19.イケメン・レディ
目を開けると、イケメンがいました。
何を言っているんだ? と言われましても、事実ですから仕方ありません。
さわやかに整えられた光り輝く金髪に、赤く光る妖しい目をした、恐ろしく整った顔立ち。年齢は三十歳前後といったところでしょうか。仕立ての良いダークスーツを身にまとい、染み一つない真っ白な手袋をしています。
王都に来て以来、国王一家を筆頭に美男美女には飽きるほど出会ってきたシルヴィアですが――このイケメンは、格が違うと言えるイケメン度でした。
「お目覚めでございますか、殿下」
目が合うと、完璧にして素敵な笑顔を浮かべ、優しく声をかけてきました。
その声にシルヴィアは思わず目を見張ります。
「は? え、うそ……女の人?」
「姫君の寝室に、赤の他人の男性は入れませんよ」
それもそうね、と納得しかけて――いや待って、とイケメンをにらみます。
「男女以前に、赤の他人は入れないはずですけど」
「おっしゃる通り。ですが怪しい者ではありません」
イケメン――いえ、イケメン・レディは立ち上がると、美しい所作でシルヴィアに一礼しました。
「申し遅れました。私はミズハ。花家当主、シヴァンシカ様の侍女を務めさせていただいております」
「花家の……」
ミズハの背後で、銀色の光が揺れました。
はっとしてそちら見ると、美しい銀髪の女性が、静かな視線を向けているのが見えました。
花家当主、シヴァンシカその人です。
「シヴァンシカ……様」
驚きのあまり、シルヴィアは身を起こしました。
母の仇であるその人が、まさか自分の寝室にやってくるとは思いもしなかったのです。
「どうして、ここに……」
「従者に過ぎない私だけでは、殿下の寝室に入れませんので」
驚くシルヴィアに、ミズハは落ち着き払った声で答えます。
「ご当主の付き添いという形で馳せ参じました」
「馳せ参じた? 誰かにここへ呼ばれた、てこと?」
「殿下の侍女頭、トノハですよ。私、トノハの従妹でして」
「トノハの?」
思い出しました。
トノハには四人姉妹の従姉妹がいて、それぞれが四大侯爵家、花鳥風月の従者として働いているのです。一番上の姉は、風家の家令を務めているコノハ。このミズハは、確か一番下の妹です。
「トノハはどこに……う……うぇっ……」
また吐き気がこみ上げてきました。薬を飲んでひと眠りしたというのに、収まる様子はありません。いったいどうしたら治るのでしょうか。
「おっといけない。殿下、失礼します」
ミズハが急いで手袋を外し、手を伸ばしてきました。
その手がシルヴィアの頭に触れた途端、吐き気が弱まり始めました。
「そのまま、じっとしていてください」
ミズハがシルヴィアの頭を撫でました。
その優しい撫で方、手の感触、目を覚ます前に感じたものと似ている気がします。眠っているシルヴィアの頭を撫でていたのはミズハなのでしょうか。
「ゆっくり息をして……そうです、大丈夫、すぐに収まりますから」
ひと撫でされるごとに吐き気が消えていき、一分とたたないうちに嘘のように収まりました。
「何を……したの?」
「魔力酔いの治療です」
「魔力……酔い?」
「魔力が一定量以上ある者は、他人の魔力や魔術の魔力を感知しやすくなります。そうですね、嗅覚の鋭い方が、匂いに敏感になるようなものといえばわかりやすいでしょうか」
魔力には「波長」と呼べるものがあります。感知した魔力が強すぎるか、相性の悪い波長だと、自身の魔力の波長が乱れ酔ったような状態になる――それが魔力酔いだと、ミズハはシルヴィアに説明しました。
「強い匂いや嫌いな匂いを嗅ぎ続ければ気分が悪くなりますよね? あれと同じです」
対処法はひとつ。乱れた魔力の波長を整えてやる、それだけです。
「たいして難しいものではありません。かつて魔術がごく普通のものだったときは、誰でも対処法を知っていたそうですが。今はごく一部の人しか知りませんね」
「あなたは……魔術に詳しいのね」
「ええ。花家に仕える身ですので」
シルヴィアは、シヴァンシカに目を向けました。
窓際の椅子に腰かけたまま、静かにこちらを見ているシヴァンシカ。声も出さず、表情も変えず、まるでお人形のようです。
「さて、これでもう平気でしょう。ひと眠りすれば元気になれますよ」
「……ありがとう、ございます」
「お礼はご当主にお願いします。トノハから事情を聞き、私に治療を命じたのはご当主ですから」
立ち上がり、一歩下がったミズハ。
シルヴィアとシヴァンシカは、少し離れて向き合う形となりました。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。シヴァンシカ様」
「……いえ。大事なく、ようございました」
シルヴィアの礼に固い声で答えると、シヴァンシカは静かに立ち上がりました。
「ミズハ、下がりますよ」
「え、もうですか? せっかく来たのですから、少しお話でもされてはいかがです?」
ね、とミズハにウィンクされて、シルヴィアは困惑しました。
母の仇であり、シルヴィアを王都に連れ戻し西都へ帰れなくしたのは、花家。
その当主であるシヴァンシカにどうにか近づきたいと考えていたのは確かです。しかし自分一人だけで相対するのは、さすがに気後れしました。
「殿下はお疲れです。それに、もう真夜中です。子供が起きていてよい時間ではありません」
「それもそうですね。失礼しました」
シヴァンシカの言葉に、ミズハは優雅な一礼で謝罪しました。
「では、私共はこれで失礼させていただきます。お大事になさいませ、殿下」
「ええ……わざわざ、ありがとう」
「たいしたことではございませんので。ああ、そうだ」
ミズハがわざとらしく、ぽん、と手を打ちました。
「殿下。よろしければ、一度当家にお越しいただけませんか?」
「え?」
「失礼ながら、魔術についてきちんと指導を受けてはおられぬご様子。私めが、殿下に魔術の基本をご教授させていただければと、そう思いまして」
魔力酔いは、ごく初歩の魔術を学んでいれば簡単に防げるものです――ミズハはそう言って、笑顔を浮かべました。
「殿下は、かなり魔力が強いようです。一度きちんと魔力を測定し、対処法を学んでおかれるのがよろしいかと思います」
「王宮では、だめなの?」
「それなりの設備が必要でして。花家以外で設備が整っている場所といえば、王立アカデミーぐらいでしょうか。ただ、あそこにはもう指導できる方がおりません」
ミズハの提案に、シルヴィアは言葉を失いました。
今日のような思いはもうしたくありません。であれば、花家を訪ね教えを乞うべきでしょうが――いったい何を企んでいるのかと思うと、すぐにはうなずけませんでした。
「……陛下に、相談してからでいいかしら?」
「もちろんです」
ミズハは深々と一礼すると、シヴァンシカとともに寝室を出ていきました。




