10.庭師
「それはそうと」
不意に、アルフレッドが硬い声になりました。
いつもの、厳格でどこか冷たい雰囲気です。何を言われるのかと、シルヴィアは思わず身構えてしまいました。
「花家のシヴァンシカが、お前の部屋に行ったそうだな」
「え……あの、建国祭の夜のこと、ですか?」
アルフレッドがうなずきました。
突然なんだろう、とシルヴィアは首を傾げます。もう一週間も前のことですし、そもそも王家から依頼を受けて来たはずですが。
「はい、ミズハさんを連れて来られましたが……」
「何か話をしたのか?」
「特には、何も」
あの夜、交わしたのは挨拶程度です。ミズハは少し話をしてはと促していましたが――。
「もう夜も遅いからと、治療が終わったらすぐに退出されたので」
「……そうか」
探るようなアルフレッドの目に、シルヴィアは建国祭の出来事を思い出します。
招待に応じて姿を見せたシヴァンシカに、「なぜ来たのだ」と言ったアルフレッド。あのときの苦虫を噛み潰したような顔は、なにゆえだったのでしょうか。
「何も……話はしなかったのか」
独り言のようにつぶやくと、アルフレッドは天を仰ぐような姿勢になり、目を閉じました。
ふう、と息をついたのは、安堵でしょうか。
やはりアルフレッドは、シヴァンシカに対し何か思うところがあるようです。その原因は、やはりシルヴィアなのでしょうか。
(言った方が、いいのかな?)
ミズハに、花家の屋敷に来ないかと誘われたことを。
今後のために、きちんと魔力を測定し対処法を学ぶべきと言われています。風家に仕えるコノハにも、初歩の防御魔術を覚えれば魔力酔いを防ぐことができると言われました。
あの気持ち悪い思いは、二度とゴメンです。
できることなら教えてもらいに行きたいのですが――国王に相談すると返事をして、まだ相談できていません。建国祭でシヴァンシカに見せた国王たちの態度を思うと、なんとなく言い出せなかったのです。
「あの、実は……」
「兄上、おられるか?」
思い切って相談してみようか――そう考え、シルヴィアが口を開こうとしたとき、男の人の声が響きました。
第二王子のテオです。
「おお、いたいた。少し相談したいことが……おや」
シルヴィアに気づいて、テオは驚いた顔になりました。
アルフレッドとシルヴィア。この組み合わせは珍しいのでしょう。
「こんにちは、テオ様」
「こんなところにいたのか、シルヴィー。トノハが探し回っていたぞ」
叱るでも呆れるでもなく、楽しそうに笑うテオ。大雑把というか大らかというか、細かいことは気にしない性格で、シルヴィアのおてんばっぷりも面白がっているところがありました。
「珍しいですな、兄上が庭に誰かを招き入れるとは」
「招いたわけではない、勝手に入り込んでいただけだ」
柵を乗り越え、好き勝手に庭を散策した挙げ句、東屋で昼寝していた。
そう聞いて、テオは大声で笑いました。
「やるなあ、シルヴィー」
「やるなあ、ではないぞ、テオ。私がなぜ立入禁止にしているか、忘れたのか」
「毒のある植物もあるから、でしたな。手入れも不十分で危ないですし」
「そうだ。シルヴィー、もう二度と柵を乗り越えて入るようなことはするなよ」
「は……はい、すいません」
厳しい口調で言われ、頭を下げたシルヴィア。
「あの……でも、また来てもいいですか?」
「あのな、シルヴィー」
「こ、今度はちゃんと、入口から入りますから。あの……銀木犀、見たいので……」
シルヴィアの言葉に、アルフレッドは口をつぐみました。
王宮の庭はかなり広いのですが、銀木犀を植えてあるのはここだけです。シルヴィアが銀木犀を見るには、ここへ来るしかありません。
「花を見に来るぐらいよいではないですか、兄上」
黙ってしまったアルフレッドを見て、テオが助け舟を出してくれました。
「いっそのこと、シルヴィーに庭の手入れをしてもらってはどうです? このように放置したままでは、せっかく植えた花もかわいそうですよ」
「……シルヴィーは、色々忙しいだろう」
「兄上は、それ以上に忙しいでしょう」
なにせ王太子です。年齢的に引退が近い国王に代わり、国政の大半はアルフレッドがこなしています。庭の手入れをする時間はなかなか取れないでしょう。
「どうだい、シルヴィー」
「あ、やりたいです!」
西都でも庭の手入れをよく手伝っていました。ここまで荒れた庭をきれいにするのは大変でしょうが、とても楽しそうです。
「……わかった」
ふう、とため息をつき、アルフレッドはうなずきました。
「だが、やると言った以上は、きちんとやってもらうぞ。いいな?」
「はい、がんばります!」
嬉々としているシルヴィアに、アルフレッドもテオも笑顔を浮かべました。
実は、建国祭であんな目にあったシルヴィアのことを、二人はとても心配していたのです。ですが、どうやら大丈夫そうだとわかり、ほっとしていました。
「だが、一人では無理だろう。庭師を手配せねばな」
「以前、よく手伝いに来てくれていた者には頼めないのですか? 確か……ティナ、という名でしたか」
(え……?)
ティナ。
テオが口にしたその名に、シルヴィアはどきりとしました。
「いや、あの者は……」
「難しいのですか? ああ、そうか。美しい女性でしたし、どこぞに嫁いでいたら難しいかもしれませんね」
「そう、だな」
テオの言葉にあいまいに答え――アルフレッドが、ちらりとシルヴィアを見たような気がしました。
「では仕方ありませんな。王宮の庭師に相談しますか」
「ああ、そうしよう……ところでテオ、用があるのではないのか?」
「そうでした。来月の外遊日程についてご相談がありまして」
「わかった。日も暮れてきた、執務室に戻ろう。シルヴィーもそろそろ戻りなさい」
「あ、はい……でも、あの……」
「庭のことは後日連絡する。ではな」
シルヴィアの言葉をさえぎるように言い残すと、アルフレッドはテオとともに足早に去ってしまいました。
一人残されたシルヴィア。あまりに驚きすぎて、頭の中が真っ白です。
「ティナって……それって……」
呆然とした気持ちで銀木犀を見上げました。
ティナ。
それはシルヴィアにとって大切な人の名前。その名前を、まさかここで聞くとは思いませんでした。
「お母さまが……ここにいたの?」




