06.魔術除け
「きれいな石ね」
透き通るような濃い青色。カットはされていませんが、石そのものがとてもきれいでした。サファイア、あるいはアイオライトでしょうか。宝石に詳しい第二王女エオリアなら、何の石かすぐにわかったでしょう。
「何の宝石なの?」
「ただのガラスですよ。特殊な加工を施してはおりますが」
「ガラス? これが?」
とてもそうは見えません。高価な宝石だと言われたら、信じてしまいそうです。
「これを、どうしてマリーに?」
「風家に仕える者は、身分証代わりに魔術除けのペンダントを渡されます」
コノハは首にかけていたペンダントを引っ張り出し、シルヴィアに見せました。
ペンダントには、同じ青色の宝石がはめ込まれています。どうやらこの石に、魔術除けの力があるようです。
「先日の建国祭、襲撃者は魔術を使っておりました。それもかなり大規模なものです」
風家大当主アキナが魔術を封印して半世紀。
今ではごく限られた人が、その力量の範囲でしか魔術は使えないはずでした。しかし先日の襲撃者は、組織的に魔術を使用し、会場全体を覆う大規模な魔術を実現させていたといいます。
「何かよくわからない、妙な力を感じませんでしたか?」
コノハに問われ、シルヴィアはゾッとしました。
全身にまとわりつき、ひたすらに気持ち悪かった「何か」。あれを思い出したのです。
「使われていたのは、襲撃者たちが気づかれないようにするための、認識阻害……いわゆる目くらましの魔術と推測しております」
「目くらまし?」
なるほどね、とシルヴィアはうなずきました。
大勢の参加者に気付かれることなく近づいてきた三人の男。すぐ近くにいた警備隊員が、シルヴィアたちに気付かなかったこと。あれは襲撃者たちが仕掛けた魔術によるものだったのです。
「会場全体を覆うほどのものでしたので、相当な魔力が使われていました。殿下はその魔力を感じ取り、魔力酔いになったのだと思われます」
「思い出すだけで、気分が悪くなるわ」
「殿下の魔力とはかなり相性が悪かったようですね。適切に治療をしなかったら、今も苦しんでいたかもしれません」
あの状態で、一週間近くも?
想像するだけでゾッとします。治療に来てくれたミズハには、改めてお礼をした方がよいかもしれません。
「ひょっとして……マリーも私と同じなの?」
そのことに思い至り、シルヴィアはマリーが心配になりました。同じように苦しんでいるのなら、ミズハにお願いして治療に行ってもらおうと思ったのです。
「マリー様は、おそらく大丈夫でしょう」
「そうなの?」
「マリー様はほとんど魔力をお持ちではないので、魔術の魔力を感じておられなかったはず。そのような方は、魔力酔いになりにくいのです」
ジルが平気だったのも、同じ理由なのでしょう。
「ですが、まったく無害というわけではありません。一度や二度ならよいですが、何度も同じ状況に遭えば影響が出てくるでしょう。残念ながら、敵はまだあきらめていません。殿下の付き人である限り、マリー様がまた巻き込まれる可能性はあります」
襲撃犯が脱獄したことは、シルヴィアも聞かされていました。徒歩ではなく馬車で通学することになったのは、それも理由の一つでした。
「ですので、魔術からマリー様をお守りするため、こちらをお渡ししておこうということになりました。あの規模になると気休めにしかならないかもしれませんが、ないよりはましでしょう」
「風家から渡さないのはなぜ?」
「シャノン伯爵は、風家をひどく警戒しておりますので」
「そうなの?」
「ええ。あの方は王国の政治を公明正大なものにしようと、辣腕を振るっておられます。ゆえに、王国の影である風家は疎ましいのでしょう」
「嫌われているのね」
「それが風家でございます」
忌み嫌われ、疎まれてこそ陰の存在。
コノハの言葉に、そういうものなのね、とシルヴィアはうなずきました。
「それにマリー様も、お仕えする姫君から賜ったものなら、肌身離さずお持ちくださるかと」
「……そうね」
感激して涙を流しながら、「一生大事にします!」と誓うマリーが目に浮かびました。
そんなに思ってくれること、嬉しくないとは言いませんが――時々、大丈夫かしらと心配になります。
「わかったわ。何とか渡します」
「ありがとうございます」
「ところで……これ、私にももらえないかしら?」
あの気持ちの悪い思いを、もうしたくありません。このお守りを持っていれば防げるというのであれば、自分も欲しいと思いました。
「申し訳ありませんが、殿下にお渡しするのであれば特注品が必要です」
「そうなの?」
「殿下は魔力がお強いので。通常の石では殿下の魔力に反応してしまい、すぐダメになります」
シルヴィアの魔力を調べ、その波長に合った石をデザイン、作成する。
それには時間と費用がかかるとのこと。「ちなみにおいくら?」と聞いてみたら、とんでもない額を聞かされました。
「……お小遣いじゃ、とても無理ね」
「ええ。ですので殿下の場合、もっと手っ取り早い方法を採ることになります」
「どうするの?」
「きちんと魔術を習い、ご自身で防御魔術を使われることです」
初歩の防御魔術でも、この石よりはるかに強力ですよ、と。
コノハが笑ったところで、馬車が王宮についてしまいました。




