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17.風家当主

 ターンッ!


 音が響くと同時に、血しぶきが飛びました。

 ですが、マリーの血ではありません。マリーに襲いかかった、男の手から吹き出した血でした。


「う……うわぁぁぁっ!」

「このっ!」


 追いついたアウラが、血しぶきからマリーをかばい、絶叫する男に膝蹴りを食らわせました。脇腹深く入った蹴りに、男はもんどり打って倒れます。


「銃声!?」

「狙撃か!」


 倒れた男の右手が、半分吹き飛んでいました。驚くほど正確な狙撃です、いったい何者でしょうか。


「マリー様、ご無事ですか」

「は……はい……」


 アウラの問いかけに、マリーは震える声で答え、そのままへたり込んでしまいました。

 無理もありません。殺されかけたうえに、目の前で男の手が吹き飛ぶところを見たのですから。何の訓練も受けていない少女にとっては、衝撃的な光景だったでしょう。


「まったく……無茶をしないでくださいませ」

「すい、ません」

「ですが、助かりました。殿下は無傷でございますよ」


 アウラの言葉に、マリーは震えながらも笑顔を浮かべました。まったく、たいした少女です。


「さて、少々冷や汗をかきましたが……」


 駆け寄ってきた警備隊員にマリーを任せ、アウラは一人残ったリーダーの男に向き直りました。


「あとはあなた一人。どうされます?」


 返り血を浴びた仙女服をまとい、うっすらと笑うアウラ。

 その凄みのある美しさに――襲撃者である男も含め――誰もが息を呑みました。


 花家当主シヴァンシカが、清らかな聖女のごとき美しさを誇るならば。

 アウラはその対極、冥界に君臨する女神のごとき美しさと言えるでしょう。


「私に見惚れるお気持ちは嬉しく思いますが」


 呆けている男を見て、アウラがクスリと笑います。


「よろしいのですか? この会場は全て、射程範囲(・・・・)でございますよ?」

「くっ……」


 男が我に返り、身を翻した瞬間。


 ターン、と。

 再び乾いた音が響きました。


「まあ、お逃げになろうとしたところで、無駄でございますがね」

「お、のれ……」


 男の手から、短剣が落ちました。

 銃声が響く前に、身を翻したはずでした。ですが、狙撃手は男の動きを予測していたのでしょう。放たれた弾丸は、正確に男の腕を打ち抜いていました。


「風家……当主、か」


 うめくような男の問いに、アウラはただ静かにほほ笑むだけ。

 ですが、それこそが何よりの返答でした。その場にいた誰もがゾッとした顔になり、思わず周囲を見てしまいます。


 風家当主。

 姿なき男の手の中に、自分の命が置かれている。


 それを思い、背筋が寒くなったのです。


「どうやら、コワーイおじいちゃんがやってきたようですね」


 近づいてくる足音に、アウラが肩をすくめました。


「あとはお任せするといたしましょう」


 アウラは短剣を投げ捨て、やってきた男に一礼しました。


「シュウゲツ様、あとはよしなに」

「ああ……任されよう」


 やってきた男、シュウゲツは。

 アウラに代わり前へ出ると、怒髪天を衝く形相で、襲撃者の男を睨みつけました。


   ◇   ◇   ◇


 式典会場から少し離れた塔の上。

 シュウゲツが駆け付け、襲撃者が全員捕らえられたのを見て――少年は、構えていたライフル銃を下ろしました。


「よい出来ですね」

「ありがとうございます」


 少年の言葉に、控えていた二人の男のうち、初老の男が深々と一礼しました。


「この性能なら合格です。正式に採用しましょう。まずは百丁、見積を依頼してください」

「承知いたしました」


 少年の名はノトス。

 癖のある黒髪、一見少女のような整った顔立ち。華奢で儚げな、どこか陰のあるこの少年こそ、まだ十二歳の身で風家当主を務める天才少年です。


 ノトスが最も得意とすること、それが射撃です。

 大勢の人が行き交う通りで、道向こうの標的を打ち抜くなんてことを軽々とやってのけるノトスです。見晴らしのよいこの場所での射撃は、児戯に等しいものでした。


「殺害予告はこれで失敗。どうにか乗り切ったね」

「はい。しかし、魔術ですか」


 初老の男が去り、残ったもう一人、三十半ばの男がノトスに歩み寄ってきました。


「ここまで大きな術式は初めてです。しかも二度も。相当な術者がかかわっておりますね」

「術者の姿は?」

「残念ながら」

「僕もだよ。まあ、今日のところはこれでよしとしよう」


 担架に乗せられ、運ばれて行くシルヴィアが見えました。


「シルヴィア殿下、ご無事でしょうか?」

「アウラが守っているんだ、かすり傷ひとつないさ。ま、防御術を知らないようだし、魔力酔いにはなるだろうね」


 魔力を持つゆえに、別の魔力を感知して反応してしまう、それが「魔力酔い」です。感知した魔力が微弱か、大きくとも波長が合えば気にはならないのですが、これだけ大規模な術式だとまず間違いなく酔っていることでしょう。


「あれは、相性が悪いと本当に気持ち悪いものですが……」

「悲鳴を上げていたし、かなり相性は悪かったようだね」

「医師を手配しましょうか?」


 五十年前、魔術は月家大当主アキナによって封印されました。ゆえに、かつては一般常識だった魔力酔いの対処法も、今では知っている人が少なくなっています。

 王宮医であっも、若い医者なら知らないかもしれない。それを踏まえた男の提案でしたが。


「いや、様子を見よう」


 ノトスの視線が、別の人物をとらえました。

 長い銀髪のしとやかな美女、花家当主シヴァンシカ。騒ぎの中、貴族のほとんどが退避したというのに、式典会場に残ったままです。

 そして何をするでもなく、連れて行かれるシルヴィアを静かに見送っています。

 いったいどういうつもりでしょうか。


「花家がどう出るか……それを確認してからでも遅くはないさ」


 魔術は本来、花家の管轄だからね。


 ノトスはにこりと笑うと、後を男に任せ、塔から立ち去りました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ノトスSUGEEEE!!!!
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