15.対魔術の技
「手品、ね」
アウラの言葉を、中央の男が鼻で笑った――その瞬間。
向かって左の男が、音もなく動きました。
地を這うような動きで一気に間合いを詰め、目にもとまらぬ速さで抜刀しました。
下から斜め上へと切り上げる強烈な斬撃が、正確にシルヴィアの首を狙って来ます。そのあまりの速さに、シルヴィアは指先一つ動かすことができませんでした。
(あ……)
鈍く光る刃が、今まさにシルヴィアの首に届こうとした――そのとき。
ガチンッ、と。
鈍い音とともに、短剣が弾き返されました。
「お話は、終わっておりませんが?」
アウラの扇子が、短剣を持つ男の手を強かに打った音でした。
いつ動いたのか、シルヴィアはまったくわかりませんでした。
「年端もいかぬ乙女に剣を向けるとは。無粋なお方ですね」
「くっ……」
男の手から短剣が落ちました。手首があらぬ方向へ曲がっています。男は顔を歪め、即座に飛び退きました。
「シルヴィー!」
「殿下!」
ジルとマリーが同時に叫びました。二人の声に我に返り、シルヴィアはへなへなと崩れ落ちました。
シルヴィアの全身から、ドッ、と冷や汗が出てきます。もしもアウラが防いでくれなかったら、今頃シルヴィアは命を落としていたでしょう。
「ジル殿下、マリー様。シルヴィア殿下をお願いします」
アウラが一歩前へ出ました。
「この三人は、私が」
「なるほど」
リーダーと思しき中央の男も前に出ました。お互いに数歩進み、相手の間合い一歩手前で立ち止まります。
「淑女の仮面を被っていても、やはり風家ということか。素直に感服したよ」
「恐縮でございます」
「だが、お前を先に倒せば済むこと。少し手間が増えたというだけだ」
「大層な自信ですこと」
アウラが、すうっ、と目を細めました。
「では私も、ひとつ手品をお見せするとしましょう」
「なに?」
男が鋭い視線になりました。その視線に、アウラは凄みのある笑みを返します。
刹那。
アウラの全身が光った、そんな風にシルヴィアには見えました。髪をまとめるリボン、身にまとう仙女服の縁取り。コバルトブルーだったそれらが、次第に赤くなっていき、やがて弾けたのです。
パリン、と何かが割れるような音が聞こえました。
その瞬間、世界が元に戻りました。
シルヴィアが感じていた得体の知れない何かが消えました。全身を包んでいた冷たい感覚が消えていき、音が戻ってきます。
「なっ……ばかな!」
余裕綽々、という感じだった男たちが、驚愕の声を上げました。それ見てアウラが笑います。
「手品の種は、やはり魔術でございましたか」
「貴様、どうやって!?」
「対魔術の技、風家には今も正しく伝わっておりましてよ?」
ふわり、とアウラが舞いました。
舞ったとしか言えない、優雅な動き。そのくせ速さは、切りかかってきた男と遜色ありません。
「その技、近接戦闘術と共に、徹底的に叩き込まれましたわ!」
あっという間に男たちとの距離を詰めると、アウラはシルヴィアを狙った男の後頭部に、渾身の回し蹴りを入れました。
蹴りをまともに食らい、男はくぐもった声を上げて倒れました。気を失ったのでしょう、そのままピクリとも動きませんでした。
「まずはお一人、ですね」
残る二人が、慌ててアウラと距離を取りました。
「ジル殿下! お早く!」
アウラが地を蹴りました。男たちが体勢を整える前に畳みかけ、シルヴィアたちが逃げる時間を稼ぐつもりでしょう。
「シルヴィー、逃げるよ」
へたり込んでいるシルヴィアに、ジルが声をかけました。
シルヴィアはジルにうなずき、立ち上がろうとしたのですが、完全に腰が抜けていて立てませんでした。
「ご、ごめんなさい、お兄様。私……」
「わかった」
青ざめた顔で震えているシルヴィア。ジルが妹のこんな弱気な姿を見るのは初めてでした。ですが当たり前でしょう。なにせ、つい先ほど殺されかけたのですから。
「仕方ない。大人しくしてるんだよ」
「え、わ……ちょっ……」
ジルは、動けないシルヴィアを抱え上げました。いわゆる、お姫様抱っこというやつです。平素ならば恥ずかしくて暴れるところですが、さすがに今は恥ずかしいなどと言ってられません。
「マリー、行くよ!」
「はいっ、ジル殿下!」
「くっ、逃がすか!」
「行かせません!」
男二人相手に、すさまじい斬撃の応酬を繰り広げるアウラ。その手には、先ほど倒された男が持っていた短剣が握られています。戦いながら短剣を拾ったようです。
(すごい……)
さすがに二人が相手では防戦一方のようですが、押し負けてはいません。シルヴィアのところへ行かせまいと、鉄壁となって二人を防いでいます。
(これが、風家当主の婚約者)
完璧な淑女でありながら、戦士さながらの戦闘力。
なによりも先ほど見せた、対魔術の技。どんな魔術が使われていて、どう対抗したのか、シルヴィアにはさっぱりわかりません。ですが男たちがあれだけ驚いていたのです。きっと大掛かりな魔術を破ったのでしょう。
この人を。
この人の後ろにいる、風家当主ノトスを。
(二人を味方にできれば、きっと……)
母の仇を討つことができる。
兄に抱きかかえられ、殺されかけた恐怖に震えながら――シルヴィアは強くそう思いました。




