕んでいくのです。
パリン、パリン、とアルファの中で何かが割れる音が響き。
あれほど厳重にかけていた精神防御が、五分と経たずに粉微塵となりました。
封印したはずの記憶が鮮明によみがえりました。抗う気力も削られてしまいました。いったい何をされたのか、まるでわかりません。
「お名前、教えていただいてもよいですか?」
ノトスの問いに、言い淀むことすらできず本名を答えてしまいました。
「ありがとうございます。そろそろ頃合いですね」
ノトスの目が、爛々と光りました。
完全に無防備となったアルファの心。その柔らかで繊細な部分に、ノトスが言葉をかけ容赦なく手を突っ込んでくる――そうわかっていても、もう何もできませんでした。
「近衛隊のおかげで、二週間近くも浪費してしまいました。この遅れを取り戻すためにも、全力で尋問させていただきます」
尋問が終わる頃、あなたは廃人となっているでしょうが。
どうかご容赦を。
悪魔のような言葉を吐きながら、天使のような笑みを浮かべる少年。
アルファが人生の最期に見たのは、そんな光景でした。




