16.絶体絶命
「殿下!?」
「何だあの男たちは! いつ侵入した!?」
「六番隊、急げ!」
慌てた声とともに、警備隊が駆け寄ってくる足音が響きました。
「ジル殿下、こちらへ!」
「すまない」
駆け付けた警備隊が、シルヴィアたちを守るように取り囲みました。
「殿下、もう大丈夫ですからね」
「……うん」
マリーに声をかけられ、シルヴィアは震えながらうなずきました。
(怖かった……)
間一髪でした。
アウラがいなかったら今頃は――と思うとゾッとします。
「父上達は?」
「すでに退避しております。さ、お急ぎください」
「わかった」
ジルはうなずき、シルヴィアを抱えたまま歩き始めました。
このまま安全な場所へ避難すれば、あの男たちも追ってはこれません。シルヴィアの殺害は失敗です、あの男たちも退くしかないでしょう。
うん、もう大丈夫ね、と――シルヴィアはようやく安堵の息をつきました。
しかし。
「ひっ……!?」
シルヴィアの全身が総毛だちました。
先ほど感じたのとは比較にならない、強烈な「何か」を感じたのです。
その「何か」が、シルヴィアに叩きつけられました。逃げる間などなく、シルヴィアは「何か」をまともに食らってしまいました。
「あ……う……」
シルヴィアの全身に、「何か」がまとわりつきました。先ほど全身を覆った冷たいものとは別物の、ひたすらに気持ちの悪い、おぞましいものです。
(なに、なんなの!?)
両手両足に、頭に、顔に、背中に、胸に、お腹に。まとわりついた「何か」が、ねっとりとシルヴィアの体を這いずり回り始めます。
「や……いや……」
気持ち悪い。
ただただ、気持ち悪い。
とにかく、気持ち悪い。
ずるり、ぬるり、と。
まるでシルヴィアを不快にさせるためだけに動いているようで、吐き気がこみ上げてきます。
「い、いやっ!」
まとわりつく「何か」を払い落とそうと、シルヴィアは必死でもがきました。
「シルヴィー!?」
シルヴィアがいきなり暴れ出したので、ジルは危うくシルヴィアを落としそうになりました。慌てて立ち止まり、シルヴィアを落とさないようしっかりと抱きしめます。
「シルヴィー、どうした、何があった!?」
「いやっ、いやっ、離れて、やめて!」
ジルに答える余裕もありません。
シルヴィアの全身を這いずり回る「何か」。あまりの気持ち悪さに全身が震え、涙がこぼれます。
いったい何がと目を凝らしますが、何も見えません。
だけど、間違いなく「何か」がシルヴィアの体に張り付いていて――しかも、入ってこようとしているのです。
(いや……やだ……入ってこないでぇ!)
気が付けば、シルヴィアは大声で悲鳴を上げていました。式典会場全体に響いた悲鳴に、誰もが振り向いたほどです。
「シルヴィー、どうしたんだ! 落ち着くんだ、シルヴィー!」
「殿下! お気を確かに!」
暴れるシルヴィアを落ち着かせようと、ジルとマリーが呼びかけました。ですが、シルヴィアにはまったく届いていません。涙を流しながら悲鳴を上げ、見えない「何か」を引きはがそうと必死でもがき続けます。
だめ。
これを入らせてはだめ。
私が、私でなくなってしまう。
シルヴィアはわけもなくそう思いました。それは、本能的に感じた恐怖でした。
その恐怖に、シルヴィアの中から反発する力がわいてきました。
シルヴィアに入ってこようとする「何か」と同質の、しかしまるで違う感じの力。シルヴィアは、藁にも縋る思いで、その力をかき集めました。
「入って……くるなぁーっ!」
絶叫とともに。
シルヴィアはかき集めた力を一気に解放し、爆発させました。
その爆発で、シルヴィアの全身にまとわりついていた「何か」が消し飛びました。
「殿下!? これは……!」
シルヴィアの異変に、アウラが踵を返しました。
ですが、それを許してくれるような、甘い男たちではありません。
「行かせん!」
「くっ……」
間一髪でよけた短剣が、頭の数センチ上を通り過ぎていきます。アウラは横っ飛びで追撃をかわすと、転がりながら体勢を整え、再びシルヴィアに向かって駆け出します。
ですが、横っ飛びで転がった分、時間をロスしました。
「いけない!」
シルヴィアの周囲に、ぽっかりと空間ができていました。「何か」を吹き飛ばした時、近くにいたジルやマリー、警備隊員までも吹き飛ばしていたのです。
しかも力をすべて爆発させてしまったシルヴィアは、意識がもうろうして、そのまま倒れてしまいました。
完全に無防備な状態です。
「好機」
「このっ!」
男の一人がシルヴィアへと迫ります。アウラは全速力で追いかけましたが、あと一歩届きそうにありません。
「殿下に……近づくなぁっ!」
怒りの声が響きました。
マリーです。
短剣を手にシルヴィアへと駆け寄る男を見て、慌てて立ち上がると、シルヴィアを守らんと男の前に飛び出したのです。
「殿下には、指一本触れさせません!」
武器も持たず、丸腰のまま、ただ己の身を盾にして。
ここから先へは行かせない、シルヴィアは絶対に守ってみせるという、決死の覚悟を浮かべた顔。
一人の少女の、勇敢な行動――しかしそれは、あまりに無謀な行動でもありました。
「マリーっ!?」
「マリー様!」
ジルとアウラの声が重なります。
逃げるんだ、という思いを込めた叫びでしたが、マリーは逃げようとせず、両手を広げて男の前に立ちふさがりました。
「この身に代えても……殿下はお守りします!」
「邪魔だ」
男が低くつぶやき、短剣を構えました。
男が狙うのは、みぞおち下、確実に急所を貫く一撃。
マリーが着ている騎士見習いの服は丈夫にできていますが、短剣を跳ね返すことなど到底できません。食らえば、命を落としてしまうでしょう。
「どけ」
「マリぃーっ!」
男が短剣を鋭く突き出しました。
誰もがマリーの死を覚悟し、息を呑んだ――その時。
式典会場に、乾いた音が響きました。




