01.疑惑の王太子
「ふうん」
報告書を一読すると、風家の若き当主ノトスは、目を閉じてしばし考えこみました。
秋の柔らかな日差しを浴びて思索にふける、少女のように美しい少年。
ソチラの趣味がないお方でも、思わず見とれてしまう光景です。ですがこの見た目の美しさに騙されて手を出そうものなら、手痛い報復を受け、場合によっては再起不能となることでしょう。
王国の影を取り仕切る、風家。
十二歳という若さでその頂点に立つ者が、並の存在であるはずがありません。
成長途上の少年でありながら、一般兵では相手にならぬ戦闘力を持っています。こと射撃に関しては、王国で右に出る者はいない超一流の腕前です。
頭脳もまた優秀。その気になれば、王立アカデミーの最年少合格記録をいともたやすく塗り替えることでしょう。
そうまで優秀でありながら、普段の彼は礼儀をわきまえ年長者を敬うことを忘れない、謙虚な少年です。たとえ末端の部下が相手でも、傲慢にふるまうような愚かさとは無縁でございます。
ああ、どこまで完璧なのでございましょうか。その素晴らしさをもっと語りたいものですが――ぐっと我慢し、話を進めることにしましょう。
「どう思います、フィナーグ卿」
ノトスは、目の前に立つ三十半ばの男に問いかけました。
黒髪黒目の、すらりとした体躯。なかなかに整った顔立ちで、柔和な笑みの中に鋭い視線を宿す、硬派なイケメンです。
カイル=フィナーグ。子爵位を持つれっきとした貴族の当主であり、同時に、風家の「公」の部分を担当する政治部門の代表です。謎の存在でなければならない風家当主に代わり、対外的な交渉事の責任者であり、ノトスの右腕と言ってよい方です。
「そうですね。素直に解釈するならば」
よく通る低い声で、フィナーグ卿はノトスの問いに答えました。
「シルヴィア殿下殺害予告の犯人と、王太子殿下は何らかのつながりがある、ですかね」
「まあ、そうなりますよね」
二日前の、建国祭。
第三王女シルヴィアを亡き者にしようと、謎の集団が襲撃してきました。月家代理当主シュウゲツと風家当主の代理として参加していたアウラの活躍により、賊はすべて捕らえられ、シルヴィア殿下はかすり傷ひとつ負いませんでした。
一件落着、と言いたいところですが、それで終わりとはなりません。
国王一家の末娘に対する、明確な殺意を持った襲撃事件です。しかも数十人単位の武装組織によるものです。捕らえられた賊は厳しい尋問を受け、その背後関係が徹底的に調べられることになります。犯罪の内容、規模から考えて、捜査には風家が当たるはずでした。
しかし、その捜査は王太子殿下自らが指揮を執る、と宣言し、風家は蚊帳の外に置かれてしまったのです。
異議を唱えましたが、決定は覆りませんでした。警備主任であった近衛隊長を責任者とし、百人規模の捜査班が組織され、徹底的な捜査が開始されることになりました。
ですが。
初日にして、捜査班は大きな失態を犯しました。
襲撃犯のうち、最も中心的な役割を担ったと思われる二人の男を、取り逃がしてしまったのです。
厳重に監視されていたはずの牢屋からの脱獄です。協力者がいたとしか考えられません。近衛隊長が陣頭指揮を執り必死で行方を追っていますが、今のところ何の手掛かりも得られていないようです。
事態を重く見たノトスは、風家の者に密かに調査を命じました。
すると、王太子殿下に仕える者たちの中に、建国祭の少し前から行方不明になっている者がいると判明しました。
その数、十余名。襲撃犯の人数とほぼ同じ。これは果たして偶然なのでしょうか。
「偶然と考えるのは無理があるね」
「ええ。となると、己の関与を隠蔽するために、風家を排除し自ら捜査に当たった、と考えるのが妥当です」
フィナーグ卿の言葉に、ノトスもうなずきました。
「しかしですな」
フィナーグ卿が、鋭い目でノトスに問いかけます。
「少々あからさま過ぎる、と思いませんか?」
「そうだね」
フィナーグ卿の言葉に、ノトスはうなずきました。
王女襲撃ともなれば、風家が乗り出すことはわかっているはず。王太子という立場で、風家の力を知らぬはずはありません。こんなあからさまな、疑ってくれと言わんばかりの状況にならないよう、もっと注意を払うのではないでしょうか。
「となると、王太子殿下に疑いが向くよう仕向けた者がいる。そう考えてよいかと」
「まあ、そうですけど」
「おや」
ノトスの迷うような口調に、フィナーグ卿は首をかしげました。
「何かひっかかることでも?」
「偶然が重なってそう見えている、という線もあるかなと」
「ほう」
「それに、建国祭の事件では魔術が使われていました。確かに風家は対魔術の技に長けている、けれど実戦経験となるとゼロに等しい。そこは考慮すべきでしょう」
「確かに。あれだけ大規模な魔術、我々の世代で見知っている者はまずいないでしょうね」
魔術は五十年前、封印されてしまいました。
風家には対魔術の技が伝わっていますが、それを実戦で使ったことがある者は、ほとんどが引退しています。フィナーグ卿をはじめとする現役世代は、訓練を受け対魔術の戦い方を知っている、というレベルでしかないのです。
「何らかの魔術が使われ攪乱されている。それゆえ事実が見えてこない。そこに偶然が重なり今の状況になった。どうです、フィナーグ卿」
「なるほど」
「それに魔術が絡んでいるのなら、花家も無関係ではないでしょう」
ノトスの言葉に、フィナーグ卿はしばし考えます。
長らく公の場に姿を見せなかった、花家当主シヴァンシカ。このタイミングで姿を見せたのは、さて何が目的か。
「少々厄介な案件となりそうですな」
「何者かの意図と、偶然と、魔術。さてその境界はどこにあるのか。もちろん探れますよね、フィナーグ卿」
「無論です」
ノトスの、ある意味挑発ともとれる言葉に、フィナーグ卿はにやりと笑います。
「では、調査をお願いいたします」
「承知いたしました、わが君」
フィナーグ卿は胸に手を当て、静かに礼をすると。
足音を立てぬ優雅な足取りで、ノトスの執務室から立ち去りました。




